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017 決着と事後処理

「ぐるっ。ぐおぉおおおお。」


 それは勝利の雄叫びであった。黒蜥蜴は己の抉られた右目など気にもせず、勝利を謳うように咆哮をあげつづける。もはや大半の魔力も残っていないが、それでも戦いというものに初めて勝った余韻に浸っている。

 アドルはと言うと爆発に巻き込まれて吹き飛ばされており、木にもたれかかるようにぐたりと身体を倒れ伏している。黒蜥蜴のあげる咆哮にピクリと指がかすかに動くが、身体を動かすことは出来ず、かみちぎられた腹からたらりと血が流れ出ている。


「ぁ……(死ぬ、のか?こんなところで)。」

「ぐるる。」


 雄叫びをあげていた黒蜥蜴はゆったりとした動作でアドルへと近づいていく。黒蜥蜴の近づく音にさえアドルは反応もできずに薄目を開けて、ぼうっと視線を向けるだけであった。


「わうっ。」

「わうわうっ。」

「ぐるるるる。」


 その時二匹の狼が黒蜥蜴の前に立ちふさがる。赤色の狼と、黒と白の狼である。そうアイン一行であった。二体の狼は全身に闘志を漲らせて、黒蜥蜴を油断なく見据えている。

 黒蜥蜴はちらりとアドルの方へと視線をやるが二体を相手取るのは困難と判断したのか、じりじりと後退していく。それを追うことなく二体は唸り声をあげて威嚇した。


「アドル。大丈夫か?」

「……(いまごろ、か。おそいぞ、アイン)。」

「くくっ、聞かなくても言いたいことがわかるな。遅くて悪いな。まぁ、感謝してくれ。助けてやる。」

「……(……。助ける、ね)。」

「何も言わず救われてろ。後は任せておけ。頼む。」

「きゅー(はいはい)。」

「……。」


 兎の身体から魔力が溢れ出し、アドルは魔力に覆われる。アドルは自身を覆う暖かな光に包まれるようにして意識が飛んでいく。アドルの薄れゆく視線の先ではいつもより何倍も頼もしく思えるアインの姿があった。


「さて、お前らは解散してくれ。じきに村人がやってくる。」

「わうっ(分かった)。」

「わふっ(またね)。」

「きゅー(ばいばい)。」

「ぴーぴー(達者で)。」

「ははは。今日はありがとな。助かったよ。よっと。」


 アドルを包んでいた暖かな光は消えて、そこには出血が止まり、傷がふさがった姿があった。アインはアドルの傷がふさがったのを見るとほっと小さく一息つき、アドルを背負い歩みだす。

 見送る魔物たちも黒蜥蜴がいた時に比べるとだいぶ穏やかな雰囲気を纏っており、もう危機が去ったことが伺えた。


「また明日。」




 村の襲撃事件から数日後、アドルはアーレンクロイツ家の執務室へとやってきていた。先の戦いの功労に報いるためである。

 何故、村長宅でなくアーレンクロイツ家であるかというと村の防衛面を担っているのがアーレンクロイツ家であるからだ。もはや村長よりも村長としての働きをしているが、また別個に村長には役割が存在するのである。


「ようこそ。アドル君だったかな。」

「は、ハイ。今日はお招きいただき感謝します。」

「ははは。そんなに固くなることはない。今日は小さな英雄にお礼を言うために呼んだのだからな。」

「あ、ありがとうございます?」


 暖かな表情で出迎えたのはアインの父である。名をベルベット=アーレンクロイツという。商家の生まれというだけあり、利発そうな顔立ちをしており、落ち着いた雰囲気を持つナイスガイである。

 しかし、暖かな表情とは真逆の無機質な目だけは人の神経をぞわりと逆立たせるだろう。


「ふむ。利発でよい子だな。ところでうちのアインと仲良くしてくれているみたいだな。それと、エレナとも。」

「は、ハイ。お二人にはいつも良くしてもらっています。」

「ははは。友ができるのならよいことだ。」

「あはは。そうですね。」


 ベルベットはあまりにも無機質な目のままで表面上はにこやかに会話が続く。そんな空気感に異様な緊張感がアドルを襲うが少しずつ態度も軟化して、笑みを浮かばせる程度は出来るようになった。


「そう、友なら、な。」

「っ……。」

「エレナはな、目に入れてもいたくない大変可愛い子なのだ。少しばかり高慢ちきで、尊大なところも愛くるしい。そうだろ?」

「は、ハイ。」


 急激に空気が変化する。ベルベットの無機質な目は今ではなんとも言えない異様な熱を含んでおり、彼のようやく人らしい部分が見える。その人らしい部分も幾分か過剰な感情を伴いすぎているが。

 そんなベルベットの空気の変化にアドルは知らぬ間に飲み込まれ、嫌な汗がたらりと額を伝う。


「パパと結婚する。なんてことを言ってはくれなかったが、きっと心では思っていてくれただろう。」

「えっ?」

「ん?」

「イエ、その通りでござます。」


 ベルベットが急に頓珍漢なことを言いだした。どうにも普通のと言うか、定番の父と娘のやり取りなんてものに興味があるようで、起きているはずなのに夢を見ているかのようである。


「そんな娘に同い年の少年が友になるなど、物凄く心配なのだ。もしや、エレナを狙っているのではないだろうな?」

「そ、そんなことは一切ありません。」

「なんだとっ!!あの愛らしいエレナを一切狙っていないなど、お前の目は節穴か?小僧。」


 アドルは狙っているなどといった日にはどういった目に遭わされるか分からないと、全力で避退したが、ベルベットにとっては気に入らない返答であったようだ。

 ベルベットの身体から魔力が吹き上がり、アドルへと叩きつけられる。


「えっ?イエ、エレナ……様は大変可愛い方でございます。」

「なんだとっ!!それはエレナを嫁にもらいたいということか!?ふざけているのか貴様!!」

「はっ?」

「お父様っ!!何を話していらっしゃるのですか!!」


 結局のところ、どのように答えてもベルベットの納得する答えは出ないのである。こういうシチュエーションに酔っているのか、はたまた本気で言っているのかそれは誰の心を覗いても分かりはしない。

 大きな声で騒いでいるベルベットの声は当然のように廊下にも響き渡っている。偶然、アドルが来ていると聞いて、ふらりと執務室に近づいてきたエレナに声が届いてしまっても、それは仕方ないことである。


「おお、エレナ。少しばかり小僧に己の立場をわきまえさせようとだな。」

「私はまだ7歳でございます!!嫁だなんだの話は早急すぎると思いませんかっ!?」

「いや、しかしだな。」

「いやも、しかしもございません。私は私の意志で結婚相手は選ばせてもらいます。」


 先ほどまでの異様な空気は何処に行ったのか、エレナが来てからベルベットは機嫌よさげににこやかな笑みを浮かべている。エレナの方は額に青筋を立てながらも、口元には笑みを浮かばせている。


「ふははは。そうかそうか。そういうことだぞ、小僧。貴様が選ばれ……。」

「お父様?」

「え、エレナ?どうしたんだい。可愛らしい顔が台無しだぞ?」


 余計なことしか言わないベルベットに我慢の限界が来たエレナは能面のような無表情となった。心底恐ろしいものを見たようにベルベットは怯えている。そんな態度を見ても怒りが収まるはずもなく、父特攻を持つ必殺必中の一撃が繰り出される。


「お父様なんて大っ嫌い!!」

「ぇ……?う、うそだ。嘘だと……。え、エレナぁ。」

「お、お父さん。しっか……。」


 ばたりと部屋から飛び出していったエレナの後に残されたのは気の毒なほど落ち込んだベルベットとそんな様子を見ていたアドルであった。気まずげに励まそうとアドルは声をかけるが、ベルベットはお父さんという言葉でぐりんと目玉がぎょろつき、顔をあげた。


「小僧にお義父さんなどと呼ばれる言われはないわっ!!」

「は、はぁ。」

「ふん。褒美は折って連絡する。」

「は、ハイ。」


 ベルベットは血走った眼をアドルに向けるが自身を抑えるように努めて冷静な風を装い、言葉を発していく。装っているつもりでも全く意味はなく、ぎりぎりと刃を軋ませる音がする。


「くれぐれも変な気を起こすんじゃないぞ。分かったな?」

「はい。」

「ふんっ、では行ってよいぞ。」

「失礼します。」

「え、エレナぁああああ。」


 アドルが執務室から出ると、その中からは悲痛な声が響いてくる。その声に頬がひくつくのを感じながら、アドルは足早に執務室から離れて行った。


「な、なんなんだ……?」


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