005 旅立ち
「エレナ。お待たせ。」
「いよいよね。」
「ははは。ようやく、だよ。」
アーレンクロイツ家の門で二人は合流した。エレナの格好はやはりドレスのようなもの。しかし、魔物素材がふんだんに使われているため、見た目の割には非常に頑丈なものだ。
一方で、アドルの方は無骨なバックラーを左腕に装着して、身体の動きを阻害しない程度の装備しか着用されていない。突発的な戦闘に対処できないと思われがちだが、その実黒い渦があるためそこらの人間よりも装備はしっかりと持っていた。
「エレナ。」
「お父様!!」
「行ってしまうんだな。」
二人の後方からバルバトスを連れ立ったベルベットが声をかけた。娘の旅立ちを寂しげな表情で見つめるが、当の娘はこれからの旅立ちに対する期待感を全身から湧き上がらせている。
「ええ、思いっきり楽しんでくるわ。」
「……アドル君。」
「はい。」
「エレナを頼むぞ。」
ベルベットももはや止める言葉を吐くこともない。しかし、それでも心配する気持ちは消えてはくれないようで、ベルベットはアドルの肩を掴み真剣な表情を作った。
「任せてください。」
「くれぐれも、変なことはないように。」
「お父様……?」
またもベルベットが変なことを口走る。真面目な表情を浮かべているのは何なのだろうか。頼むといった時よりも肩を掴む手に力がこもっているのはどうしてか。
エレナはベルベットをじとりと見る。いつも通りのやり取りであるがために呆れた様子を隠そうともしない。
「い、いや。何でもない。」
「……全く。」
「アドル君。期待しているぞ。」
「ははは、ありがとうございます。」
ベルベットの誤魔化すように告げる期待しているという言葉に、アドルは素直に頷いた。
アドルがしっかりと反応を返すのを待つと、ベルベットも一つ頷く。そして、肩から手を離してバルバトスへと視線を投げ掛けた。
「バルバトス。」
「はっ。こちらをどうぞ。」
「こんなにも……ありがとうございます。」
アドルはバルバトスから回復薬や野営のセットなど旅に欠かせない物品を受け取った。一人娘を送り出すためか、非常に豪華な内容であった。
「ありがとう、バルバトス。」
「いえ、私めにお礼などいりません。」
「気持ちよ。いつも助けてもらっているもの。」
「有難き幸せでございます。」
エレナがアドルに続いて礼を言うと、バルバトスは恐縮したように頭を下げ返す。そんなバルバトスにエレナは微笑みを浮かべながらも普段の礼も告げた。
雇い主の娘という立場の人間に感謝の意を告げられるのは執事にとって大変名誉なことであり、エレナが小さい時から知っているため、その気持ちもさらに大きいものだった。
「そうだ。ついでに依頼をしてもよいか?」
「依頼ですか。」
「ああ、隣町までな。アトラス辺境伯へ手紙と共に渡したいものがある。エレナがいれば問題なかろう。頼めるか?」
「もちろんです。」
「では、これを頼んだぞ。」
「はい。しっかり受け取りました。」
一通りのやり取りを終えるとベルベットからアドルへ小さな包み物と手紙が受け渡される。それをアドルが黒い渦にしまい込むと、いよいよ出発である。
「ハウンドウルフ。」
隣町への道中、二人の目線の先には五体の野良狼がいた。前衛二体と後衛三体に分かれており、狼達も二人を視認しているのか二人を目指して草原を駆けている。
「ふふ、懐かしいわね。」
「ははは、確かにね。そう言えば前もこの辺で出会ったっけ。」
「戦闘を見に出かけたわね。今では、楽勝かしら。」
幼少期の頃、アドルらは今回と同じように隣街への道中で野良狼と遭遇している。その時は護衛達が討伐しているのをこっそりと眺めているだけだったが、今では護衛達などいない。
それでも浮足立った様子もなく事を構える二人は傍から見ても、堂々たるものだった。
「エレナ一人でもなんとかなるだろうね。」
「あら、アドルは女に一人で戦わせるつもり?」
「ははは、そんな訳ないよ。一緒に戦うよ。」
ついに接敵する。野良狼たちは戦略もなくただ闇雲に二人へと接近していく。二人はそんな狼たちを軽口を叩きながらも油断なく見据えて、魔力をその身に高速で循環させていく。
「「がうがうっ。」」
「後方の三体は任せて。」
「では、前衛の二体は私が。」
「“ウィンドアロー”。」
二体の狼がエレナと交差する。エレナは二体の狼をその場で引き付けて抗戦を開始した。同時にアドルは後衛の狼たちに向かって風の矢を飛ばし、動きを牽制する。
「がるるる。」
「……今、“ウィンドカッター”。」
「ぎゃっ……。」
「ふふ、流石ね。」
エレナが二体の狼を足止めする隙にアドルは後衛の狼へと足を踏み出す。徐々に距離が近づいていくアドルと狼達。10m、7mと距離が近づき狼が攻撃態勢をとると、その瞬間にアドルの手から風の刃が飛んでいく。
見事、狼の首を刈り取り一体の狼を仕留めた。急に死んだ仲間に動揺を隠せない狼たちだが、それも次の瞬間には立ち直り果敢にアドルへと襲い掛かろうとする。
一方でエレナも二体の狼を相手取りながらも、早くも一体の狼を倒していた。
「そっちこそ。“ウィンドアロー”」
「がうっ、がうっ。」
「かかってこい!!」
二対一では当然不利なため、アドルは一対一になるように一体の狼を魔法で迎撃して、狼達が一直線状に並ぶように位置取りをする。
「がるるるる。」
「“スラッシュ”、“ウィンドカッター”。」
「「がっ……。」」
「私も終わらせましょうか。」
アドルは一体の狼とのすれ違いざまに刀を煌かせて、首を刈り取る。そして、そのまま片手を突き出し風の刃を撃ちだして、もう一体の狼の首を刈り取ったのだった。
その頃、エレナは余裕綽々な様子で狼を拳で制圧していたのだった。
「完勝、だね。」
「ふふ、当然の結果ね。」
護衛達が四対五で戦っていた相手を二対五で倒したのだ。それも無傷で。二人の戦闘能力が大幅に上昇しているのは明確であり、二人に成長の実感を与えるには充分であった。
お互いに戦果を称えるように微笑み合うと、拳と拳をぶつけ合う。
「そう言えば、アールヴは?」
「ああ、寝てるよ。妖精の宿り木が近くない時は本調子が出ないとか。」
「そうなのね。」
妖精の宿り木とはあの広場の大きな木のことである。森の妖精と銘打ったが実のところ、あの木の妖精と言った方が正しいだろう。
そんな妖精は今はアドルの身体の中でお休み中である。半物体半霊体の妖精だからこそ出来る芸当である。アドルの魔力をその身体にため込んだ時に魔法で手助けしてくれるお助けキャラといったものだ。
「うん。その分、有事の際は働いてもらうからね。」
「頼りにしているわ。」




