047 運命の日
「父さん……。」
アドルは朝早くから森の中へと来ていた。昨日あった惨状を思い返すように現場を歩き回り、戦闘の後をたどっていく。
「……ゴブリン。」
森にはもう死体の一つも落ちてはいないが、アドルの目には昨日のゴブリンの醜悪な表情が映る。耳には甲高い笑い声がずっと響いており、掠れた声でアドルと呼ぶ父の声が掻き消される。
「くそっ……!!」
胸に宿る憎悪のまま木に拳を叩きつけると、どんっと大きな音が鳴って木が大きく揺れた。無力な子供の時とは違い木には拳型の凹みが出来ているが、アドルには何の成長の実感も与えず、無力さに苛まれる。
アドルがふらふらと歩いていると、アイン一行の戦闘があった場所に辿り着く。いまだ血の匂いが充満して酷い悪臭を立てているが、アドルは目を虚ろにその中を歩く。
「……。」
「アドル!?」
するとアイン一行が歩いており、一早くアドルに気が付いたアインは驚きに声をあげた。
その声に反応したアドルは幽鬼のようにゆったりと、感情の見えない表情のまま顔をあげる。そして、アイン一行を順にみていると一体のゴブリンに目が向けられて、憎悪が胸の中を焦がす。
「アイン……。それに……ゴブリン。」
「何でこんなところに?」
「別にどうだっていいだろ。それより、そいつは何だ?」
アドルが明確な怒り、憎悪を目に宿らせてゴブリンを指さす。そしてアインへと説明を求めるように訴えると、アインはその要求にこたえた。
「昨日、俺の仲間にしたんだ。こいつは……。」
「……黙れ。僕はそいつらを許せない。」
アドルはアインの説明を最後まで聞くことは出来なかった。アインにどこか裏切られたように感じて、その怒りはゴブリンのみならずアインにも向いた。
「待て。こいつは関係ないだろ。」
「は?そいつらは全て敵だ。絶対に殺しつくす。」
「アドル……?」
アインはアドルの父が死んだことなど知らない。それもゴブリンに惨たらしく死んだなどと想像すらしていなかった。そのゴブリンたちにいじめられていたはぐれものだ。村を襲ったゴブリンとは違う。そんな認識を持っていただけだった。
しかし、アドルには関係ない。アドルの中ではゴブリンは悪であり、殺すべき対象なのだ。いつになく過激な思想でもって剣を構えるアドルにアインは困惑の目を向けた。
「僕は引かないよ。」
「……俺も引けないなぁ。」
ばちりと二人の間で火花が飛ぶ。もう二人は臨戦態勢に入っており、その身に天色と黒紫色の燐光を纏わせている。
そこに赤色の燐光を纏うエレナが襲来した。そして二人の間に止まって二人の顔へ交互に目線を送った。
「二人とも、待って……!!」
「エレナ。君でも止めるのは許さないよ」
「ああ、こいつは殴ってでも目を覚まさせないとな。」
「アイン……!!目を覚ますのは君の方だ!!」
エレナの静止の声ももう二人には届くことはない。どこまでも二人は平行線で戦いを持って雌雄を決する以外にないのだ。
「どうして……。」
「だから、言っただろ。何も成長していない。いつまでそこで足踏みしているんだ、と。」
「……。」
「悲劇のヒロイン振るのはやめたらどうだ?」
エレナはその金色の目から涙を垂らして地面を濡らすが、二人には泣き落としなど効力はない。そもそも二人はエレナのことなど見てはいないのだ。二人の目に映っているのはお互いの姿だけだ。
「わ、わたくしは……。」
「泣けば助けてくれるとでも?」
「……。」
エレナはその場で俯き唇を噛みしめると、顔を覆ってその場に崩れ落ちた。どうしようもない現実にエレナの身体を昏い闇が覆うが、それでも二人はエレナに目線をやらない。
「アイン……引いてくれないか。」
「アドル。いつものお前だったら、エレナにフォローの一つでも入れるところだぞ。」
「……今の僕にそんな余裕はない。」
アドルの表情には何も色が見えない。怒りも、憎悪もその顔にはなく、心の奥底で今か今かと燻っている。
アインはアドルの無表情に何を見たのか、どこか悲し気に目を伏せるとアドルへと視線を合わせて、いつものお前に戻れと祈る。
「くくく、冷静じゃないお前の前で引けるわけないだろ。」
「ははは、僕が冷静でも引いていないくせに。」
「ふっ、仲間は守らなくちゃな。」
アインの言う通りにアドルは冷静ではないだろう。それはアドルも認めるところだったが、それでも今抱える激情を抑えるのは難しく、ゴブリンという存在はそれほど憎かった。
ゴブリンにただならぬ恨みを抱いているアドルの前での発言だ。相当に肝が据わっているのか、護り切る自信があるのか。果たして結果は戦闘の結果でわかるだろう。
「君でも、そこに立ちふさがるなら殺すよ。」
「くくく、出来もしないことを。前の結果を忘れたのか?」
前の結果ではアインの圧勝と言ってもいい結果であった。アドルが当てた攻撃など運がよく当たった程度の二発であり、これでもないほど差を感じさせる一戦であった。
「ねぇ、二人とも本当に止まってくれないのかしら?」
「「当然。」」
「……ふふふ。そう。……もう、いいわ。好きにしなさい。」
顔を覆ったままのエレナは二人に問いかけると、数瞬の間もなく二人は同時に答える。
もはや二人を止める手段はないと悟ったのか、エレナはふらふらと立ち上がるととぼとぼと歩いていき、木の側で足に顔を埋めて座り込んでしまった。
「言われなくてもな。こいつはここで止めなくちゃならない。」
「ははは、アイン。僕は前から君が気に入らなかったんだ。」




