011 アドルとエレナ
白いベットが幾つも並ぶ部屋、医務室でエレナは身体を横にしていた。その横で椅子に座りエレナの様子を眺めているのはアドルである。アドルは心配そうにエレナの顔を覗き込んでは、地面に視線を落としてと落ち着きのない様子で待ち呆けていた。
エレナの小さく身を捩る音と共にぱちりと開いた目は状況を整理するようにぼんやりと虚空を揺らめいている。エレナの目が開いたことに気が付いたアドルは思わず手を握りしめていた。
「エレナ!!」
「あどる……?」
「よかった。無事だったんだね。」
「ええ、私は大丈夫よ。それより……。」
エレナはぼんやりとした目のまま上半身を起き上がらせた。はっきりしていく意識とは対照的にエレナの顔色は暗いままで、少し俯きがちに言葉を発した。
アドルはそんなエレナの様子に一層心配に思い、握った手に力がこもる。しかし、エレナからは何一つ反応はなく、どこかに心を置いてきたかの様であった。
「どうしたの?何でも言って。」
「……何でもないわ。きっと……何でもない。」
「本当に?それにしては、悲しい顔しているね。」
「夢見が悪かったから。それと少し疲れたわ。」
アドルは悲し気なエレナの様子にどうしようもできず、そんなどうしようもできない現状に虚無感を抱いた。いつだってアドルは現状を打破する手段は持ち合わせてはいなかった。
「そう?それならよかったけど。」
「これからも三人でいられるわよね?」
「ははは。当然だよ。悪夢なんて忘れちゃって、また一緒に遊ぼう。」
「ふふふ。そうね。なら、来週……いっ。」
来週と口にしたエレナは痛みに耐えかねるように頭を押さえる。魔力が呼応するようにエレナの身体からは火の粉がきらきらと宙へと飛散していく。絶え間なくエレナの身体を覆う火の粉は幻想的であった。
「大丈夫?」
「燃える……。うっ、大丈夫。たぶん魔力のせい。」
エレナの身体から魔力で出来た火の粉がベットに散っていく。その火の粉はベットに引火することなく宙へと消え去った。エレナは痛まなくなった頭から手を離して、アドルの目と合わせた。
「そう、今日はゆっくり休んで。来週遊ぼう。」
「ええ、私はここで休んで行くことにするわ。」
「分かった。今日は楽しかったよ。また来週楽しみにしているね。」
「お嬢様は目を覚ましましたか。」
「うん。万全ではないみたいですけど、特に身体に異常は無さそうです。」
「それは安心いたしました。今日はどういたしましょうか?」
「どう……?」
医務室の外で待っていた執事服は大して心配していない様子で淡々と話を始めた。執事服のベテランという言葉に嘘はなかったのだろう。しかし、困惑気味のアドルは話に付いていけずに置いてけぼりである。
「魔力の鍛錬方法についてでございます。魔力操作しかお教えしておりませんので、如何なさいますか?」
「ああ、お願いします。」
「では、訓練場に戻りましょうか。」
「さて、気を取り直しまして魔力操作に関しましては体内を滑らかに自由自在に動かすことが目標となります。無意識下でも循環が出来るようになるとよいでしょう。」
「はい。」
「先ほどは血液の流れに合わせてと言いましたが、それは最初の目標です。その通りに循環が出来るようになりましたらわざと乱したり、別の道順を循環させるとよいでしょう。そして言葉通りに自由自在に魔力を操作出来れば一人前です。」
「自由、自在に。」
魔力操作というくらいである。単純に循環させるだけであるなら操作とは呼ばない。魔力を自由自在に扱えてこその操作であるし、そこを目指すのは当然のことである。
だが、それのなんと難しいことだろうか。プレアデス王国はこの大陸においては強大な国家であるが、自由自在に操作できるものは上位の者たちだけであろう。基本こそが極意とはよく言ったものである。
「次に教えるのは魔力変換。体内の魔力を属性魔力に変換して体外に放出することでございます。体内の魔力は初めから属性魔力に性質が偏ってはいますが、すぐにその魔力を魔法として用いることはできません。」
「そこで体内魔力の属性を意図的に偏らせて質を高めてから魔法として放出いたします。初めは魔力暴走が引き起るかもしれませんが、どれほど質を高めるべきなのかが分かってくると、魔法も安定いたします。」
「魔力暴走。質か。なるほど。」
アドルの頭に流れるのは能力解明・開発での出来事である。手のひらの可視化されるほどの質を偏らせた魔力。しかし、それでも制御しきれずに暴発した魔力。魔力操作という基本があまりに出来ていなかったからこそ起こった悲劇である。
「属性を偏らせるのは血液に沿って魔力を巡らせられるようになってからにしてください。属性を偏らせるとはつまり、魔力を操作することなのでございます。」
「分かりました。」
「一つ注意点として、魔力を放出する際は体内魔力を偏らせる影響で自分に向けられる他属性の属性魔力に対して抵抗が小さくなります。魔法を使う時が弱点になる場合もございますからご注意ください。」
「……肝に銘じておきます。」
そして魔力暴走を起こしても何故か自身の手は傷つかなかったことの理由。その魔力自体に対して抵抗力が高まったおかげという事実。一歩間違えていれば簡単に命を落としていただろう出来事に、アドルは今更ながら冷や汗をかいた。
「それでは魔力の質を偏らせることが出来るようになったら、またここにお越しください。簡単な魔法の基礎をお教えいたします。」
「よろしくお願いします。今日はありがとうございました。」
「いえ、私の仕事でございます故。またのお越しをお待ちしております。」




