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029 プリマとヘレン

 ベルベット一行が街を去った後にプリマとヘレンは例の廃墟に集まっていた。廃墟の周りには緑色の結界が張っており、人除け、物理結界、気配隠蔽の効果が発揮されている。


「ねぇ、ヘレン=ローザー?」

「はい、お嬢様。」

「私、夢が出来ました。」

「ほう、それはよかったですねぇ。」


 プリマに突然話しかけられたヘレンは特段驚いた様子はなくいつもの如くへらりとした様相は崩してはいない。プリマが貴族であると知った後も崩れない態度は流石と言うべきだろうか。


「あなたは興味なさそうですね。」

「イエイエ、私めはただお嬢様についていくだけでございますからねぇ。」

「つまりは夢そのものには興味ないということですか。」

「そんなことはございませんとも、はぁい。」


 どう見てもプリマの話に興味を抱いていないヘレンは適当に舌を回しながら軽口をたたく。間延びした語尾はやはり人をイラつかせるものだが、プリマは気にした様子なくにこやかに笑みを浮かべている。


「……。」

「……。」

「……。」

「……ところで、夢の内容はなんでしょうかぁ?」


 沈黙が廃墟内を包み込む。にこやかに笑っているプリマの圧は時が経つにつれて増している。無視を決め込んでいたヘレンであるが諦めたように夢のことを聞くことにした。


「ふふふ。私の夢が気になるのですね。」

「はぁい。気になりますとも。耳かっぽじって聞かせてもらいますねぇ。」


 プリマの渾身のかまってちゃんムーブはヘレンのこめかみをピクリと動かすことに成功した。快挙である。昨日の戦闘ではへらりとした様相を少しも変えなかったのに、流石お嬢様である。

 しかし、ヘレンはまだ24歳であるが中々人生経験は豊富である。このくらいのかまってちゃんなどよく……は見ないが、スルーするのは慣れている。ぐりぐりと指を耳に突っ込みながらへらりと笑ってみせた。


「私、この家を出ることにしました。」

「……正気でしょうか?」


 真顔のヘレンほど貴重なものはない。それほどプリマの回答は驚きに値するものであった。

 プリマは深窓の令嬢とまで言われる筋金入りのお嬢様である。もちろん街に抜け出すのは日常茶飯事であるし、かまってちゃんムーブをする程度には子供だ。だが、プリマ自身も貴族としての自分が根底としてあり、今まではその上で生きていた。


「ふふふ。今すぐというわけではありません。いずれは、ということです。」

「なるほどぉ。心配しなくてもいずれは嫌でも出ることになりますよぉ。」

「……私はその出方では退屈です。」


 貴族としての自分が根底にあるプリマだったのなら、その出方も一定の理解を示し、必要なことと割り切れただろう。

 だが、プリマは趣味を知ってしまった。生きる道を定めてしまった。その生きる道に重ならないと彼女は彼女の持つすべてを持って抵抗するだろう。例え貴族家が障害として立ち塞がろうとも。


「退屈と申されましても、お嬢様が出るとすぐに悪い奴に捕まってしまいますよぉ。」

「私はこう見えても人を見る目はありますから。あなたのことも信じています。」

「勘弁してくだせぇ。私めはただの野良犬でございますぜ。お嬢様に信じてもらえる大層なものなど持ち合わせてはおりませんよぉ。」


 だが、プリマの選択をヘレンは歓迎しない。ヘレンにとっては貴族家のプリマであるから仕えているし、自身の目的のためにも貴族家から糸が立たれるのはたまったものではない。


「相も変わらず嘘つきですね。この家であなたほど強い人間など両指で数えるほどです。」

「へへへ。あっしのことを評価してくれるのは嬉しいんですけどねぇ。なんせあっしは野良犬でござんす。」

「はぁ、何を言ってもあなたには私の道に付いてきてもらいます。」


 どうあがこうともヘレンの道はプリマと共にあるが、それでも道を修正できるのならなそうとする。その悪あがきも長くは続かない。ぴしゃりとプリマに断言されてしまえば、ヘレンは断ることはできない。


「勘弁してくだせぇ。お嬢様といると命が幾つあっても足りないんですわぁ。特に今のお嬢様の目は死にたがりの奴らと同じ目をしてやがりますからねぇ。」

「ふふふ。私は死ぬつもりはありませんよ。」


 プリマは変なことを言うヘレンを見て小首を傾げてころころと笑った。ヘレンの言う死にたがり、自殺志願者などと同類に思われるとは心外とさえ思っていた。誰よりも生きる道を生きようとしているのに、と。


「はぁ~。死にたがりってのは本当に死ぬつもりはないんですよ。むしろ誰よりも今を生きようとしているやつらばかりですよ。」

「なのに死にたがりですか?」


 どうにもヘレンとプリマの言う死にたがりの像には隔離があった。ヘレンの言う死にたがりこそ、プリマの思考に近かった。怪訝な目線をヘレンに向けて、問いかけるプリマにヘレンは呆れた様な視線を送っている。


「自分の生きる道のためなら自分の命を軽々と天秤にかけるいかれた奴らですよぉ。勝手に死にに行っているように見えるから、死にたがりなんですよぉ。お嬢様そんな奴と同じ目をしていますぜぇ。」

「ふふふ。確かに私は死にたがりですね。私の生きる道のためなら命を懸けますし、その結果命を落としても仕方がないと思っていますから。」

「……お嬢様。それ、完全な死にたがりですねぇ。アイン君のせいですかぁ。あの場で殺しておくべきだったかなぁ。」


 ヘレンの語る死にたがりの像はまさに今のプリマの語ること、思想にぴたりと合致している。死にたがりと聞き理解もできないものと捉えていたプリマは話を聞いた後では誰よりもその生き様に共感していた。

 そんなプリマの思考を、感情を完全に理解してヘレンは辟易としたように言葉を漏らした。そして余計なこともついついぽつりと零してしまっていた。


「ヘレン。許しませんよ。」

「へーへー、分かっておりますよぉ。それよりお嬢様も契約を忘れないようにお願いしますよぉ。」

「ええ、分かっています。私が家を出るころまでには解決させますので、問題はありません。」

「なら良いです。この命元々お嬢様に賭けています故、お嬢様の生きる道に私もお連れさせていただきますねぇ。」


 ヘレンは今更死にたがりのお嬢様の進む道を否定する気などなかった。そう、ヘレン自身も死にたがりの一人であるのだから。誰よりも共感できるのはプリマだけでなく、ヘレン自身もそうなのだ。

 だから、二人の道が重なり続けるならその道に命を賭けるし、へらりと笑ってみせるのだ。自身が目的を果たせるその時まで。


「ふふふ。頼もしい言葉です。」

「私たちの旅路に神様の加護があらんことを。」

「なんですか?神父の真似事ですか。」


 突然身体の前で手を組み天を仰いだヘレンのことをぎょっとしたように目を開きプリマは見つめる。あまりにおかしな光景にプリマは怪訝な目を隠すこともせず、すんと無表情になっている。


「へへへ。これでも私は神信深いですからねぇ。」

「ふふふ。そうなのですね。あなたに神の加護があらんことを。」

「おやぁ、自分には祈らないんですかぁ?」

「私は神を信じておりませんので。それに神の加護が宿ったあなたが共に道を開いてくれるのでしょう。」


 ヘレンが語ることにどれほど信じられるものがあるだろうか。へらりと神信深いなんて言い放つ男など胡散臭く、何が本当か疑わしいものだ。

 この貴族家に生まれた時点でプリマという少女は神というものを信じてはいない。信じられるのは己と己の見た物だけだった。故に彼女が信じると決めた物には全幅の信頼を置くのだ。


「はたー、これは参った。責任重大じゃないですかぁ。」


 少し天然なプリマと軽口の止まらないヘレン。違うようで似ている二人は廃墟の中でにこやかに益のない話に花を咲かせ続けた。


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