静かな鍛錬と紅玉の視線[ケイタパート]
鍛冶場の昼下がり。
焔月の調整を頼みに来た俺に、ブラッドは腕を組んで言った。
「リシアのことか? ……あいつは今、魔術師としての訓練中だ。ヴァルターの元で地獄を味わってる最中だ。お前は邪魔すんな」
「おいちょっと待て。魔術師?ヴェルター?地獄?なんだそれは」
「そうか、なんも聞いてねぇのか」
ブラッドはケイタに簡単に事の経緯を説明した。
「なるほどな……。しかし言うに事欠いて邪魔ってのはねぇだろう」
「女はな、芯食った時は他人の手なんざいらねぇんだよ。口を出しゃ、かえって折れる」
ニヤリと笑うブラッドの言葉に、俺は口をつぐんだ。
(……わかってる。リシアは俺の隣に立つために必死に足掻いてる。だったら俺も――)
◇
街外れの岩場。
人気のない場所で、俺は今回の報酬で買った安物の鉄剣を抜き放った。
「はあぁっ!」
振り下ろした刃は、岩に浅い傷を刻むだけ。
クロノシフトを使えばこの剣ですら容易く断ち切れる。だが、それでは意味がない。
「……速さに頼るだけじゃ、また守れねぇ」
荒い息を吐きながら、脳裏を過ぎる光景。
あのとき、手を伸ばせなかった少女。
“また明日でもいい”と先延ばしにした言葉を、結局伝えられなかった両親。
取り返しのつかない後悔は、もう二度とごめんだ。
時間は戻らない。だからこそ、いま、この瞬間を削るしかない。
俺は握った焔月を見下ろし、強く呟いた。
「……やるべきことは、後回しにしない。二度と」
◇
「……ずいぶん熱心ね」
背後から声。振り返ると、白銀の髪が風に揺れていた。
セレイナが細剣を携え、腕を組んでこちらを見下ろしている。
「一人で岩と格闘なんて、あなたらしいわ」
「……見られてたか」
「ええ。街に噂はすぐ広まるもの。――“岩殺しのケイタ”が、また岩を相手にしてるって」
「……やめてくれ、その呼び名」
思わず額を押さえる俺を見て、彼女は小さく笑った。
◇
「模擬戦をしましょう」
突然の提案に、俺は目を瞬いた。
「は?」
「あなたの動きを、もう一度この目で確かめたいの」
紅玉の瞳が真っ直ぐ射抜いてくる。
俺は少し迷い、やがて頷いた。
「いいぜ、やろう!」
◇
鋭い突きが迫る。俺は刃を受け流し、踏み込んで斬り返す。
だが、セレイナは冷たい舞踏のようにかわし、再び鋭い軌跡を描く。
「……っ、速ぇ!」
力任せの剣じゃ通じない。だが退く気もなかった。
金属の衝突音が続き、やがてセレイナが問う。
「どうして……そこまで必死になれるの?」
咄嗟に答えられず、俺は刃を押し返しながら黙り込む。
頭をよぎるのは、守れなかった人たちの顔。
そして、言えなかった言葉。
「……他人任せはもう嫌なんだ」
短く、吐き出すように言った。
「誰かがやってくれる、なんて思ったら……後悔する。そして時間は戻せない。だから、やるべき時にやる。守れるなら、絶対に守るっ!」
それはケイタにとっては過去への贖罪でもあり、現在を蝕む呪いでもあった。
救えなかった命。自分自身に心底嫌気がさしたあの日。
この世界に転移してきて、今度こそ判断を間違えないと誓ったのだ。
セレイナの動きが一瞬止まる。
その瞳に、驚きと……ほんのわずかな共鳴の色が宿っていた。
(……“後悔しないために守る”。そんな言葉、私には――)
脳裏をかすめるのは、裏切った父の背中。
誰より強いと信じていたのに、最後に自分を見捨てたあの瞬間。
だから、誰も信じないと決めたのに――。
目の前の青年の剣には、欺瞞の影がなかった。
ただ必死で、不器用に、前へ進もうとしている。
胸の奥に、言葉にできないざわめきが広がっていく。
◇
模擬戦は、互いに剣を引いて終わった。
荒い息を整えながら、彼女は横目で俺を見た。
「……なるほど。噂だけの男じゃないのね」
「噂ほどじゃないさ」
そう答えると、彼女はふっと笑みを浮かべた。
紅玉の瞳は、まだ何かを問いかけるように揺れていた。




