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015 アルデバラン大森林

 アインとアドルが毎回のように邂逅するこの森はアルデバラン大森林という。森の奥深くは光の閉ざされた暗闇の世界が広がり、数多の強大な魔物が闊歩している。人類と魔物の生存息をめぐる戦いの最前線の一つであり、それらの中でも一番の強大さと難度を誇っている。

 人類は森の中ではどうしても行動を制限され、逆に魔物はその地に根差した進化をしたものばかりで、そもそもとして地の能力だって大きく違う。人類は広がる森に手を打つことが出来ずに遅延工作をすることしかできていない。

 アルデバラン大森林の最浅層に位置する場所に二人の村があった。それも山を挟んだ場所にあるため、魔物の数はそう多くはない。しかし、極稀にではあるが大森林より魔物が村に向かってくることがある。

 そう、今回も極稀な事態がニ人を襲っただけである。その日もいつもの如く二人は森の中で対峙していた。


「よお、アドル。」

「……やあ、アイン。何か用かな?」

「ふっ、今日こそはと思ってな。いつもいつもご苦労なことに冷血漢どもに無視されているのを見ると、ほとほと呆れるころじゃないかと思って、な。」


 アイン家の訪問で態度が軟化したかと思われたアドルはどうしてか、アインと二人の時は感情を抑えきれずに悪態を吐かずにはいられない。それに応じて言葉を返すアインもアインである。


「ははっ、今日はいつにも増して嫌に饒舌だね。何かいいことでもあったのかな?」

「いいこと、ってほどでもない。ま、親父殿に願いが一つ通ったってだけだ。」

「っ、……へぇ。父に。よかったじゃないか。」


 アドルは父というものに思わす苦い顔を浮かべる。父とは昔からいいことなど一つもなかったのだ。父の左手で頭を撫でられたことも、父の口から褒める言葉が出てくることも、父の目に愛が宿ることも終ぞなかったのだから。

 だからこそ、アインの親父殿などという言葉と共に同じ化け物であるはずで、同じ境遇のはずなのに、全く違う状況に何も思わない。なんてことは出来るはずがなかった。


「ふっ、アドルも今日は家に帰ると言い。」

「ははは。あの家に、かい?」

「ん?それ以外に何がある。」

「僕にとって、……いや、何でもない。」

「……そうか。しかし、妙に静かだな。」


 しんと静まり返った空気は何処までも二人を繋げることはなく、何よりも雄弁に二人の距離を指し示している。特に今日の森は二人を気遣うように不気味なほど静かであった。小鳥の泣き声も、狼の遠吠えも一切ないのだから。


「静か?」

「森だよ。森が静かじゃないか?」

「……。どうかな、僕には分からない。」


 アドルは実施に何も感じてはいなかった。普段と同じように森林に入り、普段と同じように過ごしていたのだから、違和感の一つも覚えてはいない。アインはそんなアドルの様子に気のせいかと首を傾げて魔物たちへと目を向けた。


「そうか。お前らはどうだ?」

「わうっ(んー?)」

「わううっ(分からない。)」

「じゃあ、気のせいか。」

「……本当に魔物も話せるんだな。」


 アドルは四体の魔物とアインが話すさまをじっくりと観察して、実際に意志の疎通が取れていることを確信した。前までのアドルは半ばアインの戯言だと切り捨てていたが、今では信じる程度にはアインのことを理解していた。


「ははっ、通訳してやろうか。」

「いらない。」

「必要ない、か。ま、いいさ。いずれでいい。」

「……いずれなんて来ないけどね。」


 魔物は人類の敵。その事実は永遠に変わりはない。そのはずである。その事実がある限り、アドルが魔物という存在を認めることは一切あり得ない。あくまでアドルは人類側に立つと決めているのだから。


「きゅーきゅー(こいつ、生意気。締めるといい。)」

「くくく、あはははは。」

「なんだ?急に笑い出して、頭でもおかしくなったか。」

「くくっ、くくく。確かに、な。言う通りだな。」


 果たしてアインが肯定したのはどちらだったのだろうか。万が一アインが同意したのが魔物側であったとしたら、締めてもアドルは自分を曲げそうもないが。


「認めるとは。元々おかしいとは思ってたが、やはりか。」

「くくっ、今日は泉に行かないか?」

「なぜ、僕が一緒に行動しないといけない。」

「ふっ、偶には……。」




「ぐおぉおおおお。」

「なっ。」

「魔物っ!?」


 その時に突然に獣の雄叫びが二人を襲う。魔力の籠った雄叫びはびりびりと空気を震わせ、二人の身体を硬直させる。魔力があるという事実にその獣が魔物であると確定付けさせる。

 岩のような皮質を持つ全長1m50㎝ほどの黒い巨大な蜥蜴であった。黄色の瞳は爛々と光り、二人と四体を完全に捉えていた。ちろりと出した舌と共に炎が漏れ出ている。


「わふっ(あれ、強い)」

「わふっ(負けるかも)」

「きゅー(逃げましょう)」

「ぴーぴー(撤退、撤退)」

「くっ、アドル逃げるぞっ。」


 本能的に生物としての格の違いを感じ取った魔物たちは口々に逃げることを勧めるような言葉を零す。それにアインは増々危機感を募らせて、アドルに対しても鋭く避難するように言葉を発した。


「……無理だ。村へは行かせられない。」

「なっ、馬鹿言うな。あんな奴ら、ほっておけばいいだろう。」

「あんなでも同じ村の、仲間だ。」

「ちっ、……知らないぞ。」


 二人は共通して村の人々にいい思い出はない。もし死んでしまっても悲しむことはないだろう。むしろ、清々する可能性が高い。それでも魔物を放っておいて村に押し付けるなんてことはアドルには出来なかった。

 腐っていても、いい思い出がなくてもあそこの村はアドルの唯一の生まれ故郷であるのだ。


「ああ、どうぞお好きに逃げ帰ってくれ。」

「くそっ、……行くぞっ。」

「わふっ(いいの?)」

「……ああ。俺は俺の出来ることをする。」

「きゅーきゅー(大丈夫よ。あなたは間違っていない。)」

「ありがとう。……死ぬなよ。」

「……。そっちこそ、助けてやった意味がなくなるからね。」


 アインの激励の声に魔物と対峙するアドルは振り返らない。アドルは悪態の言葉だけを背に投げて油断なく魔物を見据えた。魔力循環を少し早めた。虚空からは小石とナイフを取り出した。今できる準備はやった。


「ふっ、ああ。俺は死んでも死なねぇよ。」

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