#43 ボーリックとガスティン
囚人に絡まれた経験なんて、「生まれて初めて」どころか「記憶にございません」だな。
「とりあえず逃げるかな」
関わったらろくな事がないと思われるので立ち上がって歩き出そうとすると
「ちょ、ちょっと待ってくれ!坊主、いや、ぼっちゃん!」
小僧から坊主、坊ちゃんに変化したけど呼ばれ方が変わったところで警戒心は変わらないよ。
と、おっちゃん二人を見たらいつの間にか近づいて来てる。
しばらく近づいて来ているのがわからなかった。
向かって右のおっちゃんが腰を落としてヒゲダンスのような体勢だけど頭が上下していなくて、左のおっちゃんは歩幅短く小刻みな早歩きでそっちも頭が動いていなかったから。ヒゲダンスは前世の動画で見て、強く記憶に残っている。他に覚えておくべき有益な知識はたくさんあったはずなのに。なぜだ。
更によく見ると、『右』がヒゲダンスポーズっぽかったのは両手に鉄球を掴んでいたからだった。
右手には『左』の左足についた足枷からのびたチェーンに繋がっているソフトボール大の鉄球を持ち、左手には自分の左足に繋がったバレーボール大の鉄球が。どちらも鷲掴みだ。
あれで逃げてきたのかな、すごいな。
感心していたらあと20メートルくらいまでに近づかれていたので
「ストップ!ストップ!」
と呼びかけたら止まった。おっちゃんたち、素直だ。
「脅かせてしまったか、すまんな」
さっきから喋っているのは『右』だけだ。
伸長は2メートルくらいでややマッチョ。40才くらい、オールバックの髪も口を覆う髭も銀色で、服装が違っていたらイケオジな雰囲気だ。変わらず右が話しかけて来る。
「この広場をぬけた先に工場があるらしいが知ってるか?」
「うん、あるよ」
通称は『工場』だけど正式名称は『ルボロ研究所』。
ゴムとかパッキンとかタイヤとか、弾性のあるものを研究している。
そう、タイヤ。
馬車や荷車など、この世界の車輪は木製が多い。金属製の車輪は高価であまり一般に出回っていないし、木製でも作成時に職人が上手いこと魔力を込められると前世での「鉄チンホイール」くらいの強度だったりする。なので前世と比べると、通信とか流通は圧倒的に劣っているけど一部の技術ではこちらのほうがオーバースペックだったりするのだ。
で、タイヤ。
重量が軽くクッション性が増す『空気入り』はホイールの精度や品質の問題で試作品を『工場』等で試しているが、『総ゴム製』は数年前から領内で出回っていて貴族の馬車だけでなくこの村の荷車にもついてたりする。
そんな重要施設なので、よそ者がいろいろ知ってるのは普通じゃない。
元から怪しかった2人組への警戒心は自然と上がるが下手に隠してもややこしくなりそうだし。むしろ工場には衛兵とか力自慢が多くいるから連れて行けば捕まえてもらえて丁度いい。
「西と北に広い道があるけど、どっちに行けばいいんだい?」
はじめて左がしゃべった。
さっきまで両手を膝について肩で息をしていたから、やっと声が出せたのかな。背は180センチくらいあるけどヒョロっとして体力が無さそうだ。表情も疲れ切った感じでとても辛そう。
「ああ、知らない人に教えちゃいけないって言われてるかな。
僕はブスタ村のボーリック。工場で働いている妹のジュリアに会いたいんだ。」
むむむ。困った。
衛兵に引き渡す一択だったのに。もし本当だったら、を考えて行動しよう。
「あっちだよ、先に行くからついてきて。横道に入らなければ大通りを道なりだけど途中で疲れたら石造りの避難小屋で休めるよ。」
途中にそれぞれ10人ずつくらい入れる避難小屋がある。魔獣対策でそこそこ頑丈。工場の入り口には衛兵が居るから見つかりたくないのなら2人はそこで待つだろ。俺はとっとと先行してジュリアさんに相談しよう。
置いていた水筒2つをたすき掛けにしてゴーグルを手に歩き出すと、木の裏で休んでいたウォックがのっそりとついて来た。とりあえず出発。
「うわっ!? びっくりした。きみん家のグリーンウルフかい?」
「うん、家の。ちゃんと首輪にプレートもついてるよ。」
ウォック、気配を消してたからな。天木もデカイから樹幹にウォックがすっぽりと隠れてしまっていた。ボーリックは驚いたけど隣のブスタ村出身ならグリーンウルフに慣れてるだろう。
「ほぅ、これがグリーンウルフか。初めて見たがキレイな毛色だな。」
「ありがとう」
褒められたので礼を言う。
「ガスティンさん、タツミ領では家飼いのグリーンウルフは村ぐるみで躾られる上に試験があるんですよ。そのグリーンウルフの首輪についてるゴールドプレートは領外にも連れ出せる最上級です。ランクによってプレートの色が違うんですが、領内はオーケーとか村から出してはダメとか。一番低いのはチェーンで繋いで自宅の敷地から出してはダメですね。」
「そうか、ではそのグリーンウルフは賢いのだな。」
ボーリックの説明に銀髪マッッチョが感心して褒めると、ウォックの右耳の先がくりっと円を描いた。『賢い』ワードに反応したようだ。流石にしっぽまで振らなかったが嬉しいらしい。ウォックが褒められると俺も気分が良い。俺とウォックはスキップの一歩手前くらいの、少し跳ねるような歩き方に変わっていた。単純な俺たち。
銀髪マッッチョはガスティンって言うのか。こっちは領外の人っぽいな。
さっきと同じようにガスティンはヒゲダンスポーズで、ボーリックは小刻みな歩幅の早歩きでついて来る。ちゃんと20メートルくらいの間隔を保っていて律儀なオヤジたちだ。ウォックは俺の左側を俺に合わせてゆっくりと歩いていて、この二人に対して警戒した素振りは無い。こいつが普段と変わらなければひとまず安心。
春の午後、柔らかな日差しの中、3人と1頭は整備された森の道を進む。
工場に向かう時はいつもウォックと競争するように走って行くので、今日のようにのんびり歩いて行くのもたまにはいいもんだ。馬車がすれ違えるように道幅は10メートルくらいある。夏までは熊や猪などはここまで降りて来ない。ときどき鹿を見るくらいなのでマイナスイオンたっぷりのハイキングコースのようだ。
見上げれば青い空に白い雲。トンビがくるりと輪を書いた。
後をついてくるヒゲダンスおやじたちとは30メートルくらいの距離。ちょっと離れすぎたかな?と思っていたらウォックが立ち止まって前を見てる。
「何か近くにいる?」
左を向いて話しかけると、今度はウォックが上を見た。つられて上を向くと、さっきのトンビがこっちに降りてきてる、って、トンビじゃないな、ここでははじめて見たから気づかなかった。
「飛竜が来る!脇に避けて!」
後ろのおっちゃん2人に急いで声を掛けた。さっき上空に見た飛行体がぐんぐんと大きくなる。飛竜だ、間違いない。急降下でこちらに向かって来てる。
飛竜はこのあたりには普段いない。実際、ここで生まれてはじめて見たけどはぐれ者は時々いるらしい、とは聞いていた。自然の飛竜は群れで動くし人とあまり関わらないが、『はぐれ』は遊びたくて人に絡んでくるとか。もっと大きなのも居るが、成獣でだいたい3メートルくらいの体高がある飛竜に絡まれたら、向こうは遊んでいるつもりでも今の俺とか簡単に終わりそうだよ。
俺とウォックが道路脇の木に隠れながら見ると、おっちゃん2人も少し遅れて木の陰に隠れた。ほぼ同時に俺たちとおっちゃん2人の中間あたり、地面から5~6メートルの高さでホバリングするように少し止まってから飛竜が降りてきた。こちらに向いた飛竜の背を見ると鞍と籠がついていて人が乗ってる。
『はぐれ』じゃないじゃん!
でも公式に飛竜と共存しているのは、このエイバラーン王国では北のシャムーコリ州だけなのは200年前と変わってないはず。
とか考えてると、工場方面から多くの馬の蹄の音が聞こえてきた。
どうなってんだ?これ。




