050 決別の日
「くくく、ざまあないな。」
アドルはアイン一行に囲まれてなすすべもなく、地面に伏していた。身体中は傷だらけになており、美しい銀色の髪は無惨にも毛先が黒く焦げてしまっている。
アドルは体力も魔力も残っていない身体で地面から起き上がろうとするが、疲労の溜まった重い体では起き上がらせることは出来ない。
「……。」
「……もう一度だけ聞くぞ。」
「行かない。」
アイン一行に囲まれる中、アドルは質問を聞くまでもなく、返答を返した。
アドルの身体がどれだけ傷つこうとも意志は変わることなく、己の進むべき道を貫き通そうと目に力が宿る。
「アドルっ!!どうしてっ、どうして……。」
質問を言う前に答えを返されたアインはぎりっと歯を軋ませると、荒ぶった様子でアドルへと声をかける。最初は威勢のよかった声は後半につれて弱くなっていき、困惑の色を強めていった。
アインが目を伏せるように下げられた目線の先にはアドルの背があり、その背だけではアドルが何を思っているか、アインには分からなかった。
「ふっ……君こそ、ここに残る気はないのかい?」
「あり得ない。」
アドルから逆にされた質問にアインは当然のように即答する。言われるまでもなく、アインがこの村に残る気などさらさらなく、そんなアインを変えることが出来る人間などいやしないだろう。
「そういうことだよ。」
「……分からない。あんなところに何の価値があるというんだ。」
アインが即答したように、アドルも言われるまでもないことなのだ。お互いが自分の考えを変える気などさらさらなく、意志を付き通そうとするのだから初めから道が重なることなどあるはずがない。
しかし、アインにはアドルの考えが理解できない。村に迫害された事実から理解をするのを拒んでいる。ずっと堂々巡りでしかない。
「……別にあそこには興味ないさ。」
「ならっ……!!」
村そのものに興味がないというアドルの発言に一縷の希望を抱いたアインは目を輝かせて、アドルの背を見つめる。
「でも、僕は君ほど人間に絶望はしていないからね。エレナも、プリマも、母さんだって。あとはベルベットさんに教官と執事さん。それに……君だって。」
「……。」
「まだまだ絶望するには残っている人が多いよ。」
だが、アドルの続く言葉でアインの目からは輝きが消える。そればかりか、どこか冷たい色を浮かばせてアドルを見つめていた。
逆にアドルの目には暖かな光が宿り、名前を告げるたびにその光は強さを増していった。
「そうかよ。」
「……。」
「……。」
「……納得できないみたいだね。」
拗ねたようにそっぽを向いたアインにアドルは返す言葉を持たず、少しばかりの沈黙がその場を包み込んだ。
そして、アドルが言葉を発するとその言葉が耳に届くと、アインは理解が出来ないように眉間をしわを寄せた。
「ああ、全然分からない。何をそんなにこだわる。どこにこだわるだけの理由がある?」
「……君こそ、いやに彼らにこだわっている気がするよ?」
一向にお互いの思考は重なることなく、上辺だけを言葉上で滑らせている。理解するための会話ではなく、ただ言葉を交わすだけの会話は意味をなしていない。
そんな会話だからだろうか、アドルはアインの質問にさらさら答えるつもりはないようで、にこやかにアインへと言葉を返してみせる。
「アドル……。嫌な奴だな。」
「ははは、僕は性格が悪いからね。」
「……くくく。」
二人の間にあるのはいつも通りの空気感にいつも通りの言葉だ。戦闘の勝敗も、二人の道が違えたことも嘘のようで、何にも代えられない穏やか日常。
「さよならは言わないよ。……もう会わないことを祈っている。」
「ああ、俺ももう……会わないように神にでも祈っておく。」
「罰当たりめ。」
会ってしまえばその時はまた戦うことになるだろうから。だから、二人はお互いに祈ること以外できない。違う道を貫くとはそう言うことなのだ。
「くくく、俺みたいな信徒を持てて神も嬉しいだろうさ。」
「ふっ……。」
アインはアドルへと背を向けると決して振り返ることなく去っていった。その後を続くように魔物たちもアインを追っていく。最後にゴブリンだけが一度アドルの方を振り返るが、すぐにアインの背へと目線を戻した。
「あどる……。」
「あー、エレナ。どうしたんだい?」
アインの姿が見えなくなってからしばらくして、アドルがその場に身体を起こすとその側に立っていたエレナの目からは涙が零れ落ちており、アドルは困ったように頬をかいた。
涙を流しているのはアインが去ったからか、アドルが無事だったからか。はたまた今後の二人の生末を思ってだろうか。アドルはそれをエレナからは感じ取ることは出来ない。
「だって、だってぇ。」
「別に一生の別れではないよ。」
「……。」
泣きじゃくるエレナはその普段の強気な態度が見えず、年相応の少女であるようだ。まさかこの少女がアドルとアレンの両者を相手取っても圧倒出来るとは、この姿から誰も信じられないだろう。
「何をそんなに心配しているんだい?」
「……何でもないわ。」
何でもないことはないだろうにエレナはアドルに話をするつもりはないようだ。それがアドルを増々困らせることとなっており、しかしエレナはそのことを気づくだけの余裕はなかった。
「ははは。そうかい。」
「……。」
「じゃあ、僕らの村へ帰ろうか。」
暗くなるエレナの顔を見つめながらアドルは立ち上がると、努めてにこりと笑いかけるとエレナに背を向けて村へと歩き出していく。
その跡を追おうとエレナも歩みを進めようとして、しかしその目線はアインが去っていった方へと向けられると、ぐすりとまた涙が零れ落ちた。
「……あいん。」
涙を振り切るようにエレナはアドルの方へと目線を着ると、その後ろをとぼとぼと肩を落として着いていった。




