021 商団の旅路
「よお、アドル。」
「……やあ、アイン。今日はよろしく。」
今日のアインはいつもの擦り切れた布のような服を着ておらず、仕立ての良い服を着ている。その服は何処か貴族を思わせるような豪華さで、ところどころにあしらわれた刺繍による装飾は服の美しさを際立たせている。
まさにお坊ちゃまのようなそんな服装を着たアインであるが、その口調はいつもと変わりがなく、アンバランスだ。
対面するアドルも服を支給されており、一段も二段も劣るものの普段と比べると豪勢な服装であり、二人が並ぶと生来の顔立ちの良さもあり、はっとため息を吐くぐらいには見る人を魅了するだろう。
「くくく。一応俺は雇い主の息子だぜ。愛想よくしないのか?」
「へぇ、君がそんな小さなことを気にする奴だったとは。」
アドルはこほんと咳ばらいを一つ吐くと、皴のよっていた眉間かがすっとまっすぐになり、これ以上ないくらい綺麗な笑みを浮かべる。
「アイン様今日はお日柄もよく、よい旅立ちの日になりましたね。今日はこの私めに何なりとお申し付けください。」
「うげぇ。やめろや。そんな大人みたいな真似。」
「愛想よくと言ったのは君だろうに。」
アドルが道化師がおどけるように大げさに手を振り頭を下げると、思わずといった様子でアインは顔を歪めて文句を言いだす。
そんなアインの言葉にまたも眉間にしわがよったアドルは仏頂面でアインの方へと顔をあげる。そして、歪んだアインの顔を見るとにやりと口元を歪ませて、軽口をたたいた。
「はっ、洒落も分からないとはな。」
「相手が雇い主の息子だからね。洒落にならないね。」
「俺は命令するような、そんな立場じゃないけどな。」
「でも、事実だろ?」
アインはいわばアーレンクロイツ家から孤立した存在である。今でこそベルベットより能力を認められているとはいえ、一員として完全に受け入れられたわけでない。魔物と共存するというのは何処までいっても、そう言うことなのだ。
とはいえ、アドルの言うことも正しい。アインはベルベットの庇護下にあるのは間違いなく、アドルをベルベットの力で排斥しようと思ったら不可能ではないだろう。エレナの件もあることであるし。
「ふん。今日は精々楽しむんだな。」
「ふん。言われなくとも。」
「おはよう、エレナ。」
今日のエレナはこちらも同じくいつもより質が良く、装飾が散りばめられたドレスを着ている。普段の動きやすさ重視のドレスと違い、着飾るための淡い赤色のドレスは彼女の気質を表すようで、なんとも美しかった。
アドルはいつもと違うエレナに声をかけることに数瞬の躊躇いはあったが、そこは子供らしい無鉄砲さと言うべきか、躊躇いをすぐに掻き消しきりな笑みを浮かべた。
「あら、アドル御機嫌よう。アインとは何を話していたのかしら。」
「いや……何でもないよ。」
「そう……。……ねぇ。」
「それより今日はよろしくね。って、何か言おうとした?」
エレナがにこりと笑いながら振り向くと、アドルは少しドギマギするが続く言葉に思わず表情がこわばる。最初に口に出す話題がアインのことかと頭に浮かぶと、それは彼の知らない感情と共に胸の片隅へと追いやられる。
そんなアドルに気づいてか、気づかずかエレナはそっと目線を地面に伏せると何か言葉を続けようとして、それはアドルの声にかき消された。
「いえ、何でもないわ。今日はよろしくお願いしますわ。」
「あはは、エレナのお父さんが睨んでるから、そろそろ行かないと。」
「あ~、もうっ。お父様は……全く。」
ベルベットはアドルのことをエレナの背面から睨んでいる。今日もどうやら絶好調のようでアドルの頭にはどうにも親ばかなベルベットの姿がちらついて仕方がなかった。
そんなベルベットの姿がエレナにも想像がつくのか頭を手で押さえて、拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ふふっ、大変だね。」
「困ったものですけれど、あんなでも父親ですの。」
「いいお父さんじゃないか。」
娘想いのいい父親だ。少し行き過ぎた愛情を持っているかもしれないが、心の底から娘を愛している。自分の父親とは正反対だ。アドルがそう認識するとどろどろと心を淀ませる感覚が襲う。が、すぐに思考を止めてにこにこと笑みを浮かべ続ける。
「そうかしら?って、そろそろ出発だわ。」
「そうだね。急がなくちゃ。」
馬車での移動中、子供は子供ととばかりで詰め込まれた三人は他愛のない話で時間を潰していた。案外にも穏やかな時間が流れる馬車は三人にとって心地よいもので、アドルとアイン両者のわだかまりを溶かすようだった。
時々止まる休憩の時間にアドルが物資を取り出す役目を担う以外はやることがなく、何も起こることはなかった。休憩中に護衛と話す時間は三人にとって新たな知見を得るのに最適で、この時点でよい旅路となっていた。
一行は進み続ける。するとぴーぴーと短い間隔で笛の音が鳴らされる。休憩の時の音より感覚が短く、がたりと音を立てて馬車が止まった。
「アドル魔物の襲撃だ。」
「今の笛の音?」
「ああ。魔物の襲撃を告げる音だった。左側面からだな。」
三人は止まった馬車の中でひそひそと息を殺すように会話する。辺りを確認するように伏せながらお互いの目線と目線を合わせる。
「私達は待機ですわね。」
「詰まらんだろ。見に行こうぜ。」
「アイン?ダメだよ。僕たちは足手まといだ。」
「そうだわ。それにこの辺りの魔物はそれほど強くはありませんわ。すぐにでも倒されてしまいますわ。」
一般の子供よりも戦闘能力が高いとはいえ、大人に比べると劣ってしまう。それも護衛という戦闘を専門にしている人々とならなおさらで、足だ身をそろえるなどできない。
ぎらつく目を外へと向けて笑うアインをアドルとエレナは必死になって止める。が、よく見るとエレナはアインよりもうずうずと身体を揺らして、好奇心を抑えられていない様子である。
「くくく。そうか。ま、俺は行くがな。」
「アイン?」
「な、なんだよ。怖い顔しやがって。」
先走ろうとするアインに向かってにこりと笑みを浮かべるエレナ。それに強烈な圧を感じたアインは思わず身を引いて声を震わす。
「失礼だわ。ま、いいわ。行きましょうか。他人の戦いを見るのも勉強になるでしょう。」
「って、エレナ!!ったく、あいつが一番張り切ってやがる。」
エレナは言葉を言い終わると同時に扉を蹴り開けて爛々と目を輝かせた。扉から伸びる赤色の残光は左側面へ伸びており、すぐにエレナの姿は見えなくなった。
そんなエレナの様子を愉快そうに笑ったアインはすぐさま立ち上がり、全身から魔力を滾らせた
「くっ、僕も行くよ。」




