#8 オオカミと犬
父上に続いて、さっき騒ぎがあった方に向かうと野盗が8人、後ろ手に魔道具の手錠をかけられていた。
この手錠をかけた相手は魔法の発動が出来なくなり、声も出せない。
左側の法面を見上げると、やっぱり生命反応がある。草木が茂っていて目視はできない。
微弱だけど力強い、矛盾した反応なので人か動物かがわからないんだよな。
父上が登りだしたので斜め後ろに続いて登った。
弱った野盗の可能性も考えていたので、もし攻撃されたらどう対処しようか考えながら。
結果、人はいなかった。
けど野盗らしい亡骸はあった。
もともと手負いでここでこと切れたのか、護衛隊員の攻撃によるのかはわからない。
でも、反応がまだあるんだよな。
と思いつつ近づくと、亡骸の陰に小さな塊が2つ。
「犬のこども?」
「たぶん、グレイウルフだな」
体長は20cmくらい、まだ体毛が生えそろったばかりかな。体毛は全体がほぼ黒く、額の少し上くらいからしっぽにかけて1本の線のように青黒く色がかわっている。
自分で立ち上がれないし、目もまだ開いていない。
「たぶんな、密猟目的で入山してグレイウルフのこどもを見つけて金になりそうだと連れ去ってきたけど
この親か、別の強力な魔獣に追われてこっち側まで彷徨って来たところで俺たちに出くわした、
ってところかな。
こんなヤツらがここまで来るなんて、警備の見直しが必要だな。
で、どうする?」
「助けたい」
「わかった。俺が2匹を抱えて降りるから、ベルンハルトはひとりで降りろ。」
ぼくは頷いて先に降りだした。
ぼくひとりなら転んでも大丈夫だけど、2匹を抱えて転んだら大変だ。
そう思いつつあと少しのところで、上から飛んだ父上が先に道路に柔らかく着地した。
「造船村には医者数人と、獣医も居たはずだ。弱った狼のこどもに対する正解がわからないから、
下手に魔法はかけられない。ベルンハルトはデカーンと1匹ずつ抱えて一番後ろの幌馬車に乗れ。
野生の魔獣のこどもだからな。大丈夫だとは思うが、万が一病気を持っていたらマズいから
お客様と同じ馬車には乗せられない。わかるな?」
ぼくはまた頷いて、デカーンに1匹渡してから出来るだけ揺らさないように後ろの幌馬車に急いだ。
造船村まで、とても遠く、永く感じた。
揺れが抑えられているはずの幌馬車も、少しのガタつきが気になった。
造船村に着くと医者と獣医が待機していて、
準備されていた1室で、2匹に獣医が浄化と体力回復系の魔法をかけ、
ぼくとデカーンには医者が同じ魔法をかけた後、部屋のなかに調査系の魔法をかけて病原菌はなさそうだとして一安心。
人相手の医者でも動物を診れないことはないが、動物や魔獣は種類や大きさによってかける魔力量が違うから、知識や経験が不足していると事故って取り返しがつかないらしい。
医者と獣医に礼を伝え、獣医には昼食後に戻ってくるから世話の仕方を教えて欲しいと頼んだ。
医者、ダラッタ先生は父上のところまで同行して、病気ではないので人は問題ないが2匹の衰弱が激しいので、今は獣医のトースガー先生がついている。と報告してくれた。
万が一、野盗の残党や別動隊がいたらマズいので、視察は明日以降に延期となって
造船村の領主邸で過ごすこととなった。
サカナ村の守備隊詰所では、野盗を一人ずつ尋問して、
ベサイブの街から2つの小隊が山狩りに入った。
領内全てでパトロールを強化した。
昼食の席は、ぼくだけ別室で軽食にさせてもらった。
誰もケガなく、野盗も生け捕り、ひとりの野盗の亡骸は熊の爪痕だろうと言われた。
2匹のいる部屋に戻ると、獣医のトースガー先生とデカーンがおにぎりを食べていた。
「さっき2匹ともミルクを飲んで今は寝ているから大丈夫だと思うよ。
ベルンハルト君が見つけてくれたんだってね。
助けてくれてありがとう。」
会ったことはあったけど、今日はじめて名前を知ったトースガー先生にお礼を言われた。
野盗の亡骸より、弱っている2匹を見たショックが大きかった。
8年間、動物を飼ったことはなかったし、父上の狩りに付いていけば小さな動物も狩った。
あの時、父上に聞かれて「助けたい」と即答した理由もわからない。
自分の感情が混乱していて、トースガー先生からなぜお礼を言われたのかもわからなかった。
夕方まではほとんどしゃべらずに、一度だけ2匹の下に敷いたタオルを交換した。
夕方にトースガー先生の助手のパッシモーネさんが合流すると、
「ベルンハルト君、今朝の出発は早かったんでしょう?
夜は僕ら3人で交代しながら見るから、ベルンハルト君は寝てください。」
ここでぼくが逆らう意味は無いと思い、3人にお礼と2匹の世話をお願いしてから夕食、入浴、と済ませてベッドに入った。
久しぶりに、「古い記憶」の夢をみた。
思い出した。「古い記憶」の中で、ぼくは犬を飼っていた。
飼っていた犬の名前は思い出せないけど、記憶の子犬と狼のこどもがぴったり重なった。
朝、起きると涙があふれて何も見えなかった。