033 プリマと愉快な仲間たち
「ふふふ。そろそろ動き始めようと思います。」
プリマ一行の溜まり場と化している廃墟で今日も今日とてプリマ一行は集まっていた。15歳になり成人したばかりのプリマはもう立派な淑女で、昔からの深窓の令嬢といった雰囲気に妖艶な雰囲気が合わさっている。
そんなプリマの前に座るは例の如くヘレン=ローザーその人と身長140㎝程度しかないちんまりとした幼女体系の女性である。彼女はぴたりと身体に張り付くスーツを着ており、ふくらはぎには二本の短剣がベルトに差し込まれている。
「おやぁ?ついにですかぁ。このまま大人しくなされるのかと思いましたがぁ。」
「……ヘレン。お嬢に失礼。」
「良いのです。ヘレン、あなたの契約が履行される日も近いです。」
5年前からプリマは今の現状を耐え忍んできた。家にいる時は絶えずにこやかに笑みを貼り付けて、アトラスに求められまま望む姿を演じてきたのだ。
当然、その間に彼女は息抜きをしてヘレンの心労を溜めさせたが、その甲斐もあってかプリマに従う者も市街に少数ばかりだができた。その少数の組織を用いて現状を打破する手を考えてきたのだ。
「へへへ。本当ですかい?」
「はい。あなたもお願いいたしますね。ライネ。」
「お嬢が言うなら。」
ライネと呼ばれる少女は不承不承ながらもプリマの依頼を引き受けた。そのライネをニヤニヤとした表情で見ているヘレンは傍から見たら変質者以外の何物でもない。
もちろん彼にそういった意図は一切ない。どこがとは言わないが、彼は大きい方が好きなのだから。
「へへへ。それにしてもクライネ=カッツェとは。」
「うるさい、ヘレン=ローザー。」
「ハウンドまで付けるべきだったでしょうか。」
ライネと呼ばれる少女の名前はクライネ=カッツェという。小さな猫という意味だ。プリマの適当ともいえる名付けはここ5年の間でも健在であったらしい。
ヘレンローザーハウンド。野良犬の方が名前としてよかったかなどと考え始める始末である。子猫と対極よね、なんてことをも考えているのだから、少女のこれは治ることがないだろう。
「……お嬢様。」
「……お嬢。」
「むぅ、何ですか?」
プリマは二対のジト目で見つめられて、不満げに頬を膨らませる。そして、頬を膨らませたままそっぽを向いて拗ねたような声を出した。
「イエ、こういうところはちょっと……。」
「お嬢センスない。」
「可愛い名前でしょ。」
どうにか濁して伝えようとするヘレンの言葉を遮って、ライネはずばりとプリマに言った。
二人の態度に不服そうな表情を浮かべるプリマはでもでもと言い訳のように言葉を口にした。さも当然のことのように言われた言葉に二人は唖然としてしまう。
「……。」
「……。」
「「人につける名前じゃない。」」
ヘレンとライネはお互いに目線を合わせ合い、プリマの方を同時に見やった。二人に同時に見られたプリマはびくりと少し肩を震わせると、そんなプリマに二人は同時に言い放った。
「もう、こういう時だけ仲良くして。」
「「仲良くないし。」」
「ふふふ、ほら仲良し。」
二人の重なる声に笑みと共に声が漏れ出る。すると二人は全く同時にお互いの方へと向いたかと思うと、また同時にきっと鋭い視線を送り合った。とても息があっているようだ。
「野良犬、合わせないで。」
「子猫ちゃん、そっちこそ合わせてきているんじゃないかなぁ。」
「は?きもっ。そんなんだからモテないんじゃない?胡散臭い喋り方がモテるとでも思っているの?いかにも童貞が考えそうなこと。おえぇ、吐き気がする。」
「……酷くなぁい?」
ずいっと二人は顔を寄せ合うと至近距離でメンチを切り合う。額と額、唇と唇が触れ合いそうな位置で口々に文句を言い合う二人だが、怒涛のライネの口撃にヘレンは身体を後ろに引いてしまう。
「あれあれぇ、怒っちゃった~?ヘレン怒っちゃたの~?やーいやーい、ヘレンの童貞くそ雑魚~。」
「……お嬢様、こいつの躾けお願いします。」
「ぷぷっ、自分で勝てないからって……ぷぷぷっ。お嬢に頼るのくそダサ~イ。これだから男は、はぁ~。」
身体を後ろに引いたヘレンにライネは立ち上がりへたくそなダンスを目の前で踊りながら煽る。片手を口元に当てながらヘレンの方を指指しながらダンスを踊る様はまさにメスガキ。
ヘレンの額にぴきりと血管が浮かび上がる。あまりに舐めた態度に冷静でいられない自分を自覚してプリマにお願いするが、それすらもライネが煽りの材料にすることで軽々と沸点を超える。
「上等だっ!!ぶっ殺してやる!!」
「ぶっ殺さないでください。」
ヘレンのあまりの過激な発言にプリマは窘める。こんな下らない喧嘩で組織のメンバーが減るなど馬鹿らしいにもほどがある。まぁ、この二人のこういった喧嘩など日常茶飯事なのだが。
それにしてもへらりと相好を崩さないヘレンは何処にいったのだろう。
「ぷぷぷ。怒られてや~んのっ。」
「ははははは。どうもそのメスガキムーブが好きなようだが、歳考えろよ?お前そんななりして俺と同じくらいだろ?」
「は?死ね。」
ヘレンはライネの言葉に怒りが一周したのか、突然大声をあげて笑い始める。そして、女性にとっては禁句であるはずの年齢の話を持ち出した。ヘレンと同じ年齢とすると二十きゅ……いや何も言うまい。デリケートな問題なのだ。
ライネはすっかりメスガキムーブを忘れて直接的な暴言を吐いてしまっている。それは事実だから怒って……いや何も言うまい。
「へへへへへ。いつも分からせてやんのに減らず口が減らないのは処女をこじらせているからですかぁ?特殊性癖ですかぁ?」
「は?は?は?ち、違うし。処女ちゃうし。めっちゃビッチだし。」
「えぇ?そんななりで相手してくれる奴おるぅ?」
ヘレンによる渾身の口撃はライネにクリーンヒットしたようで、彼女は顔をぼっと真っ赤にさせてあわあわと手をばたつかせて、必死に否定をするがあまりにも説得力がない。さらなるヘレンの追撃にはびしりと身体を固めて、次の瞬間くわっと目を見開いた。
「ぶっ殺す!!」
「上等だ、おらぁ!!」
「お二人とも、ぶっ殺さないでください。」
二人はお互いに逆側に飛び跳ねると正面から対峙した。そして、ライネはふくらはぎから二本の短剣を引き抜き眼前に構えた。赤と青の刀身で出来た短剣は美しく、ライネが魔力を込めるときらきらと光る。
一触即発の状況で二度目のプリマの静止の声が響いた。
「「はーい。」」
「はぁ、じゃれ合うのもいいですが、お話を聞いてください。」
「「じゃれ合ってないし。」」
すると素直にお互いに構えを解くと、プリマの方へと視線を送った。
二人の素直な様子にプリマは思わず頭に手で押さえて、ため息を吐くとつい余計な言葉が口から飛び出した。それと同時にまた烈火のように怒り出す二人はじゃれ合うことでしかコミュニケーションが取れない可哀そうな人たちのようだ。
「……同じやり取りしないで下さいね。」
「だってさ、童貞くん。」
「だってよ、ビッチ(笑)。」
「「ぶっ殺す!!」」
疲れたように言葉を漏らすプリマにへっと二人は笑みを零して、二人同時に言葉を漏らした。その声がお互いの耳に届くと眉が一つ跳ねてまたも、物騒なことが二人の口から飛び出てくる。
「はぁ、この子たちは……。“フィジカルダウン”、“アジリティダウン”、“マナアップ”、“ブーストマジック”、“バインド”。」
「おっとぉ、お嬢様本気過ぎはしませんかねぇ。」
「お嬢、冗談冗談。」
プリマはついに武力行使に訴えた。バインドと唱えた瞬間、二人の足元から黒い縄が出現して足、手、胴体と縄が縛り付けようとする。反射的に抵抗しようとした二人だが黒い縄を振り払うことは出来ず、動きを固定されてしまう。
二人はへらへらと笑いながら冗談だと口々に言い始めるが、プリマはにこりと笑ったままで二人を解放しようとしない。
「神呪呪縛、使いますよ?」
「えぇ、勘弁してくだせぇ。それ最上級の封印術じゃないですかぁ。」
「神呪呪縛……こわい。」
神呪呪縛。神をも呪い縛りつけて封印する最上級の封印魔法である。その封印に閉じ込められたものに永久の悪夢を縄が見せて、解かれるときには廃人になるとされている。
二人もお痛が過ぎた時にくらったことがあるが、想像を絶する経験であったと語っている。数分影響下にあっただけでそうなのだから、どれほど壮絶な魔法か伺い知れる。
「ふふふ。」
「「ひっ……。」」
プリマがにこやかな笑みを浮かべていると、二人はカタカタと歯を打ち鳴らして恐怖に耐えていた。震えそうな身体は無理矢理バインドに抑えられて、にこやかに笑うプリマの笑みが二人の目に映り続ける。
「大人しくしてくださいね。」
「「はーい。」」
「全く大きな子供を持ったみたいです。」
プリマの言葉に悪ガキどもは威勢だけはいい返事を返す。それを呆れたように首を振って受け入れているプリマの姿は今の時点で肝っ玉お母さんである。
「若いってことですか。お褒めに預かり光栄ですねぇ。」
「困っちゃうな~。ライネ、そんなに若く見えるぅ?」
「……。コホン、とりあえずヘレンの契約を済ませてしまいましょう。」
ぴくぴくとプリマの額に青筋が浮かぶが、二人は何のその。へらへらとした表情で頭をへこへこと下げている姿が情けないが、反省していないことだけは存分に伝わる。
プリマは怒りを必死に押さえつけると話を本題へと戻した。もはや、どちらが大人で子供か分かったものではない。
「へへへ。ようやくこの時が来ましたかぁ。あれから9年。本当に長かった。」
「お待たせしてすみません。ここから3年使って下準備をします。もう少しだけ辛抱してください。」
「ええ、もう3年待てばいいのですねぇ。待つのはもう慣れましたよぉ。」
ヘレンの現在が始まったのが9年前。プリマに出会ったのが5年前。長きに渡る彼の闘いは最終局面へと移った。3年後、ヘレンはどの結末を迎えようと、この戦いの終止符を打つだろう。
「3年間は任せて。必ずやり遂げてあげる。」
「頼りにしてますよぉ。」
「ふん。お嬢、場所は?」
ヘレンはライネと目を合わせると全幅の信頼をその目に乗せる。ライネはその目を正面から受け止めて、プリマの方へと目を向けると仕事について聞き始める。
「アンタレス山脈の周辺を纏める子爵家です。」
「任せて。」
貴族相手の仕事となるとそうとう厳しいものになるのはここに居る三人は分かっていたが、そのことをわざわざ言葉にすることはなく、ライネもまた己自身を信じて頷いた。
「ヘレン。」
「……なんですかぁ。」
「べー、……また遊ぼう、ね。」
ヘレンに向かってべろっと舌を出すと、べーと口に出してから少し寂し気な表情でヘレンの方を見た。身体の横にある手は寂しさを耐えるようにぐーで握られており、ふるふると震えていた。
「......ハイハイ。無事に帰ってきてくださいねぇ。」
「にへっ。……って、違うから。違うんだからぁああああ。」
無事になんて言われたライネはだらしなく緩んだ笑みを見せてしまう。そんな自分に気がつくとぼっと顔を真っ赤に染めると、首をぶんぶんと振りながら廃墟の外へと走り去ってしまった。
「可愛い子ですね。やはり子猫ってぴったりだと思います。」
「えぇ、まだその話気にしてたんですかい。」
ライネの可愛らしい姿を見て少しばかり機嫌がよくなったプリマは軽口をたたくが、そこにヘレンは余計なことを言った。
「……ちゃんと責任取ることです。」
「うぐっ……。」
「ふん。私は帰ります。」
プリマはヘレンの余計な言葉にしっかりとカウンターをくらわすと鼻を鳴らした。そして踵を返して廃墟の外へと歩き出した。
「……お嬢様。相当気にしていたんですねぇ。」
「うるさいですよ。“脱力”」
余計なことしか言わないヘレンは手痛い反撃を喰らう。彼は身体全身から力が抜ける感覚と熱の時のような気だるげな感覚が同時に襲い、その場に片膝を付いてしまう。
「地獄耳過ぎませんかぁ、って身体がだるいぃ。」




