#7 馬車
父上たちの話し合いも随分すすんでいるらしい。
うちの大型船より二回り小さい中型船を3隻で、ほぼ決まり。
関係各所ももともとそれで話を通していたらしく、更に微調整をしている。
そんな中、同程度の完成間近の中型船を造船所で見せる準備が整ったので、視察に行くことになった。
造船所は、ここベサイブの街から北東に2つ山を越えた、その名もそのままな「造船村」にある。
山を越えると言っても低い山で、更に1番低いところに道路を通しているので、早朝に馬車で出発すれば昼前には到着する。
そもそもタツミ領は広大な土地を有しているけど6割が山で、どの山にも魔獣や獣が住んでいるのでほぼ手つかずの王家所有地だった。
それを勇者だったご先祖様が褒美としてもらい受けて開拓したのが始まり、らしい。
口伝だけでなく、勇者以降のご先祖様は代々詳細な記録を残している。
コメや麦を育てにくい土地で、それらを友好的な近隣から買ってはいたが長年の主食はイモだったとか。
魔道具製作で小銭を稼ぎつつ、街や村、それを繋げる道路を整備して
数十年前にようやくどこにもない高性能な船が完成した。
今、ぼくは馬車に乗っている。造船村に向かって。
。。。船の方が早いのにな。
ぼくが進行方向に背を向けた真ん中で、右に父上、左にコバックス侯爵。
正面にディーシャ、ディーシャの両隣にはディーシャの父のアレックス・ナーバダ公爵とニールさん。
母上方、女性陣が街に残って造船村には行かないので、ディーシャが来るとは思わなかった。
お茶会より造船、だそうだ。
馬車は内側の幅で2m以上あるので、3人横並びは余裕で座れている。
ぼくらの前、先頭には護衛隊長たちが乗った馬車で、
ぼくらの後ろにはそれぞれの従者が乗った馬車と物資輸送の幌馬車、間には護衛隊員が乗った幌馬車を2台はさんで、更にまわりには護衛隊員が乗った馬がちらほら、な大所帯だ。
「やっぱりタツミ製の馬車は最高の乗り心地ですよ。
わたしは諸外国の、王家の賓客用の馬車にのりましたがモノが違いますね」
ニールさんが手放しで絶賛してくれた。
「ありがとうございます。長年、改良を重ねておりますが、数年前に比べて1ランク上がったのはナーグドラ王国のおかげでもあるのですよ。何かわかりますか?」
父上の問いかけに、アレックス様とニールさんは「はて」と考え出したけど、間のディーシャはニヤニヤしている。それを見た父上が尋ねた。
「ディーシャさんはわかっているようですね」
「はい、ゴムですよね?乗る前にこっそり触ってました」
ディーシャが答えるとニールさんが声をあげた。
「わが国でも研究していますが硬さと耐久性のバランスが取れんのですよ。」
「この馬車のゴムは1年前に取り付けたもの、後ろの従者の皆さんが乗った馬車は半年前、うちの従者が乗った馬車は未装着です。宜しければ、途中の休憩で乗り換えてみますか?」
見た目は熊でいかにも武闘派な父上は交渉上手なんだよな。馬車か、ゴム製品も売るつもりかな。
「アレックス殿、乗り換えましょう!」
ニールさん、ノリノリだな。アレックス様は少し引きぎみに頷いてる。
休憩中、お客様たちと離れた場所にいる父上にこっそり近づいてさっき考えたことを聞いてみた。
「ベルンハルト、馬車は3台進呈するつもりだ、あげるんだよ。
料金は船代に乗せる。
渡した馬車を少しくらい研究されても追いつかれない自信があるぞ。
ゴムよりも全体の剛性、板バネ、シートのスプリング、車輪のベアリング、
うちの馬車はオリジナルの技術がつまっているから乗り心地は雲泥の差だ。
我らがエイバラーン王には最新型をそのまま1台進呈したが、
ナーグドラ王国への3台は、シートのスプリングと車輪のベアリングを抜いて渡す。
この2つは応用が効くから見せたくない。分解しないと見えないしな。
それでも乗り心地は充分跳ね上がる。
その代わり、ゴムの原料をもっと多く安くしてくれるよう頼む。
製品を優先的に輸出する条件で。どうだ、わかるか。」
短時間でぼくがわかりそうな、わからなくても考えるべき内容を教えてくれた。
たぶん、恩を売りつつ切り札は隠して条件を良くする、ってことかな。
「わかることとわからないこと、聞きたいこととかいろいろあるから夜に時間を空けて。」
「わかった。造船村にはフィリップも居るから、夜に3人で話そう」
フィリップ兄上は、造船村の小学校に通う11才。
11才で、すでに「ミニ父上」と言える完成度なので、兄上は次の次の領主にほぼ確定。
ぼくを担ごうとするバカ者が現れることは無い。
そろそろ休憩も終わり、お客様と馬車に向かっていると前方が騒がしくなった。
何事かとみていると、護衛隊員に混ざっていたデカーンが軽いジョギングっぽく、慌てることなく近づいて来て父上の前で片膝をついて報告を始めた。
「野盗です。目視で8人。8人の生け捕りは完了しました。」
父上は、デカーンに「よし!」と言ってから、ぼくに向かって「わかるか」とだけ聞いてきた。
ぼくは感知の魔力を散らす。
「前方の道路に敵意が8つ、止まっています。敵意の横、法面の10mくらい上に人か動物の微かな反応があります」
ぼくの言葉を聞いてから父上が続いた。
「デカーンは守備隊長に以下を伝令。野盗はサカナ村の守備隊詰所に一次移送。サカナ村には早馬で移送と警戒を伝達。造船村とベサイブにも早馬。コバックス侯爵、この場を頼みます。ベルンハルト、ついてこい」
一気に指示を出す父上が頼もしいが、初代領主がこの先の漁村をまんま「サカナ村」なんて命名したから、なんか閉まらないよ。