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027 アインとプリマ

「アトラス辺境伯、お久しぶりです。」

「ようこそ。今日はわざわざ済まないね。」


 ベルベットとアインの二人は顔つなぎのためにこの周辺一帯を治める貴族家にやってきていた。事前に話が伝わっていたのか、貴族家にある応接室まで二人は給士に連れられた。

 部屋に二人が入ると大仰に手を広げて下っ腹の出た中年の男が出迎えた。まんまると太った顔に立派な二つのちょび髭をはやしており、頭の頂点は薄くなっており少し寂しい。高級な服に着せられた男の姿は貴族とはとても思えないものだった。


「いえ、呼んでいただけるのならいつでも参ります。」

「ははは、頼もしい言葉をありがとう。どうぞ座ってくれ。」

「ありがとうございます。では、失礼いたします。」

「ははは、それでその子を紹介してくれるかね?」


 アトラスと呼ばれた男に勧められるままベルベットはソファーに腰かけて、その斜め後ろをアインが直立で待機する。

 アトラスはちらりとアインの方を一瞥するとにこやかな笑みを浮かべてベルベットの方へと視線を送る。ベルベットもまたにこやかに対面しており、穏やかな空気が応接室に漂っている。


「はい。私の息子でアインと言います。」

「アイン=アーレンクロイツです。今日はお招きいただきありがとうございます。以後もよろしくお願いいたします。」

「ほう。利発そうでよい子じゃないか。」


 アインは自分の名前を紹介されるなり、深く腰を曲げて礼をすると正面からアトラスの目線を受け止めた。

 そんなアインの様子にアトラスはますますと機嫌がよくなり、自分のひげを手で遊ばせながら、腹をもう片方の手で叩いた。


「ははっ、ありがとうございます。しかし、この愚息は何分私の前ではやんちゃでして、ほとほと困っております。」

「はははは。子供の特権だ。そうだ。私の子も紹介しておこう。入っておいで。」


 困ったように眉を下げるベルベットをアトラスは楽しそうに笑って、腹を叩いている手をワンテンポ早くした。ぽんぽんと心地よくなる腹の叩く音と笑い声が重なると、機嫌よさげに扉の外に声をかけた。


「失礼します、お父様。」

「っ……。」


 アトラスの指示に従い応接室に入って来たのは廃墟に攫われた少女、プリマであった。廃墟にさらわれた時の格好とは大きく違い、腰まで伸びる水色の髪を編み込んでハーフアップにしている。

 白と水色を基調としたワンピース風のドレスは彼女を深窓の令嬢を思わせ、ふっと伏した目も合わさりこの世の何よりも美しかった。

 思わずアインが息を飲んだのは廃墟にいた少女がここに居る驚きか、彼女の美しさに息を飲まれたからか、それは定かではないがアインは目を見張るように少女を見つめる。


「私の自慢の娘だ。プリマ、挨拶をしなさい。」

「プリマ=ヒアデス・ラ・マルグレイブ=アルデバランと申します。プリマとお呼びください。」


貴族家の名前の構成は名前=苗字・前置詞・爵位=地名となっている。つまりはアルデバランという地を治める辺境伯のヒアデス家に属するプリマという意味だ。

プリマは貴族としての教育からか惚れ惚れするカーテシーでもってベルベットとアインの両名へと挨拶をした。その立ち振る舞いも深窓の令嬢という印象を強める結果となった。


「プリマ嬢お久しぶりでございます。また見ぬうちにお美しくなられました。」

「ははは。そうだろう、そうだろう。段々と妻に似てきて将来が楽しみだ。」

「ははは。羨ましい限りでございます。」


 二人はやいのやいのとプリマを褒めおだてて、にこやかな笑みを交わしている。プリマはそんな二人に美しい笑みを浮かべて礼をする。それを見て二人はさらに美しいだの、何だのと口々に言った。

 しばらくそうしてプリマを称賛していたが、二人はいつの間にか起こしていた身体をソファーに下ろしてコホンと一つ咳をすると、真面目な表情で顔を見合わせた。


「さて、そろそろ本題に入ろうと思うが、二人にはまだ早いかな。プリマ、私達が話している間にアイン君を庭にでも案内してあげるといい。」

「はい、お父様。分かりました。では、失礼します。」

「失礼いたします。」




「……。」

「……。」

「年中庭師が美しく飾ってくれる自慢の庭です。季節ごとに違う顔を見せてくれるので、いつも楽しみにしています。」


 庭までは二人の間に会話というものはなく、プリマの優雅に歩く後ろをアインは付いてきていた。

 そんなプリマが庭についた途端に庭の紹介をしようと口を開く。どうやら父から言われたことは熟すつもりはあるようだ。逆に言うと、それ以外の裏の意図を読むつもりも、従うつもりもないということだ。。


「プリマ様、どういうことでしょうか?」

「今の季節は白薔薇が美しく咲いています。お話ならばその中心にある休憩所で伺います。」

「分かりました。」


 プリマはあくまで庭の紹介はやめるつもりはないようで、話すことをやめようとはしない。そんなプリマのスタンスにアインは従い、庭を紹介するプリマの後ろを付いて回った。




「改めましてプリマと言います。以後、よろしくお願いします。」


 貴族家の庭を一通り回った二人は白薔薇が一面に咲く美しい庭園に赴いていた。プリマの言う通り中心には屋根のついたテラスがあり、お茶のできるようになっている。

 プリマは椅子に座るとともにアインへ再度の自己紹介をした。マイペースに進行するプリマにアインは内心面白くはないが、綽綽と従い対面に腰付いた。


「よろしくお願いいたします。ではなく……何故ここに居るのでしょうか?」

「私がプリマ=ヒアデス・ラ・マルグレイブ=アルデバランだからです。」


 アインの問いに至極真っ当な返答をするプリマだが、アインの意図すると返答としては正しくない。アインはそんなプリマの返答に調子が崩され、がくりとうなだれ貴族の娘の前ではあり得ない態度をとる。


「そうですね。そうですよね。では、昨日あそこにいたのは何故ですか?」

「ずっと美しいものばかり見ていても、退屈してしまいます。たまには心躍る何かがなければ、いずれ心が死んでしまいます。」

「だから、あの茶番を?」


 アインは痛む頭を押さえるように両手で頭を抱えながらプリマに質問を重ねる。

険しい視線を送られるプリマはそんな視線をものともせず、どこか暗く鬱々とした目をして回答する。


「茶番とは、そんな。あなたたちは本気だったでしょう?それは確かに本物と呼べるものではないでしょうか。」

「……。いつか酷い目に遭うぞ?」

「ふふふ。それもまたいいですね。退屈な日々から抜け出せるなら、少し痛い目を見るのもいいかもしれません。」


 プリマの鬱鬱とした目は様相を変えて、熱を帯びる。憧憬にも似た感情を浮かべるその目に映すのは昨日の出来事。夢想するように視線を少し上げ絶望的な状況で奮起する二人の少年を思い起こしていた。

 宙に視線をやるプリマにアインは机を指でとんとんと叩き。合わない目線に真正面から視線を送り、警告の言葉を吐いた。が、プリマの目とは合うことなく、口元を歪ませるプリマを虚しく見守るほかない。


「このっ……。はぁ、まあいい。俺はお前の趣味に付き合ってはいられない。」

「……趣味?これは趣味なのでしょうか。」

「はぁ?心躍る何か、何だろ。自分の心を動かすことが趣味じゃなくて何なんだ?」


 アインは説得する言葉を重ねることなく、目線を庭園に向けた。美しく咲き誇る庭園とは裏腹に目の前の少女、プリマはあまりにも得たいが知れず、アインには空恐ろしく思えた。

 夢想するプリマはアインの言葉でようやく現実へと目線を戻した。そして、小首を傾げてアインの方をじっと見つめると、ひどく澄んだ目でアインへと問いかけた。


「では、心が躍らないものは趣味ではないのでしょうか?」

「当然だろ。趣味は好きなことだろ。自分の心が何も感じないなら、それは全て雑事だ。」

「ふふふ。そうでしたか。なるほど、これが趣味ですか。」

「あっ、今のなし。お前のそれは趣味じゃない。」


 プリマはアインの返答に今まで以上にぞっとする、それでいて美しい笑みを浮かべた。口元に歪めて笑う姿は有名な伝承上の悪魔のようで、不思議と魅入られてしまうだろう。

 そんなプリマの表情を見てアインは自分の軽率な発言を心の底より後悔した。悪魔のような表情を浮かべる目の前の女はきっと自分を巻き込むだろうから。

 プリマの人生最大の転換点はここだろう。彼女はここで自分の生き方を決めて、その生きる道のためならどんなことでもする覚悟を持ったのだから。


「いいえ、これは趣味です。いずれお二人には私の趣味に付き合ってもらいます。」

「くそっ、余計なことを。俺を巻き込むな。一人で勝手にしていろ。」

「ふふふ。まずは一人で楽しみます。じっくりと楽しんだ後はきっと楽しみましょう。」


 もはやプリマの頭の中にあるのは生きる道とその道を達成するための策、それだけである。にこやかな笑みを浮かべながら恐ろしいことを口にするプリマにアインは心底嫌そうに吐き捨てる。


「アドルだけにしておけ。あいつならお前に付き合ってくれるだろうさ。」

「……そうですね。お二人で楽しみたいのですが、仕方ありませんですかね。」

「お二人で、ってなんだよ。お二人と、にしておけよ。」


 プリマの利用しようという考えしかない言葉についつい突っ込んでしまうアインの額には一筋汗が垂れる。アインの頭の中にはプリマと関わることによるデメリットしか浮かんでこずに、今日という日を呪っていた。


「あら、お二人となら手伝っていただけるのですね。ありがとうございます。」

「手伝うなんて言ってねぇよ。」

「先ほどから私に対して礼儀がなっていないのではないでしょうか?お父様にお話ししてもよいのですけど。」


 プリマの目にはこの世を呪わんとばかりの鬱鬱とした色はもうなく、青空のようにどこまでも澄んだ色があった。それは突然貴族としての強権で脅しを入れる。そのぐらいの清々しさである。


「申し訳ありません。どうか私のことはお見逃しください。」

「ふふふ。仕方ありませんね。一早く絶望から立ち上がったのはアドル様でしたか、あなたとは違う方でしたからね。」

「くっ……。そうだな。そうだったな。」


 アドルのことを持ち出されたアインは下唇を噛んだ。あの戦いで一早く立ち上がったのは確かにアドルで、そんなアドルの背を見て立ち上がったのがアインなのだ。誰よりもアドルの方が心が強かったのはアインが知っていた。


「では、そろそろ戻りましょうか。」

「……はい。」

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