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#9 辰巳虎次郎の日記 #1

辰巳虎次郎タツミコジロウ、30才。


妻の瑠海ルミも30才。

長男のトールが5才。

次男のベルナルドが2才。


ようやく落ち着いてきたので記録を紙で残すことにした。

これは、これからのタツミ一族が健やかに過ごすための記録と思って欲しい。



私はこことは違う世界、地球という星の、日本という国で生まれ育った。

家族は優しかった。父と母と兄。

地元、生まれ育った土地でも、進学で移り住んだ東京という都市で知り合った友人も

いいヤツらだった。


東京でバイトという仕事を始めた。

仕事先で知り合った瑠海にひとめぼれして、告白して、何度もデートした。


ある日、瑠海と手をつないで歩いていると、視界が白くなった。真っ白。

まぶしくてそう見えるのではなく、白。

何も聞こえない。

左手に感触はあるから手はつないだままだ。

怖くて強く握ると瑠海も同じくらい強く握り返してきた。


画面が切り替わるように「白」が無くなると、映画に出てくるヨーロッパの王宮のような場所。


「勇者だ!」


と、叫ばれた。なんだ?それ。

ヨーロッパ系の顔立ちをした多くの人に囲まれてた。

男性はスーツで女性はドレスっぽい服を着ているけど何か違う。


気づくと瑠海が、オレの左手を握ったままうでにしがみついていた。


今の王、ルイ・ルイス・コナーが第一王子だと自己紹介してきた。

そして「世界を救って欲しい」と。


場所を移して応接間のような部屋のソファに座って話を聞いた。

こちらは瑠海とふたり、向こうはルイ王子とその側近らしい若者とおっさんの計5人。

メイドっぽい女性が紅茶っぽい飲み物を準備して出て行った。

部屋には5人だけ。ここでの話は誰にも言わない、と言われた。

信用できないけどうなずいておいた。


ここで、自分が母国語の日本語ではない言葉で話していることに気づいたが、黙っていた。


王子曰く、

この世界には人以外に動物や魔獣という生き物がいる。

人の生活圏で動物とは会うが、危険な魔獣は山奥や深い森の奥に行かなければ会わない。

古くから続く宗教のえいきょうや、食料が安定していることから国家間の戦争は数百年ない。


そんな、人にとって安全な生活が続いていたが、各国で魔獣の目撃が増えた。

人も多く亡くなった。

各国の、王宮や指導者に伝わる口伝や書物によると、魔獣が増えて山や森からあふれて人をおそう「はんらん」が起こる前触れではないか、と。


遠くの国と連絡を取る時間はなさそうなので、近くの国同士で話し合い、一番魔力が多くて成功する可能性が高いエイバラーン王国が、この世界に伝わる「勇者しょうかん」を試すことになった。


数百年前、はんらんが起こった時に教会が勇者しょうかんを行った。

現れた勇者は、人外の力で世界を救った。

その言い伝えにすがった、と。

私たちと一緒に戦ってくれないか、と。



なんだ?それ。

知らんがな。

ふざけんな。

ばかじゃないの?


心臓に糸がからまるような、気持ち悪い感情が湧いてきた。

一生けんめいに、表情が変わらないようにした。


瑠海が握った手に力を入れた。

それまで、自分の手が震えていたことに気づいた。


トドメに「あなたたちは元の世界に帰れない」と言われた。


瑠海が居なければ、強く手を握っていなければ、たぶんここで切れてた。




ふたりだけで話したいと、呼ぶまで来ないでくれと3人を部屋から出した。


ふたりで泣いた。たぶん1時間くらい。

泣きながら謝った。なぜか瑠海も謝ってきた。


少し落ち着いてから話し合った。

瑠海も言葉を理解していて「たぶんしゃべれる」と。


相談は小さな声で、日本語でした。

ここに来てから、まったく知らない国の言葉を理解して、自分の発音もネイティブと変わらなそう。

壁の額縁に詩が書かれているのも読める。


さあ、どうする。


協力して戦うか、暴れるか、逃げるか、人生を終わらせるか。


ここでの結論は、

自分たちが戦うための訓練をしつつ、情報を集め、ここでの常識を学ぶ。

自分たちの地位と生活を確保する。


昔の勇者は人外、と言っていた。

今、自分たちに同じ力があるのか、きたえれば手に入るのか。


情報。魔獣は怪獣映画のように大きいのか、それとも強力なヒグマがアリのように湧くのか。

同じものが食べられるのか、そもそもヤツらの言っていたことは本当か。


常識。人の情や命の重さなど、根本的に相容れないことはないのか。

実は魔獣と言葉が通じて意思疎通ができて、帰ってくれたりしないか。


あいつらが言っていたことが本当で、自分たちにも人外の力が身について、魔獣を追い返せたら。

すべてが終わってから「ごくろうさん」って、始末されたりしないか。


この時は、ふたりで生き抜く決意をして、もうひそうかんはなかった。




「ひそうかん」も書けなかった。

できるだけがんばって漢字を書いているけど思い出せない。

文字変換と辞書が無い中で、ここまで書けたオレはエライと思う。



これからタツミ家の直系男子は、日本語の会話と読み書き必修。

希望する場合は、他の子供たちにも教えよう。


この記録を書く前に、「勇者伝」を読んだ。

私たちの前、昔の勇者の伝記だ。

読み終えて思った。


「そんな完全人間、いるわけないじゃん」ってな。


そもそも前の勇者も自分たちと同じ境遇だったら、私たちと同じように苦悩して苦労したはずだ。

ちょっと韻を踏んでみた。


子供たちや遠い子孫に、知らないだれかがねつ造したスーパーヒーローではない、

本当の初代タツミ夫婦を知ってもらいたいのだ。

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