焔月誕生
ギルドでの実力証明を終えた翌日。
俺は受付嬢に呼び止められた。
「ケイタさん、イフリートの角についてですが……ギルドで保管することもできますし、買取もできますし、個人で使用する権利も認められています。どうなさいますか?」
「決まってる。俺の武器にする」
迷いはなかった。
あの戦いで嫌というほど思い知った。凡庸な鉄の剣じゃ、命を賭ける戦いに耐えられない。俺の“力”に応えられる武器が、どうしても必要だった。
受付嬢は頷き、紙片を差し出す。
「それなら……この街で一番の鍛冶師を紹介します。腕は確かですが、かなり気難しい方ですので」
鍛冶場は街外れにあった。
近づくだけで鉄と油の匂いが鼻を刺し、打ち鉄の音が響く。
扉を開けると、煙の中に一人の男がいた。
大柄で背中は岩のように分厚い。煤と火傷跡で覆われた腕、白い髭。
「……なんだ、ひよっこか。鉄屑でも打ち直しに来たのか?」
「いや。これを武器にしてほしい」
俺は布袋を差し出した。
男が受け取り、中身を覗いた瞬間――
「っ……!」
空気が変わった。
角を掲げた男の目がぎらりと光る。
それは艶やかな黒の中に、揺らぐような赤い光を閉じ込めた不思議な質感をしていた。
まるで炎の残滓が素材の奥底で脈打っているかのように。
「イフリートの角……それも完全な形で残ってやがるとはな」
鍛冶師は低く唸る。
「並の炉じゃ焼きも打ちも効かねぇ。普通なら加工は不可能だ」
「できないのか?」
「誰ができねぇと言った。俺を誰だと思ってやがる」
男は鼻で笑い、角を台に叩きつけた。
「だがな、小僧。これをどう仕上げたい?」
「……刀だ」
「刀?」
「俺の国にあった武器だ。剣のように叩き斬るんじゃない。斬撃に特化した形状だ。薄く、軽く、だが折れにくい」
鍛冶師は怪訝そうに眉をひそめた。
「薄くして折れない? そんな都合のいい話があるか」
「あるんだ」
俺は必死に記憶を掘り起こした。
演武で見た居合い、ドキュメンタリーで見た刀鍛冶。
断片的な知識を言葉に変える。
「柔らかい地金と硬い鋼を合わせて、何度も折り返して鍛える。粘りと硬さを同時に持たせるんだ。刃先は硬く、背は柔らかくする。熱して一気に冷やすと刃文が浮かぶ」
「馬鹿を言え。硬さと柔らかさを同時に……? 片方を立てりゃもう片方は失われる。それが鉄だ」
「だから刀は特別なんだ!」
俺は声を張り上げていた。
少女と自分を守るため――どうしても、この角を武器に変えなければならない。
「……やれやれ」
鍛冶師は大きくため息をつき、炉に角を放り込んだ。
「面白ぇ。聞いたこともねぇ理屈だが……やってみる価値はありそうだ」
灼熱の炉が吼える。
イフリートの角が赤熱し、ようやく打てる硬度にまで軟化していく。
ガァンッ!
ブラッドの大槌が振り下ろされ、火花が散った。
「ぐっ……! くそ、硬すぎる……! これじゃあ俺の腕が折れる!」
ブラッドは歯を食いしばり、作業台の脇に立てかけてあった小槌を俺に投げた。
「おい小僧! それを持て!」
「えっ、俺が!?」
「叩け! 素人でも構わねぇ! とにかく力を重ねろ!」
言われるままに小槌を握る。ずしりと重い。
「タイミングを合わせろ! 俺の大槌の後だ!」
「わ、わかった!」
再びブラッドの大槌が唸る。
ガァンッ!
すぐさま俺も小槌を振り下ろす。
カンッ!
頼りない音に、ブラッドが苛立ったように舌打ちした。
「もっと力を込めろ! 遊びじゃねぇんだぞ!」
「うっ……」
必死に腕に力を込めるが、非力さは隠せない。
だが次の瞬間――胸が灼けるように熱を帯び、世界が軋んだ。
――音が遠のく。火花がゆっくりと揺れる。
(また……来た!)
時間が鈍り、俺だけが速い。
小槌を握る手に異様な力が宿る。
「うおおおおおっ!」
全力で振り下ろす。
カァァンッッッ!!
小槌とは思えぬ轟音。
赤黒い角の表面が、まるで悲鳴を上げるように潰れ、圧縮されて平らに延びていく。
内部に閉じ込められていた赤い光が火花と混ざり、炎のように揺らめいた。
「なっ……角が潰れて、形を変えやがった……!?」
ブラッドが目を見開く。
俺の加速が、一撃の破壊力を常識外れに引き上げていた。
「これなら……鍛えられる……!」
二人で全身を使い、槌を振り続けた。
幾度もの折り返しを経て、角は細身の刀身へと姿を変えていった。
「――焼き入れだ」
灼熱の刀身を水に沈める瞬間、蒸気が爆ぜ、視界が真っ白に包まれる。
刃が砕けかけたその時、胸の奥の熱が弾けた。
「折れるなぁぁぁッ!」
世界が遅れ、ひび割れかけた刀身が光に包まれる。
蒸気の中、赤黒い刃が悲鳴を上げながらも耐え、形を保った。
やがて――蒸気が晴れた。
そこにあったのは、炎のように揺らめく刃文を宿した一振りの刀。
鍛冶師は絶句する。
「馬鹿な……魔物の素材でここまで均整のとれた刃が……」
俺は震える手で柄を握った。驚くほど自然に、手に収まる。
「……これが、俺の……」
「小僧。この刀に名を付けろ」
俺は刃を見つめ、口にした。
「――《焔月》」
炎のように力強く、月のように静かで冷たい。
そう在ってほしいと願いを込めて。
鍛冶師は腕を組み、頷いた。
「いい名だ。今日からそいつは、お前の命を預ける相棒だ」
俺は刀を掲げた。
赤い刃文が光を反射し、まるで炎と月光が交わったかのように煌めいた。




