炎の怪物(前編)
「はぁ、はぁ……っ、くそっ!」
膝に力が入らない。限界を越えていると知りながら、必死に踏ん張り、左へ跳んだ。
直後、炎を纏った巨斧が地を砕き、轟音と熱風が背をなぶる。心臓が握り潰されそうになる。
――これ以上は、持たない。
弱気が脳裏をよぎるたびに、自分を怒鳴りつける。
「こんなところで……死ねるかよっ!」
だが現実は残酷だ。反撃の糸口は見つからず、ただ死を遅らせるためだけに身体を動かしている。
視界の端に、少女が横たわっていた。大樹にもたれかかり、未だ目を覚まさない。
(もし、彼女が逃げられさえすれば――)
だが俺が逃げるには、彼女を置き去りにするしかない。そんな選択肢、俺の中には存在しない。
「……っ!」
炎の斧を再びかわした瞬間、酷使しすぎた身体が悲鳴を上げ、膝が崩れた。
巨体の怪物――イフリートが咆哮をあげ、勝利を確信したように炎を吐き散らす。
高さ三メートルを超える巨躯。口から炎を吐き、巨斧を振るうその姿は、物語の怪物そのものだった。
「……くそっ」
受け止めた一撃で武器ごと弾き飛ばされ、数メートル転がる。身体はもう言うことを聞かない。
イフリートは俺を放置し、ゆっくりと少女へと歩を変える。
(結局、守れないのか……)
絶望に涙が滲む。視界の中で、巨体が歩を進める。少女まで三歩。二歩。そして――斧が振りかぶられた。
もう間に合わない。
「もっと……俺に力が……!」
その瞬間だった。
世界から音が消え、色彩が剥ぎ取られた。
――世界が、鈍った。




