#36 立食パーティー
キーストラの街から帰ってきて数日。
その間、ぼくはいつものように朝の散歩をして、せっかくナーグドラ王国のみなさんがいるのだからと互いの国の事をみんなで話したりした。もちろん、それまでも話してはいたらしいけど、子どもにわかるような簡単なことを話題にすると、学校の制度が違ったり、向こうはずっと暑いから冬支度の話に興味を持って「良質な薪や炭があれば取引できる」なんて話になったり。
三日目に交易船団主力艦の副艦長エドワードさんが打ち合わせに来てその話を聞くと
「失礼ながら、商人や船乗りはそういう話は交易が始まった頃からしていますが上に上がっていないのですね。互いに領事館を置いて常時調整することをお考えください。」
なんて進言していた。なんだかぼくには父上たちがあえて細かい調整を先送りにしていたように見えたんだよな。仕事が増えないように。むしろお互いの文官を常駐させた方が父上たちの仕事は減ると思うんだけどな。なんて考えを、家族だけの夜のラウンジで話したらお爺さまが笑い出した。
「いいぞ、ベルンハルト。考えて気になったことをここで話すのは良いことだ。実はな、以前から王命で領事館を設置する形を取るよう王に進言していたんだがな、北部貴族の王の側近で声高に反対する者がいて遅れていたんだ。『領事館を設置するなら、王都に近いカデーロ州の港町にしろ』とな。
だがカデーロ公爵、お前の叔父は『カデーロ州での領事館設置はタツミ領に置いてから考える』と公言している。王命が下るのも時間の問題だ。
領事館はまだでも、今回向こうの文官2名が残るし、ナーバダ公爵家をお送りする船にはあちらに残る文官も乗る。少しずつ進んでいるんだ。もどかしいが、これが一番面倒が少ない。」
現カデーロ公爵は、ステファニア母上の兄でぼくの叔父だ。叔父は妹である母上が大好きで、その流れか母上に似ているぼくと妹のマリサをとても可愛がってくれている、らしい。
『らしい』なのは、まだ2回しか会ってないから良くわからないんだよね。しかも1回は、ぼくが赤ちゃんの時だから記憶にないし。
こういうことも理解していかないとダメなのかなぁ。ダメなんだろうなぁ。気が滅入るよ。魔法の事だけ考えてたら楽しいんだけどなぁ。
考えないようにしていたけど、こんな気分になると来て欲しくない日が迫ってるのも考えちゃうな。
文官のみなさんが作成した書類の確認も終わって、ついにその日が来てしまった。
夕食会が始まった。最後の夜だ。
立食パーティーで、交渉に参加していた文官や護衛、メイドまでゲストとして参加している。さすがに護衛はお酒を飲んでいないけど、いつもよりは寛いでいるみたいだ。
アレックス様が登壇した。
「今日は最後の夜だ。皆の尽力でこの日を迎えられた。これからはエイバラーン王国とナーグドラ王国、そしてタツミ家とナーバダ家の結びつきはより強くなる。それを更に推し進めるため、文官2名と我が娘、ディーシャはタツミ領にしばし残るのだ。
この場を用意してくれたタツミ家と、この交渉にかかわる全ての者に、乾杯!」
乾杯!と参加者も唱和した。
ん?ディーシャが残るって言った?なんで?帰らなくていいの?まだ一緒にいられるの?どういうこと?
固まっているぼくにディーシャとプリヤさんが近づいて来た。
「もうしばらく娘を宜しくね、ベルンハルトくん。
。。。ベルンハルトくん?聞こえてる?もしかして知らなかった?」
知らなかったよ!誰も教えてくれないんだから。そう思っていると、妹のマリサがディーシャに抱き着いた。
「ディーシャ、もっと一緒に遊べるね。明日は何する?」
へ?マリサも知ってたの?どっち?
すると母上が、ぼくにかわいそうな子を見る目を向けてきた。
「言ってなかったかしら。でもキーストラの街からの帰りにナーバダ家の馬車に乗ったから聞いていたものと思って言ってなかったかもしれないわ。」
母上、雑。ホウ・レン・ソウはしようよ。
「ステファニア様、そう言えばベルンハルトくんの日常の話で盛り上がって、ディーシャが残ることを伝えていませんでしたわ。ほほほほほ。」
プリヤさんも雑。
いや、今のプリヤさんは棒読みだったな。
「まさかとは思いますが、ぼくだけに秘密にして、みんなで楽しんでましたね?」
母上、『バレた?』って顔で片目をつぶって舌を出すのはやめてください。いい年してテヘペロはダメです。言ったら怒られそうで声には出さないけど。
少し冷静に成って来たので下を向いて「みんなでぼくをからかって楽しんでいたんですね。」って言ってみた。するとディーシャが慌てて
「ごめんね、隠してて。驚いた顔が見たかったのよ。怒らないで。」
って言ってきたので顔を上げて笑顔で「怒ってないよ」と言ってみた。
ディーシャは困ったような顔をしたけど、すぐに笑顔になった。この笑顔が見れれば幸せになれるぼくは単純な人間だ。単純、最高!。
「ねえ、なにか食べようよ。」
マリサがぼくとディーシャの手を取って引っ張るので、3人で前菜が並んでいるワゴンに向かった。




