幕間:セレイナ視点
月光が差し込む私室。
磨かれた窓硝子の向こうに、白い月が浮かんでいた。
セレイナは両腕を組み、静かに息を吐く。
(人は――信じられない)
それは幼い頃に骨の髄まで刻まれた真理だった。
父は誇り高く、「民を守る」と常に語っていた。
幼いセレイナにとっては英雄そのものだった。
――だが領地が飢饉に見舞われたとき、彼は迷わず民を切り捨て、己と取り巻きの利益だけを守った。
泣き叫ぶ人々の必死の願いにも冷たい背を向ける姿を、セレイナはこの目で見てしまった。
それだけじゃない。
魔法学院では、信じていた友人が強者の派閥に擦り寄るために彼女を裏切った。
家門に仕える騎士でさえ、いざという時には敵に寝返った。
「強い方につく」――それが人間の常だと、いやというほど思い知らされてきた。
だから彼女は心に決めた。
誰かを信じるなど愚かだ。
誰にも背中を預けず、誰の言葉も鵜呑みにせず、己の力だけで頂点を掴み取る。
そうでなければ、また裏切られる。
……だから。
ギルドで見たあの男――ケイタの言葉も、行動も。
「相棒を馬鹿にするな」
「俺はそうするって決めてるだけだ」
まるで綺麗事にしか聞こえなかった。
弱者を庇う? 命を投げ出す?
そんなの裏があるに決まってる。
――はずなのに。
ギルドマスターとの実力証明の噂から気になって、色々と調べさせてもらった。
それによると、ケイタはどんなに蔑まれても罵られても、常に弱者の味方であろうとした。
ただし、圧倒的に実力が足りてないと。
しかしここ最近、なにかに目覚めるように頭角を表してきたらしい。
それでもケイタは変わらなかった。
つまり彼が述べていた口上に嘘偽りはないように見える。
そして何よりーー
(……あの目……)
まっすぐで、揺らがなくて、誇示でも演技でもない。
誰に見せるでもなく、ただ“当たり前”のように放たれた眼差し。
その映像がどうしても頭から離れない。
「もし……本当にそんな人間がいるなら」
セレイナは小さく息を呑み、胸に手を当てた。
冷たく凍りついていたはずの心臓が、わずかに熱を帯びている。
(……いや、そんなはずない)
(でも……もしかしたら……)
期待と疑念がせめぎ合い、胸を締めつける。
窓辺に立つ彼女の瞳は、月明かりを映して揺れていた。




