019 宴
山賊の根城を壊滅させ、山賊頭を捕らえたこと。その後出たドラゴンも打ち破ったこと。その宴が始まってどのくらいの時間が経っただろうか。村長のアドル一行を称える挨拶の言葉から始まり、豪勢な食事と酒が振舞われ、村人たちに囲まれて、感謝を述べられる。
それら一連の流れが過ぎ、場の空気も多少の落ち着きを見せた頃、宴の中心地から少し離れたところにいるアドルへと、エレナが近づいていった。
「アドル。お疲れさま。」
「エレナ……。」
「ふふっ。いい経験になったわね。」
ただの村人であったアドルにとって、大勢に、しかも好意的に囲まれることなどなく、絶えず愛想笑いを振舞うことになっていた。
そのことに疲れが取り切れていないようで、アドルはぼうっと一人火を見つめていた。そこにエレナが笑いながら話しかけたのだ。
「……大在の人に囲まれるのは慣れないね。」
「今後はそういうことも増えていくわよ。」
「……そうかな。」
結局、愛想笑いを浮かべるばかりで、きちんとした会話を交わすことが出来なかったアドルにとって、大勢に囲まれることにどこか苦手意識を持ち、今後あるかもしれない機会を想像するとずーんと沈んでしまう。
「そうよ。自分自身で言うのもなんですけれど、私たちは強いですから。」
「あはは、確かに自分で言うことじゃないね。けど、普通じゃないのは分かっているさ。」
そんな風に沈むアドルを元気づけるためか、エレナが冗談交じりの言葉を投げ掛けると、ようやくアドルは笑みを浮かべた。
顔をあげたアドルは火に当てられどこか普段とは違う雰囲気を放つエレナを見つめると、気恥ずげに頬を指で掻いた。
「ふふっ。……ねぇ、アドル。」
「ん、何かな?」
「アドルは……いえ、何でもないわ。宴を楽しめるといいわね。」
ふと目を伏せたエレナはアドルを儚げな表情で見つめると、なにかしらの言葉を紡ごうとする。が、アドルのいつもと変わりない表情がエレナの目に映り、結局言葉を紡ぐことはなかった。
「……?そうだね。じゃあ、僕は行くよ。」
「……ええ。」
アドルは不思議そうに首を傾げるものの、問い返すことはなくエレナもまた言葉を続けることはなかった。
「やぁ、プリマ。楽しんでいるかい?」
「ふふふ。こういうのもいいものですね。」
エレナの元を離れたアドルはプリマの元までやってきていた。
普段プリマの側にいる騒がしい二人組はじゃれ合いの真っ最中で、やいのやいのと村人から野次を飛ばされていた。今日という日にプリマは二人組を止めるつもりはないようで、遠く離れたところからその様子を見つめていたのだった。
「ははは、楽しんでいるならよかったよ。豪勢なことは慣れているの?」
「まぁ、これでも貴族の娘ですから。パーティーなどに参加することありましたよ。」
「へぇ、パーティー。……想像がつかないな。」
アドルが両手に持っていた飲み物の片方をプリマに渡すと、それを恭しく受け取ると小さく口を開き、喉を潤した。
貴族のパーティーとは比べ物にはならないが、村の宴も十分に豪勢なものだった。これ以上に豪勢なものだというのだから、アドルは全く想像が出来ないでいたのだ。
「ふふふ。いいものではありませんよ。知らないままの方が幸せかもしれません。」
「……そうなんだね。」
「ええ、こうやって裏表なく騒げるのは、得難いものだと実感します。」
「「……。」」
二人の間にしばし沈黙が落ちる。心地よい沈黙に身を委ね、二人は隣り合ってじゃれ合う二人を眺めていた。
二人の手に持つグラスの中から半分以上飲み物がなくなった時、プリマはアドルの方へと向いた。その気配を感じ取ったアドルもまたプリマの方へと向き直り、思いのほか近い距離に内心ドギマギさせる。
「アドル。ドラゴン討伐ですが、改めてお疲れ様です。」
「ははは、皆の協力があってこそ、だけどね。」
「ふふふ。ですが、アドルがいなければ討伐をする手段さえなかったでしょう。」
プリマはグラスを回転させながら、ドラゴン討伐の情景を思い浮かべる。誰が欠けてもなしえなかった偉業。その中でも、アドルは誰よりも成果を上げていた。
特に最後の一撃はプリマにとっても特別なものとなり、今後も色褪せない思い出として心の中に残り続けるだろう。
「そうかな……?」
「妖精アールヴが戦場にいたのも、アドルがそこに居たからです。」
「……。」
事実、妖精がいなかったら先の戦いに勝利はなかった。そして、妖精がいる理由はアドルがそこに居たから。
妖精をそこに連れてきていた。それだけでもアドルの存在が先の戦いで重要なものであったのは言うまでもないことである。
「それに最後の一撃、素晴らしいものでした。物語の英雄。その姿をアドルの背からは感じました。」
「ははは、面と向かて褒められるのは恥ずかしいね。それに、そのことについてはプリマにお礼を言わないと。」
「私に、ですか?」
それに、最後の一撃。“次元烈斬”。強大な敵の前に、まるで物語の中の英雄が現れたようで、そしてそのまま敵を断ち斬ってしまったのだ。そんな情景を見せられて興奮を覚えないほどプリマは冷血漢でもない。
少しばかり興奮気味に話すプリマにアドルは頬を若干染めて、誤魔化すように口に飲み物を運んだ。
「うん。プリマの補助魔法がなければ、制御しきれず魔法は暴走してしまっていたよ。」
「ふふふ。お役に立てたならよかったです。」
「うん。僕が物語の英雄なら、プリマは英雄を支える最高の仲間だね。」
「……私が物語の登場人物ですか。」
“レスト”。精神を落ち着かせる魔法。これもまたあの場面を作り出すに必要な魔法であった。暴走しかけた魔法はこの魔法によって制御を取り戻し、周りの仲間の存在で奮い立つアドルがきちんと制御して、見事に岩石竜の魔核を断ち斬ったのだから。
「強力な支援魔法と回復魔法で仲間を助ける聖なる乙女。さしずめ聖女といったところかな。」
「聖女ですか……。聖なる乙女とは私に似ても似つかないですね。」
プリマは聖なる乙女などと称されて満更でもなさそうな表情を浮かべるものの、自分から聖女と名乗るのは少しばかり気恥ずかしいのか、ちらりと横目でアドルを見るにとどめる。
似ても似つかないなどといいながら、アドルにそんなことはないと言って欲しそうなのは誰の目にも明らかであり、二人の間には良い雰囲気が流れている。
「ははは、まぁ、プリマは腹黒いからね。」
「……アドル?」
「い、いや、何でもないよ。僕はそろそろ行くね。」
が、良い雰囲気が流れる中、アドルの余計な一言が零れ落ちた。
そんなアドルにプリマはジト目を向けて、拗ねたように少し唇を尖らせる。それにアドルは焦ったように立ち上がると、そのまま逃げるようにその場を去っていったのだった。
「あっ……最後の最後でなんとも締まらないですね。」
一人残されたプリマは一つ文句を口にするものの、口元には微笑みを浮かべてグラスをまたくるりと回転させた。
宴が終わるまでその場でアドルから受け取った飲み物を楽しみ続けたのだった。




