034 最初の対峙
「今日もよろしくお願いします。」
アドルは今日も訓練場まで来ていた。彼は訓練場に着くなりその中心で立っている大男の前に赴き挨拶をする。大男は背が180㎝はあり、その肉体は服の上からでも分かるほど逞しい筋肉を持っていた。
「ああ、よろしく。っと、その前にお前に用があるってよ。」
「えっ?僕にですか……。」
「いい知らせだからな。早く聞いて来い。」
大男は家の方に親指を指した。その方向には執事服が立っており、アドルと目が合うなり、綺麗な礼を披露した。釣られるようにアドルも頭を下げると、大男の方へ視線を戻した。
「分かりました。」
「アドル様、お久しぶりです。この度は旦那様から正式にアーレンクロイツ家の護衛見習いとして認められました。」
「おおっ、本当ですか。」
アドルが執事服のところに着くと、さっそく本題に入り彼にとって嬉しい話が耳に飛び込んだ。今までは曖昧にアインとエレナの友人だからと訓練場を使っていたが、正式に訓練場を用いることが出来る。
さらには見習いとはいえ仕事として給金も出ることになる。その分給金だけの働きを期待されているということでもあった。
「はい。ですので、訓練場の武器などを使っていただいても構いません。また、魔法の練習用の的も使用いただけます。」
「武器に魔法もですか。有難いです。」
「ほほほ。アドル様はいずれ認められるとは思っておりましたが、護衛の加入条件の三年前に加入できるとは思っておりませんでした。」
この世界では基本的に成人は15歳からだ。そのため護衛の加入条件はその年齢に合わせられているし、給金も調整がなされていた。それを見習いという立場で、しかも3年も前からと言うのは異例のことであった。
「あはは。これも皆さんのおかげです。」
「いえ、アドル様の努力の賜物でしょう。」
「ありがとうございます。」
「そう言えば名前をお伝えしておりませんでいた。私はバルバトスと言います。以後、お見知りおきください。」
執事服、改めてバルバトスは自身の名前をアドルに伝えると、腰を綺麗に折って礼をする。そんなバルバトスにアドルはあわあわと手をあたふたさせている。
「バルバトス……様ですね。」
「ほほほ。私に様などと付ける必要はございません。呼び捨てで結構でございます。」
「呼び捨ては……バルバトスさんでお願いします。」
「はい。承りました。訓練官は引き続きダンテがいたします。」
アドルがバルバトスに様付で呼ぶと、バルバトスはぴしゃりとアドルを窘めた。彼の執事としての立場が自分の名前に様を付けることを許しはしない。
アドルは様付を取りやめたが、お世話になった人に呼び捨てと言うのもなんだか気まずく、曖昧な笑みで今の呼び方に落ち着いた。
「分かりました。」
「では、今後も頑張ってください。」
「ありがとうございます。」
「よっ、どうだった?」
「護衛見習いだと。」
「がははは。よかったなぁ、坊主。」
ダンテと呼ばれた大男は大きな笑い声をあげるとアドルの背中をバシバシと叩く。どうやら祝福をしているつもりのようだが、まだ子供の身体には勢いが強すぎて、アドルは痛みを感じていた。
「いたっ、ははは。ありがとうございます。」
「んじゃあ、さっそく武器見に行くぞ。」
「はい。」
「坊主は何か武器を使ったことはあるのか?」
「一応子供の頃はナイフを振ってました。」
「がははは、そうなのか。お前も男の子ってわけか。」
武器庫に着くとさっそくとばかりにダンテはアドルの方へ向き質問をした。その質問にアドルが答えると何が面白いのか大きな声をあげて笑い、随分と楽しそうにしている。
「ははは。なので剣がいいかと思っています。」
「そうかそうか。だがな、剣と言っても色々ある。片手剣、両手剣、片刃のもの、両刃のもの、直剣、曲剣、刺突剣とかな。自分に合ったものを選ばないと上達しないぞ。」
「うわー、選ぶの大変そうですねえ。」
ダンテの言う通り剣とだけ言ってもその中にも詳細なカテゴリが存在している。それはほぼほぼ無数に分岐して真に合った武器と言うのは中々見つからないものだ。
「しかし、それがそうでもない。」
「えぇ?」
「なんといってもこの俺がいるからな。」
「教官がですか?」
「この仕事をしていると大体分かってくるんだ。ということで、ちょっと模擬戦するぞ。」
しかし、ダンテにとってはそうではない。いや、確かに真に合った武器を見つけるのは大変なのは確かだが、どの系統の武器があっているかなら長らく教官をやっているダンテならば見分けを付けることが出来るのだ。
「ええ?突然ですね。」
「ほらこの木刀持ってけ。結局な、戦いのことは戦いの中でしか分からないんだよ。いいからやるぞ。」
「誰が相手をするんですか?」
「がははは。それはなアイン様だよ。」
戦いは戦いの中でしか分からない。至言だろう。基本的に物事の理解を深めようとするのなら、その物事に触れてみるのが一番効率が良い。闘いにも同じことが言えるのだろう。
「えっ?アインと……。」
「知ってるぞ。お前とアイン様には何かの確執がある。」
「いえ、そんな……。」
アドルはアインと戦うと急に言われて困惑を表情に浮かべた。それに確執という言葉に僅かながらの動揺を示した。アドルからしたら隠し通せていると思っているのだ、知られていたなど考えたくもないことだ。
「別にそれに関しては何も言わないさ。ま、案外大人も子供のことは見てるってことさ。」
「そう、ですか。」
アドルの大人のモデルケースはいつだって父と母。それに自分を無視する村人たちだ。その大人を見ているアドルが案外大人も子供を見ている、なんて言われても素直に認めることなど出来はしない。
「武器を扱うなら感情的になりすぎるのはよくないが、最初の一回目は感情に従って戦わないとな。そっちの方が人間の本質が見える。だからこそ、感情を向けられる相手が好ましい。」
「うっ……。なんか嫌ですね。」
「心を暴かれるようだから、か?がはは、何をいまさら言ってるんだ。」
「今更って……恥ずかしいじゃないですか。」
アドルは眉間にしわを寄せる。心を暴かれるのは誰だっていやなものだ。それは当然アドルもそうだし、自分を分析されていると思うと、どうしても冷静ではいられない。
「そんなことを恥ずかしがっているようだと闘うなんてできないぞ。」
「よく言うな、ダンテ。」
「あ、アイン様。」
諭すようにアドルに語るダンテであったが、アインから話かけられると視線を左右に彷徨わせて、これでもかと動揺した姿を見せる。
「ああ、お疲れ。心を暴かれるのが怖くないって?」
「いえ、そんな……。」
「くくく。別に何もないさ、何もな。それよりアドル。」
どこか恐怖がダンテの目ににじみ出てきて、それを見たアインが笑いながらダンテの目を覗き込んでいた。が、ふと視線をアドルの方に向けた。
「アイン……。」
「折角の機会だ。どっちが強いか勝負といこうぜ。」
「ああ、それは僕も興味がある。」
二人の身体から闘気が溢れ出す。アドルは心が暴かれるかどうかなど頭から消え去っていた。今はただ純粋にアインとどちらが強いか。その一点にのみ意識が向き、それに応えるようにアインもニヤリと口元を歪ませた。
「くくく、付いて来いよ。なぁ、ダンテ。」
「は、はい。」
「審判頼むな。」
「承りました。」




