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020 ベルベットの依頼

 この日アドルはベルベットに呼ばれて、執務室までやってきていた。アドルが部屋に入るとそこには予想外にベルベットと共にエレナの姿もあった。どうやらエレナも同席するようである。


「小僧。あの後エレナとは何もないな?」

「お父様?」

「え、エレナ。これは重要な問いであってな。」


 今日も絶好調なベルベットは端正な顔立ちのままきらりと目を光らせた。親ばかな発言を聞きエレナの眉は吊り上がる。今日も頭上に二つ結ばれた尻尾が少し逆立ったように見える。


「どこがです?そもそも、まだ一週間も経っておりません。」

「だ、だがな。子供の成長は早いと言うし、目を離した隙にどうなっているか。」

「はぁ、碌に私たちの面倒も見ずに仕事ばかりしていた人は言うことが違いますわね。」

「かはっ……!?え、エレナが反抗期に……!!」


 ベルベットは言い訳を滔々と口から吐き出すが、エレナの怒りのボルテージが上がっていくだけだ。徐々に逆立っていく尻尾は一つの生命のように躍動していて、口からも強烈な反撃が繰り出される。


「お、お父さん。ほら、エレナもあんまり……。」

「誰がお義父さんだ、貴様ぁああ!!あっ、あまつさえ私の前でエレナなどと……!!」

「お父様?アドルもこんな方に同情する必要はございません。」

「ぐぬぬぬぬ。小僧ぉおお、上手くやりやがって。」


 アドルはエレナの言葉に泣きそうになるベルベットを慰めるように言葉をかけるが、その言葉に目をかっぴらき、口から唾を飛ばしながら思いっきり捲し立てた。

 エレナの内心ではあまりにも醜い姿に怒りはなく、呆れ一色であった。ぐぬぬぬなどと現実に声を出す男にもはや威厳の一つもないのだ。


「あ、あはは。それでどのようなご用件でしょうか?」

「こほん。戯れはこのくらいにしようか。何、褒美を渡そうかと思ってな。」

「ありがとうございます。」


 ベルベットは急激にテンションを落ち着け、普段通りの無機質な目に戻った。その目に見つめられて、アドルは背筋からぞわりと何かがのぼる感覚を覚えたが、あくまで冷静を取り繕う。


「ふん。聞くところによると、先の一件でナイフを無くしたようだな。」

「はい。あの後探してみたのですが、見つからなかったです。」

「小さな英雄、戦士見習いにはちょうどいいものだろう。」


 アドルが黒蜥蜴による突進で取りこぼしたナイフは後日同じ場所に探しに行っても姿形がなかった。あったのは地面や木々が抉られたような跡だけで、その時にナイフも消えてなくなったのだろうとアドルは考えていた。

 ことりと机の上に置かれたのは刃渡り30㎝ばかりの短剣である。装飾はなく機能美に特化した短剣は実に美しく、窓から入る光を反射して刀身が輝いている。


「わっ、これは……。」

「うちの商会お抱えの鍛冶師に打たせたものだ。使用用途はあくまで解体や採集であるが、戦闘に使えなくもない。」

「すごく嬉しいです……!!」

「くくく。よい反応だ。子供らしいところもあるみたいだな。」

「え、いえ。お恥ずかしい。」


 いつになく目を輝かせるアドルにお抱えが褒められたのもあるだろうが、ベルベットも嬉しそうにニヤリと口元を歪める。その横で微笑ませそうに二人の様子を眺めるエレナは怒りなど忘れた様子で、髪も重力に従っていた。


「よいよい。子供らしく喜ぶ方がこちらも送りがいがあるというものだ。」

「あ、ありがとうございます……!!」

「今のおぬしには勿体ない代物であるが、じきに扱えるようになるだろう。それまでは勲章のようなものと思っておくとよい。」

「はい……。」


 アドルはベルベットから直接渡されたナイフの重みを感じ取り、その重みに深い感動を覚えた。アドルにとって自分のしたことの価値を認められ、受け入れられたのは初めての経験であった。

 その経験が重さという実感を持ってアドルの心に得も知れない幸福感と小さな小さな自信を与えた。


「褒美は以上だ。……そして、ここからは商会からの依頼だ。」

「依頼、ですか?」


 アドルは依頼という言葉に目を瞬かせた。多少ばかり価値を認められたところで、まだ7歳であるという事実は消えない。アドルには大人から子供に仕事を依頼するという状況は想像しがたかった。


「そうだ。今度隣町まで出かける用事があるのだが、その用事に付いてきて欲しい。」

「えっ?」

「その用事にアインとエレナも連れて行くのでな。そのお供のようなものだ。出発は5日後で二泊三日予定だ。」

「願ってもない話ですが……よいのでしょうか。」


 アドルは依頼内容を聞くと増々困惑する。どう考えても自分にしか利はなく、ベルベット側には利ばかりでなく、負担をかける未来しか見えなかったのだ。明らかに怪しい依頼。


「追加報酬だと思えばよい。付いてくるかはおぬしが決めるとよい。」

「お父様。報酬は如何なさるつもりですか?」

「む。報酬か。……エレナと過ごせる時間だけで十分じゃないか?」

「お父様?」


 ベルベットは追加報酬という認識で依頼を振ろうとしていたため、依頼の報酬のことは考えていなかったようだ。ぽつりとあまりにもふざけた言葉が出てしまったのはそのためだろうか。


「じょ、冗談だ。探索具が入るポーチで……。そう言えばおぬしにはいらないか。私も欲しかった能力だ。」

「えっ?これがですか……?」

「ああ。羨ましい限りだ。それがあればもう少し楽に金を稼げていただろうに。」

「この能力が……。」


 虚空に物を出し入れする能力。それほど便利なものはないだろう。事実アドルもこの能力は便利遣いしており、その利便性は大いに認識している。しかし、それが羨ましがられる物という認識は持っていなかった。

 そのため羨ましいという言葉は大きな衝撃を持ってアドルの耳へと届く。


「依頼内容も更新しよう。必要物資の運搬も追加で、銀貨60枚でどうだ?」

「銀貨60枚……!?は、破格過ぎませんか!?」

「銀貨60枚でも安いくらいだ。馬車が一台減ればそれだけ他の商に回せる。それに護衛などの数も減らせるのだ。十分な利が出る。」

「銀貨60枚の……。」


 このプレアデス王国において発行される硬貨は以下のとおりである。価値が低い順から石貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大金貨である。石貨は日本で言うところの1円相当で、銅貨が10円相当、そこからは100倍ずつ価値が上がっていく。

 つまりは銀貨60枚と言うのはおおよそ6万円相当。日当2万円となる。子供に払うお金にしては相当には格であるのが分かる。


「それで受けてくれるかな?」

「わ、分かりました。受けます。」

「では、銀貨20枚先払いしておこう。銀貨の内5枚は銅貨で渡しておく。よろしく頼んだ。」

「ありがとうございます。」


 アドルの手には袋に入ったお金が手渡される。仕事としてお金が支払われるという今まで受け取ったことのない重みにくらりとめまいが襲うが、受けた仕事をしっかりこなそうと決意を固めることで踏ん張る。


「それと分かっているな……?」

「はい?」


 アドルがお金の重みを感じ取っているとがっとベルベットに肩を掴まれる。無機質な目は今ではどこか狂気にも思える熱を孕んでおり、ぞわりとアドルの背が逆立つ。


「くれぐれもエレナに近づき過ぎるんじゃないぞ。いいな。」

「お父様。わざとなのですわね。きっとそうなのですわ。」

「え、エレナ?私は心配してだな。」


 先ほどまでの真面目な空気は何処に行ったのだろうか。また親ばかな発言を繰り返し、それにエレナが髪を逆立てて怒りだす。天を貫くほどに逆立った髪は横にも広がり、エレナの恐ろしい顔も相まって、異様な威圧感を醸し出す。


「お父様なんてっ、お父様なんて大っ嫌い!!」

「がはっ……!!え、エレナぁああああ!!」


 そしてエレナによる父親特攻付き必殺必中の攻撃が繰り出された。無防備に攻撃を受けたベルベットはがくりと片膝を付き、片手で心臓を抑えながらも必死にエレナに向かって手を伸ばし叫ぶ。

 エレナは虚しく響く父親の声に聴く耳持たず、アドルの手を取り執務室の方へと歩みだした。


「え、えぇ。」

「もうっ、行きますわよ、アドル。」

「は、ハイ。」


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