032 小休憩
「ここにはよく来るんだよね。」
そう言ったアドルは森の木々の中でも一際大きい木がある場所に来ていた。踏みしめられたように固まった地面はいまだに健在しており、ちょっとした広場として残っている。
アドルの後ろを付いてきていたエレナは広場の周りをきょろきょろと見渡し、とんとんと片足で地面を小突く。周りを見渡していたエレナの目線は巨木に吸い寄せられ、その木に宿る魔力の大きさに目を見開いた。
「小休憩にはいい場所ですわね。」
「ははは、だよね。森に入るたびここで鍛錬していた日々を思い出すよ。」
そっとアドルは巨木の表面を撫でる。懐かしむように細められた目は過去のこの広場での情景を思い浮かばせていた。
「アドルさんはここで鍛錬していたのですわね。」
「うん。それも7歳までだけどね。魔力操作を習ってからは家と訓練所で鍛錬してた。訓練場の方がいい環境だったから。」
「ふふふ。そうですわよね。偶に鍛錬をご一緒させていただくときもありましたわ。」
「ははは、エレナとの鍛錬はいつもためになっているよ。ぼこぼこにされるけど。」
アドルにとっての転換点の一つ。執事服に魔力操作を教わった日から彼はアーレンクロイツ家の護衛見習い候補の扱いを受けて、特例で訓練場を使わせてもらっていた。
アドルにとって訓練所での鍛錬でもっぱら対人戦の相手になっているエレナには負け続けていたが、周りの護衛達の鍛錬の風景を見るだけでもよい成長になっていた。その甲斐あって同年代の子供の中では上位に入るほどの腕前は持っているだろう。
特に彼の成長した部分は心だろう。村中から無視される環境は言うまでもなく子供の成長に悪影響でしかない。その点が解消されるばかりでなく、人としての在り方だとか、仕事に対する向き合い方だとかを実施に見ることが成長の一助になっただろう。
「私、強いですから。最近は気術も扱えるようになりましたわ。」
「魔力と気力で身体強化を重複されると、もう手が付けられないよ。」
「ふふふ。当分負ける気はいたしませんわ。」
「自身無くすなぁ。」
アドルが同年代では上位に入るとはいえエレナは別格である。エレナはトップ争いをできるほどの腕前は持っており、上位クラスとトップクラスでは実力に大きな差があった。
特に魔力による肉体強度の強化率が高いエレナが気術を用いるようになってからはより圧倒的な肉体強度を誇り、頭が一つや二つ、いや比べるのが烏滸がましいほどの差が生まれていた。
エレナの言う通りに当分どころか、一生をかけても肉体強度という面では負けることなどないだろう。
「アドル、安心していいですわ。近接戦闘以外ならアドルが勝ちますわ。」
「それ、安心できる要素じゃないよ。近づかれたら終わりってことだよね。」
二人の鍛錬での組み手はおよそが素手での勝負であり、近接戦闘以外を行うことはほとんどない。理由として手加減の難しさと決着判定の難しさ、エレナが遠距離攻撃の手段に乏しいなどの理由が挙げられる。
従って、二人のどちらが遠距離戦では強いのか定かではないが、先述の通りに手段の乏しいエレナが負けるであろうことは確かだ。
「ふふ。……それでここには何をしに来たのかしら?」
「雑な話題転換だ。いいけどね。それは初心を忘れないため、かな。」
「初心と言いますと?」
エレナはアドルの嘆きにも似た言葉を雑な話題転換で華麗にスルーした。視線をきょろきょろと辺りを彷徨わせていることから、彼女はどうも近づいて殴ればどうでとでもなると考えているらしい。
「頑張れば報われる。報われないのは努力が足りないから。だから、もっと頑張らないと。そんな感じかな。」
「……強者の理論ですわね。」
アドルの理屈が通用するのはずっと全力で努力をして、成果を出し続けられる人間だけ。他人に責任を押し付けず、自分から責任を被る。そして、結果が出なければ努力を繰り返し、自身の納得する理想を追い求める。
そんな風な生き方が出来るのは只人ではない。普通の人間はどこかで他人に責任を押し付けるし、そこそこの結果で妥協する。たとえ理想は追い求めても、現実が迎えればそんなものだと納得する。
それは悪いことではない。普通の人間である。どこまでも現実は続いていくし、理想を追い求めるばかりでは心が病んでしまう。結果を出し続けることでしか生きていけない生き方よりも、よほど健全である。
「……え?」
「いえ、何でもないですわ。素敵な考え方ですわ。努力を怠らないように戒めるってことですわね。」
「あ、うん。」
アドルはぼそりと呟いたエレナの言葉を聞き返すように言葉を漏らしたが、彼女はその漏れ出た言葉を聞かなかったことにして、顔を少し下げて足元に視線を落とした。
そんなエレンの様子に怪訝な表情を浮かべたアドルだが、特に何が原因かは分からず曖昧に頷くしかなかった。
「でも、疲れませんの?」
「疲れている暇なんてないから。何より生きるために努力しているから。努力は僕が生きるために必要なんだ。」
「ふふふ。素晴らしい、ですわね。私ももっと頑張らなくちゃいけないわね。」
アドルは続くエレナの質問に自分なりの生き方を語る。彼はどうにも自分語りをしてしまっている現状に少しばかり気恥ずくなってしまっていたが、それを決して表には出さずエレナの方を真剣な表情を持ってみた。
エレナの金色に輝く目に燃えるような炎が浮かぶ。彼女にとりつく闇を払うように信念と覚悟の炎を燃え上がらせて、未来へと目線を向けた。
「えぇ、エレナは手を抜いてくれないと。一生追い付けないじゃないか。」
「私も目標のために必死なのですけど!?」
この後も二人は他愛のない会話を続けて穏やかな時間を過ごした。




