初依頼 ― 森の薬草採取
昼のギルドは、いつもながらの喧騒に包まれていた。
依頼票の掲示板には人だかりができ、テーブルでは冒険者たちが大声で談笑し、酒をあおっている。
そんな中、俺とリシアはカウンターに向かい、一枚の依頼票を差し出した。
「薬草採取依頼を、受けたい」
受付嬢が目を瞬いた。
「……ケイタさんが? この依頼はEランク向けの、初心者用ですよ」
「わかってる。まずは堅実に、な」
隣でリシアが小さく頷いた。
「私にも、できそうですし……」
後ろからすぐに声が飛ぶ。
「おいおい、“岩殺し”が薬草採りだってよ!」
「派手なことやっといて、今さらEランクの依頼か?」
「まあでも……最初はみんなそうだしな。どうせすぐ飽きて、また妙なことしでかすんじゃねぇか?」
嘲笑と好奇心の入り混じった視線が刺さる。
だが以前のような「無能扱いの大爆笑」ではなかった。
少なくとも、俺の力を“完全な虚構”だと信じてる者はいない。
ただ――素直に認めるのも癪なんだろう。
受付嬢はわずかにため息をつきながら、依頼票に印を押した。
「……わかりました。では、これが薬草の見本です。間違えないように採取してください」
俺は受け取った薬草をリシアに見せる。
「よし、行こうか」
「はい!」
森に入ると、昼下がりの陽光が木々の隙間から差し込み、緑の匂いが広がっていた。
俺は膝をつき、土をかき分けて薬草を探す。
「ほら、これだ。葉の形が三つに分かれてて、茎の赤みが濃い」
「……これですね?」
リシアが見本と見比べ、丁寧に摘み取った。
「そうそう。慣れれば簡単だ」
小さな笑顔が浮かんだ。
「……よかった。ちゃんと役に立てた」
俺はその表情に少し安心する。
彼女は強くなる必要に迫られている。でも急に戦えと言っても無理だ。
こうして一歩ずつ経験を積むのが一番だろう。
「今日は薬草採りがメインだ。無理はしなくていい」
「はい……」
その時だった。
ガサリ、と低い茂みが揺れた。
鼻をつく獣臭。次の瞬間、巨躯の影が木立の間から姿を現した。
「――オーク!?」
リシアが悲鳴を上げ、後ずさる。
分厚い腕、ぶ厚い皮膚、獰猛な牙。背丈は俺よりも一回り大きく、棍棒を握っている。
本来、この辺りに出るはずの魔物じゃない。
せいぜい出ても狼やゴブリンだ。
「……またかよ。イフリートに続いて、今度はオークか」
俺は剣を抜き、低く構える。
背後でリシアが震えた声を出す。
「ど、どうしよう……!」
「大丈夫だ。お前は下がってろ」
深呼吸して、心を落ち着ける。
ここで“時間遅延”を使えば楽に片付けられる。
だが俺は唇を噛んだ。
(……あれに頼ってばかりじゃ、結局俺は何も成長しない)
イフリートの時は死に物狂いだった。
だがこれからも同じことを繰り返していたら、いずれ身体が壊れる。
だから――素の戦闘力を磨かなきゃならない。
「……よし」
オークが唸り声を上げ、棍棒を振り下ろした。
ドンッ!
地面が抉れ、土と草が飛び散る。
俺は身を翻して回避。すぐさま踏み込み、剣を突き出した。
ガキィンッ!
剣が分厚い皮膚に弾かれる。だが、浅いながらも傷を刻めた。
「くっ……硬ぇな!」
再び振り下ろされる棍棒。
横に跳んでかわし、剣で受け流す。
衝撃が腕を痺れさせる。
「ケイタさんっ!」
背後でリシアの声。
「下がってろって言っただろ!」
「でも……私も……!」
彼女の震え声が、かつての俺を思い出させた。
守れなかった数々の後悔。
なら――今度は。
「リシア! 背中は預けた!」
一瞬、彼女が息を呑む気配。
だが次の瞬間、小さな叫び声とともに石を投げつけた。
カンッ!
オークのこめかみに直撃。わずかに怯んだ。
「……よし!」
その隙を突いて踏み込み、剣を脇腹に突き立てる。
オークが唸り声をあげ、よろめいた。
やがて地面に膝をつき、そのまま崩れ落ちる。
俺は息を荒げながら剣を引き抜いた。
「……ふぅ。なんとかなったな」
リシアが駆け寄り、恐る恐る尋ねる。
「ケイタさん……すごいです。本当に……」
「すごくなんかねぇよ。ギリギリだった」
俺は苦笑して剣を鞘に収める。
「でも……私、少しだけ戦えました」
「おう。助かったぞ」
リシアは照れたように笑い、それから小さく頷いた。
夕方、ギルドに戻ると周囲がざわめいた。
「おい、帰ってきたぞ」「薬草採取だったろ?」「……けど血にまみれてるぞ」
「もしかして……また何かやらかしたんじゃねぇか?」
直接無能と罵る声はない。
ただ疑念と警戒が入り混じった視線が集まっていた。
受付嬢が薬草の束を受け取り、安堵したように笑う。
「……よく無事で。お疲れさまでした」
「まぁ……なんとか、な」
報酬を受け取ったリシアは、誇らしげに袋を胸に抱いた。
小さな一歩だが、確かに俺たちの“初依頼”だった。




