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036 最初の決着

「……。」

「……。」


 アドルとアインは少し距離をとり対面しながらお互いをにらみ合う。アドルの手にはいまだに青と紫の魔力が球体を保っており、今か今かと魔法が発動する時を待っている。

 そして、アインはその魔力球を警戒したように身構えている。安易に突っ込むのは危険であり、ぶつかるとどれほどのダメージを負うか分からない。

 だが、頭の中にアドルの怖がっているのかという言葉が反芻して、アインはとてもじゃないが冷静でいられない。近づくのは危険と分かっていても態勢を前へ倒し、一歩踏み出す。と、合わせるようにアドルも一歩前へ駆け出す。


「はぁあああ!!」

「おらぁああ!!」


一瞬の交差。アドルが右掌に魔力球を集めて、アインの胴体に押し当てようとするが、トップスピードから急減速、そしてトップスピードに乗るとアドルは伸びた手を引き戻すことが出来ずにアインの接近を許す。

奇しくも、最初の攻防と同じ形になった。しかし、アインのスピードはあの時よりも断然速く、アドルのスピードは逆にダメージの蓄積で鈍い。あの時にできた回避は到底間に合うことなく、アインの魔力を込めた右拳はアドルの無防備な腹に突き刺さった。


「ぐはっ……!!」

「くくく、俺の勝ちだな。」


 アドルの手にあった魔力球は霧さんして、その場に手を腹に当ててうずくまった。アドルは歯をぎりぎりと食いしばると、眼前に立つアインの姿を睨みつける。

 アインはアドルを上から見下して、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。そして勝利の宣言をすると上から顔を近づけようとして、まだあきらめていないアドルの目とその目が遭った。


「まだ、まだ負けていない。」

「くっ、くく。そんな身体でどうすることが出来るんだ?」

「僕は負けない。負けるわけには……!!」


 アドルは立ち上がろうとする。腹に喰らった一撃で身体はもう限界をむかえていて、それでも負けないと立ち上がろうとする。どんと片足を踏みしめるがその力はあまりにも弱弱しく、今にも崩れそうだ。

 だが、アインはアドルのあまりの気迫に思わず身体をあとずらせて、まだ立ち上がろうとするアドルの様子を呆然と見守る。苦し紛れに出た言葉もアドルの動きを止められるものではなく、弱弱しいものだった。


「アドル……!!何故立つ!!どうしてお前は立てるんだ……。」

「アイン。まだ負けてないからだよ。負けていないなら、立つしかないだろう。」

「だが、そこから勝てる見込みもなく、闇雲に戦い続けるなんて無駄足掻きだろ。」

「立ち上がれば奇跡が起こるかもしれない。……でも、ここで立ち上がらなかったらそれで終わりだ。だから僕はまだ立ち上がる!!」


 アドルが、アドルが立った。震える足で立つアドルの姿はもう限界をむかえているのは誰の目からも明らかで、アドルでさえどうしようもないことなんて分かっている。

 だが、立たなければ負ける。負けていないなら立たなければならない。妄執とも呼べる強い覚悟はアドルの身体を支える足に少しばかりの力を与える。

 ふらふらとしながらもアドルはアインを正面から睨み返す。アドルとアインの距離は歩いて7、8歩ほど。それだけアインが気迫に押されたということで、でもこの距離などアインは2、3歩もあれば到達可能なほどの距離だ。


「……決着をつけよう。この一撃で決める。」

「は、はは、僕は負けない。」


 アインは無意識のうちに離れている距離をようやく自覚する。そしていまだに後ろに下がろうとじりとすり足しているのに気が付き、その事実に愕然とする。

 そして震える身体を懸命に支えるアドルを見るとほっと安心した。ここから負けることなどありえない、と。そして、負ける可能性を一瞬でも考えていた自分にドクンと心臓が一つ大きく鳴り、次の瞬間に覚悟を決めた。

 アドルはふらりふらりと身体を揺らしながら弱弱しく笑う。身の伴わない言葉は虚しく響くが、アドル本人はいまだに負ける気などない。


「そこまで!!……ぁ。」


 二人が激突するという時にダンテが間に入りアドルに向けて振られた拳を右手で受け止め、そして左手でアドルの腕を掴もうとして、ぐらりと態勢を崩していたアドルの身体を捕まえきれずに、宙を空ぶった。

 ダンテの間の抜けた声が喉の奥から漏れ出て、いつの間にか渦から木刀を取り出していたアドルがアインの胴体にとんとぶつけた。あまりの弱弱しさに攻撃とも呼べないものだったが、確かにアインの身体にぶつかった。


「は、はは、もう一発。」

「アドル!!アドルううううう!!」

「アイン様おやめください!!これ以上は危険です。」


 アドルは地面に倒れ伏したままアインの方へと目線だけ送ると、ニヤリと口元を歪めて嗤った。そのままアインの激情に駆られた叫び声を子守歌に意識は薄まっていった。

 迸る激情に身体を震わすアインをダンテは必死に押さえつけるが、その身体を抑えきることが出来ずにじりじりと引きずられる。過去最高潮に引き出されるアインの潜在能力は優にダンテの身体能力を超えていた。 


「ダンテぇ!!はぁ、はぁ……。……いや、すまない。」

「いえ、もっと早く止めるべきでした。」

「……。医務室に運んでやれ。」


 アインのルビーのような瞳には紫色の魔方陣が薄っすらと浮かび上がっている。今この時の激情により一気に潜在能力が解放されたことが要因だろう。元々片鱗を見せていたアインはこの時に魔眼を目覚めさせた。

 アインは視界が怒りに染まりそうになるのを無理矢理抑えて、荒い息を吐いた。そしてアドルの方を苦々しく一瞥すると目線を反らして背を向けた。


「はい。……その、アイン様。」

「余計なことは言わなくてもいい。今日は俺の勝ちだ。」

「……はい。」


 ダンテはアインの背に何事もかける言葉が見つからず、結局アインの指示に従ってアドルを医務室へと運んでいく。

 ダンテの歩く音がなくなりしばらくすると、アインは訓練場の壁の隅へと向かった。


「ちっ、くそっ!!くそくそくそっ。俺の勝ちだって!?」


 そして、アインが悪態を吐くとそのまま拳を壁へと叩きつける。どんという音と共に壁は拳型に凹んでおり、殴った拳をもう一方の手で覆い胸に抱いて震える身体を無理矢理押さえつけた。


「……ちくしょう、痛てぇな。」




「ん……。ぐっ、痛っ……!!」

「アドル様、お目覚めですか。」

「バルバトスさん。すみません。」


 アドルが医務室で目覚めるとバルバトスがベットの片隅に立っており、アドルの様子を見ていたようだ。ばちりと目が合ったアドルは少し気まずげにぺこりと頭を下げた。


「いえいえ、謝られることはございません。訓練場でケガを為される方も多いですので、慣れております。」

「ははは、そうですか……。」

「その様子では負けてしまったようでございますね。」

「ははは、お恥ずかしいところを。」


 アドルは先ほどの立ち合いを思い出す。結果は誰が見てもアドルの負けだ。落ち込む心を立ち直らせるように笑みを浮かべるが、その笑みはあまりに不器用で見ているがwが心配になりそうなものだった。


「なに、恥じることはございません。ダンテ様からもよい手合わせだったと聞いております。」

「そうですか。それはよかったです。」

「ほほほ。負けて悔しい気持ちも分かります。私も負けてばかりの人生でございました。」

「えっ?バルバトスさんがですか?」


 ダンテの評を聞くとアドルは少し笑みを柔らかくする。しかし、まだ心の奥につっかえが残ったように陰っており、バルバトスは滔々と自分語りを始めた。


「ええ、アドル様と同じように同年代にライバルがおりましてな。結局、一度も勝つことはできませんでした。」

「そう、何ですか。その方は……?」

「呆気なく亡くなられました。その身を魔物に喰われて死体の一部しか返ってきませんでした。」


 バルバトスの話はありがちなものだ。才能を持った戦友が名を上げようと外に飛び出て、そして呆気なく魔物に喰われてしまう。そんなありふれた話だが、本人の口から直接聞くのでは重みが違う。

 アドルもまたバルバトスが滔々と語るのを逆に必死に感情を抑えているように思えて、ズシリと胸に重圧がかかる。


「えっ……。それは……。」

「もう随分昔のことです。あの時の想いは色褪せないものですが、激情に走るほど激しく猛るものではもうありません。」

「……。」

「ほほほ。少々重い話でしたかな。」


 バルバトスは軽く笑い飛ばすような雰囲気だが、聞いているアドルにとってはそうではない。アドルは医務室が妙に重くなったように感じられた。


「いえ……。」

「負けるのは何も悪いことばかりではないと思うのです。負けることでまた学ぶことが出来ます。死ななければまだどうとでもやり直せるのです。」

「でも。」


 それでも、負けるのはアドルにとっては嫌なことであった。自然界の負けるとはすなわち死ぬということで、負けるわけにはいかないことなのだ。


「負け続けてここまで生きていた私が言うのです。それともアドル様には私は少しの参考にもならないでしょうか?」

「いえ、そんな事……!!」


 だが、目の前のバルバトスから反則とも言える言葉を告げられると慌てたようにそんなことはないと否定しだす。


「ほほほ。意地悪な質問でした。少し立ち止まってもいい、少し過去を見つめてみてもいい。ただ、進む道だけは逸れず前を向いていなければならない。私の師の言葉です。」

「……。」

「ほほほ。人としての道を外さず、目標に進んだ方が結果的には早道だと、そう言うことです。アドル様は今のまま真っすぐに育ってください。」

「はい。」


 アドルにどれほど言葉が響いたか、バルバトスには伺い知れるものではなかったがきっと感じるものがあるように祈り、にこやかに話を締めくくった。


「さて、ダンテ様からの伝言をお伝えします。今日から三日間は最低でも安静にすること。三日後に武器を渡すから楽しみにしておくこと。くれぐれも森に出歩くなどしないこと。とのことです」

「元々武器選びって話でしたね。」

「ほほほ。では伝言はお伝えしましたので私はこれで失礼させてもらいます。」

「はい、何から何までありがとうございます。」




「少し立ち止まってもいい、少し過去を見つめてみてもいい。ただ、進む道だけは逸れず前を向いていなければならない。」


 医務室に残ったアドルはバルバトスから聞いた言葉を口にする。じっと掌を見るアドルの目に何が写っているか、何を思っているのか。それは彼の人生が証明することだろう。


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