049 アドルVSアイン一行
「くくく、早々に諦めた方がいいと思うぞ。」
「はっ、諦めるなんて、するわけない。」
アドルはアインの言葉を受けて、身体を前に傾けた。ぐんと加速したアドルの身体は瞬く間に二人の距離を縮めるが、その間に赤い毛並みを持つ狼が間に入ると、アドルは迎撃のために速度を落とした。
アドルの振るう剣を素早い身のこなしで狼は軽々と躱して、アドルの足止めに徹する。その二人の激突の中でもう一体の狼はアドルの背後へと回ると虎視眈々とアドルの隙を狙うように動きを観察している。
そして、黒と白の毛並みの狼が完全にアドルの死角に身体を潜り込ませると、赤い狼の攻撃に合わせてその身をアドルへと躍らせた。
「がうー(どうして見えてるのー)?」
「後ろに目でも付いてるのか?」
しかし、結果は不発。アドルは後方に目でも付いているように剣を切り返して、狼達の動きを完全に崩す。
そのアドルの動きにアイン一行は揃って驚愕を表情に浮かばせると、その瞬間動きを止めた。それを見逃さずにアドルはアインへと二体の包囲網を一歩抜けて駆けていく。
「僕がそんな化け物に見えているのか。そちらの方がよほど化け物集団なのにね。」
「くくく、目も付いてないのに後ろが分かる方がよっぽど化け物だろ。」
「……君も同じようなこと出来る癖にね。」
だが、二人は激突しない。元より人間と狼では足の速さに圧倒的な差があり、二体の狼を振りほどくには至らない。
言葉による応酬を繰り広げる二人の間には何十二もわたる壁があり、その距離を一向に縮めることは叶わなかった。
「俺に後ろを見るなんて無理だ。くくく、化け物と一緒にするなよ。」
「ふっ“ウィンドアロー”。」
「おっ、魔法戦か?それでも俺たちが勝つけどな。」
アドルはアインの嘘か誠か分からない話を鼻で笑い、風の矢を撃ちだした。風の矢は寸分違わずアインの額目掛けて飛んでいくが、アインは顔を傾けることで簡単に避けてしまう。
「“がうっがう”“。」
「“わふふっ”。」
「“ウィンドストーム”。」
二体の狼はそれぞれその口から火の玉と光の玉を撃ちだす。
アドドルが前後から撃ちだされた玉を華麗に避けると、前方の赤い狼に向かって風を勢いよく叩きつける。
「“ダークウェーブ”」
「“ぴーぴー“。」
「くっ……!!“ウィンドバースト”。」
だが、アインの闇の波動ですぐさま掻き消されてしまい、上空を待っている鳥のくちばしからアドル目掛けて火の球が打ち出される。
アドルは何度も打ち出される火の玉を避けているが、遅々としてその歩みを進めることが出来ていない。そんな状況に焦れたように自信を中心とした全域に風の衝撃波を放った。
「くくく、“ダークアロー”」
「“がううがうっ”」
「“わふっわふっ”」
「“ぴーぴー”」
「“ウィンドシールド”!!」
アドルの衝撃波は確かに各々との距離をとることに成功して、攻撃も止めることも出来たが、同時に自身の歩みを完全に止めてしまっていた。
そのアドル目掛けてアイン一行は全員で波状攻撃を仕掛ける。全方位から繰り出された攻撃にアドルはその場に釘づけにされて全力で防御をする以外に出来る術はない。
「くくく、諦めろよ、な。」
「……っ。アイン!!」
「ふっ。」
アインは首元に剣を向けられていた時とは違い、随分と余裕そうである。
そんなアインの様子を忌々しそうにアドルは見つめるが、そんなことで戦況が変わったりはしない。笑みさえ浮かべるアインにアドルはまたその身を駆けさせた。
「がうっ。」
「ちぃ、“ウィンドアロー”」
だが、やはり赤い狼にその道を塞がれて、その場に足止めを喰らいそうになる。それをアドルは風の矢を撃ちだすことで回避行動を誘発させて駆け抜けようとする。
「“ぴーぴー”。」
「“ウィンドストーム”」
赤い狼が回避行動を取ると同時にアドルの上空から火の玉が打ち出された。それがアドルの身体にぶつかりそうになった時、アドルは自身に向けて風を撃ちだし、その身を無理矢理に加速させた。
「おっ、“ダークウォール”」
「……っ!!“ウィンドストーム”」
「“ダークアロー”。」
アドルは狼の包囲網を無事に抜け出すことに成功するが、その眼前に突然黒い壁がそそり立ち、アドルは慌ててその身を方向転換させるが、その方向にちょうどアインの闇の矢が撃ちだされた。
「ぐふっ……。」
攻撃が腹に直撃したアドルはうめき声をあげて、その場でうずくまってしまう。それをアイン一行は取り囲み、見下ろしていた。
「自分に風魔法を当てることで加速するか。面白い手だったが直線的な動きしかできないな。」
「アインっ!!」
「どうだ、諦める気になったか?」
「……。」
初めは意表を突かれたアインだが、対処はあまりに簡単に過ぎる。アインに対しては特に破れかぶれの特攻程度の効果しかなく、結局アインへアドルは刃を届かせることさえ叶わない。
諦めるように勧めるアインの言葉にアドルは黙って睨みつける意外に出来ることはなかった。
「くくく、そんな目で睨むなよ。」
「……。」
「なぁ、お前も一緒に来ないか?」
「……?」
睨みつけるアドルの目をアインは楽しそうに正面から対峙していると、ふと顔を改めると手をアドルへと差し伸べた。
「こんな村にいい思い出はないだろ。俺たちを子供の時は迫害しておきながら、役に立つと分かると手の平を返して、迫害した事実を忘れたようにふるまうんだぞ。」
「……。」
アインは差し伸べていた手を取らないアドルから目を離すと、その手を握りしめて憎々し気に村の方角を睨みつける。
今でこそ待遇がよくなったアドルだが、昔はいないものとして扱われるのが日常であった。だから、アインの言葉には一定の共感は出来たが、出来るのは共感だけだ。
「こいつらよりもよほど悪辣でどうしようもない奴らばかりだ。それに対してこっちの世界は純粋な世界だ。俺が、俺たちが生きるのにふさわしい世界だ。」
「力がすべての世界が?」
「そうだ。そうだろ?何とも単純で、心地よいじゃないか。それに俺たちには確かに力がある。人の世よりももっとうまく生きられる!!」
人の世はあまりにもしがらみが多いとアインは語る。人との関係の構築のために様々なものを犠牲にしなくてはならないし、理不尽を受け入れる必要もある。
アインにとってそれとは反対に戦闘力という一つの軸だけで評価される外の世界はとても単純で、魅力的だ。
アドルがぽつりと漏らした言葉にアインは手ごたえを感じたのか、アドルの方へと目線を戻すとその声に熱を乗せて、アドルへと語りかける。
「ふふっ。ははははは。」
「……?」
しかし、その話にアドルは大口を開けて笑い出した。そんなアドルをアインは怪訝そうに額にしわを寄せて、アドルへと理解できないものを見るように目線を送った。
「ははっ僕たちなんて大した力も持っていないよ。僕らより強い人間なんて山ほどいるし、魔物も絶対に敵いやしない強大な奴がいるだろう。」
「……っ。だが、俺たちが成長したらそんな奴らだって……。」
「ははは。力がすべての世界にいるなら、成長する前にすり潰されておしまいさ。」
アドルは目に昏い色を浮かべると自嘲するように笑った。そして、自分の弱さに吐き気がするほどの嫌悪感を感じながらも、アドルは滔々と語った。
アインの言葉は最後まで語らせてはくれない。アドルが言葉に重ねるように昏い言葉を紡ぐと、アインの目にはふつふつと怒りが浮かび上がっていく。
「アドル!!何故、何故分からない!?俺が、俺たちがいるべきなのはこっちの世界だろ!!」
「行くなら、一人で行きなよ。僕は人間だ。魔物の世界では生きていけない。」
「俺たちも魔物だ!!人間とか、魔物とかそんなくくりなんて大して意味はない!!」
怒りのままにアドルへと言葉をまくしたてるアインだが、アドルの目には何の感慨も与えはしない。いつも通りの目で、アインを見つめて冷たく突き放した。
「……なら、人間の世界で生きても結果は変わらないね。」
「……。アドル!!後悔するぞ!!」
アインの言葉は人間も、魔物も同じ世界に生きているといっているもので、その言葉だけを基に考えるならどちらの世界で生きようとも何も変わりはしない。はずなのだ。
だが、その二つの世界は確かに別々で、アドルの言葉など詭弁でしかない。しかし、詭弁だからこそ、アインには分かってしまう。この話を続けても平行線でしかない、と。
「後悔するのは君だよ。さぁ、続きをしよう。僕は諦めない。」
「アドルっ!!くそっ……!!」
決して二人の道が重なることはない。人として生きようとするアドルと魔物と共に生きようとするアイン。正反対の道を行く二人の道は交わっても、対立を生むだけである。
もし二人の道が重なるとすれば、人が魔物を人類の敵だけでないと定めた時であろう。だが、それは果てしなき道で二人の道のどちらとも繋がってはいない。




