002 広場で二人
「やぁ、エレナ。」
アドルは振り返った先にいたのはエレナである。幼少期の頃、お転婆娘であったエレナはすっかり鳴りを潜めて、凛とした花のように美しい女性へと成長していた。
身長も伸び、姿勢よく立つエレナの姿に見惚れるものは多くいるが、気の強そうな顔立ちと人を寄せ付けない威圧感からか、街で声をかけるものはいないという。
お転婆娘を卒業したとはいえエレナは最高峰の肉体強度を持つ戦士である。その能力はしばしば発揮されており、一人でハンターの真似事をすることもあるくらいだ。
「またここに来ていたのね。」
「ははは、いいところだからね。」
商家のお嬢様とただの平民。そんな関係性の二人はいつしか話す時間も短くなっていたが、この広場が唯一といっていいほど気を抜ける空間であり、二人はここで逢瀬を繰り返していた。
そのため、過ごす時間が短くなるのに反比例して、関係性はより深いものへと変わっていた。とはいえ、男女の仲と言ったものでなく、男女の垣根を超えた友情といった類のものであったが。
「覚えてる?」
「もちろん。……ここともお別れだな。」
二人はあの日、決別の日に約束を交わしていた。それは二人が成人したら、この村を離れてアインを探すというものだ。
襲撃してきたゴブリンの最後の生き残りを討伐するため。それとアインの行く末を心配して。二人は魔物と共に生きると決めたアインを止めようと旅に出るつもりなのだ。
「ありがとう。」
「ははは、いいさ。僕も、前へ進まなくちゃいけない。」
悪夢にうなされるのも、母の暗い顔を見るのも、どちらもアドルには心地いいものではない。ゴブリンを討伐しなくてはアドルは前へ進むことは出来ないのだ。それにゴブリンだけじゃない。アインとの対決もまだ付いていない。
「え~、どこか行っちゃうの~?」
「誰っ!!」
決意を新たにする二人の横から気の抜けた声がする。
その瞬間、エレナは臨戦態勢へと突入する。その身体に瞬時に魔力を巡らせて、肉体強度を上の段階に引き上げる。そして、そのまま声のした方へと顔を向けた。
「わ、わっ。びっくりするじゃないか~!!」
「魔物っ……!!」
「アドルっ……!!」
そこには羽の生えた小さな子供がいた。後方の景色が透き通るほど美しい翠色の羽根を四枚持っており、その羽根をパタつかせて飛ぶ姿は可愛らしい。
「ま、待ってっ。僕は魔物じゃっ……!!」
「“ウィンドアロー”。」
「わっ。話を聞いてよ~。」
子供が対話をしようと手を振り回すが、二人の目からは魔物の姿にしか映らない。先制攻撃はアドルによって行われた。
かつて一本だった風の矢は今では四本にまで増えて、それぞれ軌道を別にして子供へと迫っていく。
「問答無用!!」
「ひゃ~。」
「“ウィンドブロウ”。」
低空を浮いている子供などエレナにとってはサンドバックに過ぎない。ちょうど殴りやすい位置にいるサンドバックに全力で拳を振るうエレナの姿は鬼のようで、どちらが魔物か分かったものでなかった。
さらに風の矢を避けた子供に追い打ちをかけるように魔法が放たれるものだから、二人は鬼畜と言うほかない。
「この~。“小妖精の踊り”。」
「なっ、危ないわねっ……!!」
子供の周りを六つの雷球がぐるぐると回りだす。その攻撃にエレナは驚き、すぐさま退避した。
子供の正体は技名の通りに妖精である。妖精とは気まぐれなもので人に益を与えるものもいれば、害を与えるものもいる。それ故に魔物に登録されたり、撤回されたりと大忙しの種族なのだ。
元々、妖精は精霊の小間使いであったのだが、役目を終えて現存する精霊の数が減っている現代において、仕事のない野放しになった妖精がそこそこの数存在している。
「怒ったぞ~。“小妖精たちの祝福”。」
「……支援魔法か。」
「厄介ね。あれにも近づけないし。」
妖精が魔法を唱えると、天から神々しい光が降ってくる。そして、その身体を包み込んだかと思うと、魔法効果が妖精へと適応された。
支援魔法“小妖精たちの祝福”。妖精種の中では弱い部類だが、中々強力なバフ効果を与える魔法である。その効果は全能力の強化。そして、魔法攻撃時の威力強化である。
全能力が一度に上がるのも珍しいが、さらに追加効果まで与えるのだ。中々強いのである。それでも、妖精種が使う魔法の中では弱い部類なのは確かであるが。
「“愚者の炎”。」
「なっ……!!」
「炎なら効かないわ!!」
「うそ~。僕のとっておきが~。」
“小妖精の踊り”と“愚者の炎”。名前は似ているが、どちらも別種の魔法である。前者が防御系の魔法であるのに対して、後者は攻撃系の魔法である。
妖精の手のひらから放たれた火はアドル達に近づくにつれて風を巻き込んで強くなっていく。響きの似た魔法で別種の効果が出たのに驚いたアドルは避けるのに一歩遅れる。
しかし、その魔法はアドルにぶつかることはない。エレナが自身を盾に魔法を受けきったからである。そんな芸当が出来るのもエレナが火属性に特化しており、その肉体強度も異常と言うほかないからだろう。
「“エリアルエッジ”。」
「“スピードブースト”“アタックブースト”。」
「わ~。“エリアルエッジ”。」
驚く妖精に今かとばかりにアドルは攻撃を繰り出す。すると、妖精も同じ魔法で迎撃してアドルの攻撃を完全に消しさってしまう。
しかし、アドルを迎撃している時すなわちエレナがフリーになっている時である。自己バフをかけたエレナは妖精に急速に接近していく。
「わわ、“小妖精の踊り”。」
「“ウィンドカッター”。」
「はっ……!!」
「うっ……!!」
それを迎撃するために雷球を周りに浮かばせる妖精だが、そこにアドルが風の刃を器用に当てて、掻き消していく。
その隙を逃すエレナではない。どんと大きな音と共に踏み込み、ついにその拳が妖精へと突き刺さる。吹き飛ばされた妖精は大きな木にぶつかりうめき声を漏らした。
「止め!!“次元弾”。」
「“妖精の盗み術”。」
現在のアドルが使える最強魔法。漆黒を思わせるほど黒い球が妖精へと放たれた。球速は遅いとはいえ、最強とまで言わせる魔法。火力は相当なものだ。魔法耐性の高い妖精とはいえ、当たればただでは済まないだろう。
そう。当たれば。アドルの放った魔法はアドルの制御から離れてその場にぴたりと止まる。そして、進行方向をアドル達の方へと向けた。
“妖精の盗み術”。発動中の魔法を奪う妖精の凶悪な魔法である。
「くっ、まさかっ……!!」
「へへ~ん。僕の前で魔法だなんて、迂闊だよ。う・か・つ。」
「……。」
魔法という分野では妖精に人間は勝ち目がない。例え才能に恵まれているアドルであっても、妖精種に魔法で立ち向かうなど無謀であったのだ。
「ようやく僕の話を聞いてくれる?」
「……分かった。」




