街での再会・イフリートの角
本日は4話更新です
ようやく街の門が見えてきた。
胸の奥の熱はまだ収まらないが、ポーションでどうにか歩ける程度には持ち直していた。
衛兵に事情を説明すると、驚いた顔で慌てて駆け寄ってくる。俺のボロボロの姿と、腕に抱えた少女を見て、すぐさま治療院へ案内してくれた。
その夜。
――軋む木の椅子に腰をかけたまま、俺は深い眠りに落ちていた。
「……ん」
耳に小さな声が届く。まぶたを開けると、ベッドの上で少女が目を覚ましていた。
「……あれ? 私……」
上体を起こそうとした瞬間、顔をしかめて呻く。俺は慌てて立ち上がった。
「あっ、おい、無理に動くな。まだ傷が――」
「ひっ!」
少女は俺を見て、反射的に毛布を引き寄せた。
「な、なに!? 怪しい人っ!? もしかして攫われ……」
「いや待て! 違う違う! 俺は通りすがりの――」
必死に弁解しかけたが、鏡に映る自分を見て言葉が詰まった。
全身血と煤だらけ、髪は焦げ、服はボロ布。どう見ても“怪しい人”だった。
「…………」
「…………」
沈黙。
「……お、お前の命、助けたの俺なんだけどな……」
「え? えぇ? ほんとに?」
少女はきょとんと俺を見つめ、次の瞬間ふっと笑った。
「……ごめんなさい。なんか、泥棒さんみたいに見えて」
「ぐっ……! 今度から戦う前に着替えでも持ち歩くか……」
俺が肩を落とすと、少女はくすくすと笑い、やがて小さく「ありがとう」と呟いた。
その一言に、戦いの緊張で張り詰めていた胸の奥が、不意に緩んだ。
しばらく沈黙が続いた後、少女がぽつりと口を開く。
「……あの、助けていただいたのに、まだお名前を聞いてませんでした」
「俺か? ケイタだ」
「ケイタさん……」
小さく繰り返すと、少女はほっとしたように微笑んだ。
「私は――リシア。リシア・フェンデルっていいます」
「リシア、か。覚えたよ」
彼女は照れたようにうつむき、再び目を閉じた。
「じゃあ……おやすみなさい、ケイタさん」
安らかな寝息が戻るのを確認して、俺は椅子に腰を下ろした。
窓の外の夜空を見上げながら、胸の奥に熱が残っているのを感じる。
けれど、心は妙にざわついている。
――時間が遅れ、自分だけが速くなった。
その速さが、破壊力に変わった。
あの白い世界で“何かを問われた”はずなのに、細部は思い出せない。
けれど、次元の違う存在に試されたという感覚だけは、胸の奥に棘のように残っていた。
俺は深く息を吐き、天井を仰いだ。
「……ま、考えるのは明日でいいか」
そう呟いて目を閉じた。久々に味わう平穏に、少しだけ笑みがこぼれた。
翌朝。窓から差し込む陽光に目を細めながら、俺は伸びをした。
椅子に座ったまま寝落ちした身体は、ギシギシと音を立てて文句を言ってくる。
「……ん」
ベッドの方から小さな声がした。リシアが目を覚ましたらしい。昨夜より顔色は良い。
「おはよう。気分はどうだ?」
声をかけると、リシアは一瞬怯えた目をしたが、すぐに思い出したように視線を伏せた。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、まあ……俺も半分死ぬかと思ったけどな」
苦笑しながら答えると、リシアは小さく微笑んだ。だがその表情はすぐに曇る。
「……本当は、あんな場所に行っちゃいけなかったんです」
「だろうな。とはいえ普通ならあんな所にイフリートなんて出てこないけどな」
「えっ……イフリート、だったんですか……?」
驚いた顔をする。気絶していたリシアは、目の前の怪物が何だったかも知らなかったらしい。
俺は頷き、布袋を持ち上げて見せた。
ゴトリ――黒光りする一本の角が姿を現す。
それは漆黒に艶めいていた。ただの黒ではない。磨かれた宝石のような深みに、赤い光がちらちらと揺らめいている。まるで炎の残滓が角の奥に封じ込められているかのようだった。
「……これが証拠だ。アイツの角だよ」
リシアは息を呑む。艶やかな黒の中で灯る赤が、生き物の鼓動のように瞬いていた。
炎に焼かれたはずなのに、傷一つなく、重厚な気配を放っている。
「こんなものを……本当に倒したんですね」
「俺だって信じられねぇよ。討伐推奨レベルなんて、俺からすりゃ雲の上だ」
俺は角を握りながら苦笑した。だが同時に、内心では確信していた。
――これはただの戦利品じゃない。きっと、俺に必要な“何か”になる。




