#5 魔法と魔術と魔道具
「魔法はステファニア様から教わっているのでしょう?」
うん、ディーシャにはそう言った。
「3年前からね。兄上の練習を見ていたからすぐに使えた。火も、水も、風も。
でも、1年がんばって何も変わらなかったんだ。
兄上は半年で安定した火を出せて、1年で火の大きさを変えられるようになったのを見ていたから
ぼくが出来ないのが悔しくて。
毎朝、早起きして練習したのに。
そんなぼくの早朝練習にずっとついていてくれたデカーンが、ある日
『今朝は散歩にいきましょう』
って、提案してくれたんだ。
朝の街に出てみたら、さっきディーシャが言ってたとおり違う街だった。
不思議だけど楽しくて、落ち込んだ気分が少しずつ晴れた。
そうしてしばらく歩いていたら、前から風が吹いてきた。
でもその風が、突風でもそよ風でもない、壁のような空気が近づいてきた感じだった。
その『空気の壁』の向こうから人が歩いてきたから、あの人が魔法でなにかしているのかな?
と思って
『おじさん、何してるの?』
って聞いたら
『掃除』
って。足元をみたら空気の壁でゴミが集まってた。
『すごい!。風魔法ですか?ぼくにもできますか?』
『んー、風魔法と空間魔法を混ぜたものだね。きみにはまだ難しいと思うよ』
って。ちゃんと難しい魔法だって説明してくれたのに、ぼくはやり方だけでも教えてもらえませんかって頼んだんだ。その時のおじさんがレオニードさん。」
一気に話して疲れた。
ディーシャとユニカさんが驚いている。聞くと、ぼくがこんなに長く一人で話すのを聞いたのがはじめてでびっくりしたんだそうだ。確かにぼくは喋るより相づちが多いけどね。
「ベルは魔法の話だけ長いな」
レオニードさんがニヤリとしながら僕を見た。
「でも、さっきはほうきと塵取りを使って掃除してましたよね」
ユニカさんが疑問を投げると
「また別のひとに教えて欲しいなんて言われたら面倒だから、ゴミが多くなければ道具で済ませることにしたんだ。」
と、レオニードさんはぼくがめんどくさいヤツみたいに言う。
「それで?その魔法は覚えたの?」
あ、ディーシャの目がキラってる。
レオニードさんを見ると
「そのコップならいけるだろ?」
と言ってきたので、見せてもいいってことだね。
コップをゆっくりと10cmくらい横にずらす。
「わあ!はじめて見た!ユニカはこの魔法、知ってた!?」
「わたしもはじめて見ました。王家の従者にひとりだけ使える人がいるとは聞いたことがありましたが」
今度の2人の驚きは、ちょっと嬉しい。
「2人とも、レオニードさんとぼくがこの魔法を使うことは秘密にしてね」
「うん、わかった。ユニカもいいよね?」
「もちろん、誰にもしゃべりません」
よかった。特殊な魔法を使えると目立つから、それは避けたかった。
ぼくは貴族だけど跡取りではないから、あまり目立つと王都のいろいろな研究所あたりから「教えろ」とか「研究させろ」とか、つきまとわれると面倒くさいんだよね。
まだなぜかはよくわからないけど、跡取りや現領主だと「忙しい」の一言で躱せるらしい。
「わたしにもできるかな?」
「ディーシャは風魔法が苦手でしょ?その練習からかな」
言いながらレオニードさんを見るとうなずいているので教えてもいいみたいだ。
風魔法の不得手なディーシャがやる気になったみたい。
「魔法はわたしも練習してるけど、魔術は難しくて魔道具士とか一部のひとにしか扱えないものだと思ってました」
ディーシャの問いかけにレオニードさんが答えてくれた。
「そうですね。
貴族に限らずほとんどの人が魔法を使えます。
個々人により使える魔法の規模や種類が違います。
種類も、風や水、火と言った属性とよばれるものがあり、その中でも小さな種火しかだせなかったり、逆に大きな火のみだったり、大小さまざまな大きさを自在に調整できる人もいます。
魔法は、使えるひとが使いたいそのときに使うものですが、
魔術は、魔法を出現させる魔法陣を構築、作り出して、その魔法陣を定着、物に書き出すことで 魔道具を作り
誰でも便利な魔法の機能を使えるようにするものです。
魔法を出現させるその瞬間には魔法陣が発動していますが、
これが見えて覚えられるひとが少ないのです。
見えて、覚えられて、物に書き込むことが出来れば魔道具士になれます。
って、今のは13才以上の中学校で習う内容なんですよ。」
そう言ってレオニードさんは、ぼく並みに話が長いとでも思ったのか、少し自嘲気味に笑った。
「ディーシャ様、まずは初歩の魔法を苦手なく安定的に使えるようになるところからですね」
ユニカさんの指摘にディーシャは苦笑い。
それから魔法から離れた話をしてから、長居しすぎたので帰ることに。
「レオニードさん、ジュースごちそうさまでした。また来ます」
「レオニードさん、いろいろと教えてくれてありがとうございました。わたしもまた来たいです」
ぼくとディーシャが挨拶すると、レオニードさんは「またどうぞ」と送り出してくれた。
「レオニードさんは、これから寝るんだよ」
ディーシャが驚いていたので、「ひとの働き方」について話しながら屋敷に向かった。