朝の鍛錬 ― 二人の一歩
朝靄がまだ街を包む頃。
冒険者ギルドの裏手にある空き地で、俺は木剣を構えていた。
「――いちっ! にっ! さんっ!」
素振りのたびに木剣が空を切り、規則正しい音が響く。
これが俺の日課だ。転移してきたからといって、努力なしに強くなるなんて都合のいい話はない。
チートの力があるとしても、身体が追いつかなければ意味がない。だから毎朝、こうして汗を流している。
「……け、ケイタさーん……」
後ろから息の詰まった声。振り返ると、リシアがへたり込んでいた。
顔は真っ赤、額から汗が流れ落ちている。
「お、お前もうダウンか?」
「だ、だって……腕立て伏せ三回目で……腕が震えて……」
「三回でかよ……」
思わず額を押さえた。
「はぁ……でも、素直にすげぇと思うぞ」
「え……?」
「普通なら女の子がこんな鍛錬やろうなんて思わねぇよ。ちゃんと“強くなりたい”って気持ちがあるからこそだ」
リシアは照れくさそうに視線を逸らした。
「……強くなりたいですから。私、足手まといになりたくないんです」
「なら続けろ。最初からできる奴なんていねぇ。大事なのは続けることだ」
そう言って、俺は再び木剣を握った。
「よし、次は素振りだ。見てろ、こうやって――」
「え、えっと……」
リシアがぎこちなく木剣を振り上げた。
――ぶんっ!
次の瞬間、木剣が手を離れて宙を舞った。
「ひゃっ……!」
「おいおい! 投げる鍛錬じゃねぇぞ!」
俺は慌てて飛んできた木剣をキャッチする。
リシアは顔を真っ赤にして小さく縮こまった。
「ご、ごめんなさい……!」
「はは……まあ最初はそんなもんだ。俺だって昔は剣すっぽ抜けて仲間に笑われたからな」
昔の記憶に少しの思いを馳せ、胸の奥がズキンと痛むのを感じた。
でも過去は振り返らないと『あの日』に決めた。
俺は木剣を返し、もう一度構えさせた。
「大丈夫だ。右手はここ、左手はここを握るんだ。そして親指と人差し指は自然と強く握れるから、意識するのは小指と薬指だな。最後に、力を入れるのは振り下ろす瞬間だけ」
「……こ、こうですか?」
「そうそう、その調子だ。――ほら、いい感じじゃねぇか」
リシアはぎこちないながらも、今度は剣を落とさずに振り切った。
「……できた……!」
「おう、できたな」
小さな一歩。だが確かに前へ進んでいる。
「次は走り込みだ。森の入口まで往復な」
「えぇぇぇ!? もう無理ですってぇ!」
悲鳴を上げるリシアに、俺は肩をすくめて笑った。
「文句言うな。お前が“強くなりたい”って言ったんだろ」
「うぅ……」
泣きそうな顔をしながらも、リシアは立ち上がった。
小さな身体で一歩を踏み出す。その背中に、俺は自然と笑みを浮かべた。
(よし、これでいい。俺一人じゃない。二人で前に進んでいける)
朝靄の中、俺たちの足音が響いた。
それはまだか細い、頼りない音かもしれない。
だが確かに、未来へ続く一歩だった。




