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紅き灼獄の獣[ケイタパート]

炎を纏った異形は、咆哮とともに前脚を振り下ろした。


地面が砕け、灼熱の衝撃波が周囲を薙ぐ。




「ぐっ……!」


前衛の冒険者たちが必死に盾を構えるも、熱だけで腕が痺れる。




「隊列を維持しろ! 前は俺たちが押さえる!」


リーダー格の戦士が叫ぶ。


斥候は矢を放ち、術士が防御障壁を張る。だが、どれも獣の炎に呑み込まれ、消し飛ばされた。




「効いてない……!」


誰かが呻く。




ケイタは焔月を握りしめた。


(速度を上げれば……届く。だが無闇に前に出れば、全員が危険に晒される)




その時――。




「私がやる!」


セレイナが一歩、炎の奔流へと踏み込んだ。


細剣の切っ先に魔力を集中させ、詠唱を紡ぐ。




「――紅蓮を以て、紅蓮を断つ!」




紅い閃光が奔り、炎の触手をいくつも斬り裂いた。


紅蓮の炎を操る魔獣に対し、同じ火を相殺するような術。


瞬間的に戦場が均衡した。




「すげぇ……!」


仲間の冒険者が息を呑む。




だが、次の瞬間。




「――ッ!」


獣の咆哮とともに、背後から炎の槍が走った。


セレイナの防御は前方に集中しており、不意を突かれた形だ。




「危ない!」




ケイタの視界が軋む。


世界が鈍色に沈み、炎槍の軌跡が泥の中を進むように遅くなる。




(間に合え――!)




彼は全力で駆け、焔月を振り抜いた。


ズバァァン!


炎槍が断たれ、灼熱の破片が霧散する。




「……ケイタ?あなたいつの間にそこに……」


セレイナが目を見開く。




だが問答する時間も安堵する暇もなかった。


獣が巨腕を振り下ろし、二人をまとめて叩き潰そうと迫る。




「下がれッ!」


ケイタはセレイナを抱き寄せ、横へ飛んだ。


直後、地面が爆ぜ、火柱が背を舐めた。




転がりながら息を吐く。


(っ……やっぱり、反動がデカい……!)


筋肉が悲鳴を上げる。時間遅延の負担は確実に体を削っていた。




それでも――腕の中の重みを感じて、歯を食いしばる。




セレイナの顔は蒼白だったが、瞳は強く揺らいでいた。


「……今の、どうやって……?」




ケイタは答えず、ただ彼女を立たせる。


「借りを作らせたままにしたくないんだろ? なら――生き残れ」




一瞬、彼女の頬が紅潮した。


だが次には真剣な表情に戻り、細剣を握り直した。




「……わかったわ。なら一緒に斃す」




ケイタとセレイナ、二人が並んで構えた。


その姿を見て、周囲の冒険者たちも息を吹き返す。




「おうよ! 嬢ちゃんと坊主に任せっきりにできるか!」


「隊列を立て直せ!」




叫び声とともに再び戦線が整う。




焔月が赤く揺らめき、細剣が炎を反射する。


紅蓮の獣が咆哮し、森が灼獄と化した。




――戦いは、ここからが本番だった。





灼熱の咆哮が森を震わせた。


召喚陣から抜け出した炎の魔獣――イフリートに近い巨体が、灼け爛れた腕を振り上げる。




「くそっ、距離が詰められねぇ……!」


ケイタは焔月を構えながら、必死に足を動かす。炎の奔流が左右から襲い、近づく前に足を止められる。クロノシフトを使えば突破できる――だが、その代償を思い出し、歯を食いしばった。




(乱発はできない……! ここで使ったら、本当に動けなくなる)




「ケイタ!」


セレイナの声が飛ぶ。彼女の紅玉の瞳が輝き、杖に嵌め込まれた魔石が閃いた。




「――《紅蓮のフレア・ブレード》!」




燃え盛る炎の剣が虚空に顕現し、獣の炎弾と正面からぶつかり合う。轟音と共に衝撃波が生まれ、炎の壁に裂け目が生じた。




「今よ、ケイタ!」




「ありがてぇ!」




その隙を突き、ケイタは地を蹴った。胸の奥が軋み、視界が鈍色に沈む。音が遠のき、灼熱が遅れを帯びる。




(行け……!)




焔月が紅い閃光を放ち、魔物の胸を袈裟懸けに斬り裂いた。


灼熱の咆哮が途絶え、巨体は光の粒となって崩れ落ちていく。







静寂。焦げた木々の残骸から、煙が細く立ち上るだけだった。


ケイタは大きく息を吐き、焔月を鞘に収める。その場に膝をつくと、荒い呼吸とともに汗が滴り落ちた。




「……今の、何なの?」




声に顔を上げると、セレイナがこちらを見ていた。紅玉の瞳が鋭く光り、だがその奥には恐怖ではなく、驚愕と興味が混じっていた。




ケイタは苦笑しながら答える。


「何って……ただ、速く動けただけだよ」




「“ただ”で済む速さじゃなかった」


セレイナは目を細め、斬撃の残光がまだ残る空気を見やる。


「常識外れの速さ……。あれは体術とかそんなレベルの話じゃない」




ケイタは視線を逸らし、無理やり肩をすくめた。


「……俺だって説明できないさ。気づいたら身体が動いてた。それだけだ」




セレイナはしばし黙り込み、やがて小さく息を吐いた。


「……そう。なら、今はそれ以上は聞かない」




そう言いながらも、その横顔は納得よりも、むしろますます興味を募らせているように見えた。




ケイタは静かに立ち上がり、森の奥を見据える。黒紋の残滓はまだ燻っていた。




「……戻って報告だな」




セレイナも小さく頷いた。紅玉の瞳には、まだ揺れない炎が灯っていた。



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