懐かしい顔だな
結局、俺との婚約はアリの父上、ホワント伯爵に相談した上で決める事となった。
うん、まあ、断ってくれても全然大丈夫だよ。違う案、幾つか考えておきますね。
カフェを出た俺達は、令嬢二人が行こうとしていた雑貨屋に立ち寄る。あんな話を聞いた後、二人だけで行かせるわけにはいかないからね。
妖精はアリと同調しているのか雑貨屋に近付くにつれ、はしゃぐアリと一緒に肩に乗っている光も強くなっている。
なんとなく楽しそうだなぁと感じてしまう。
雑貨屋に入るとそこは可愛い小物が所狭しと並んでいるが、奥には男性用と思われる雑貨も幾つか用意されている。
女性から男性にプレゼント出来る物らしい。
俺はブライアンと共にそちらに向かい、令嬢二人とは離れた。じっくり買い物を楽しんでくれたらいい。俺達の事は気にしなくていいからね。
笑顔の女性店員の後ろから老紳士が現れた。この雑貨屋の店主かな?
「男性方はお暇でしょう。宜しければこちらでお茶などお出しいたしましょうか?」
老紳士はそう言って、少し奥の方にある小さな机と椅子に手を差し伸べた。
ここでは他国の茶葉も売っているらしく、軽く試飲が出来るように椅子を用意しているようだ。
俺はジッとその紳士の顔を見る。シルバーグレーの長髪を後ろで一本に束ね、モノクルを付けたその顔は以前どこかで……。
「あ、コスター商会の会長だ。へえ~、ここもコスター商会の店なの?」
「え、私をご存知なのですか? あの、お坊ちゃまは?」
「ああ、気にしなくていいよ。そうか、道理で趣味が良いと思った。落ち着く店構えだし。ああ、お茶だったね。ありがとう、いただくよ」
そう言って椅子に座ると目線が近くなったからか、ジッと俺の顔を見つめていた老紳士は「あっ」と言って、頭を下げた。
「ユマノヴァ殿下、ユマ様! ああ、なんて立派になられて、爺の事を覚えていてくださったのですか?
幼少の頃に数回城に通わせていただいただけですのに」
老紳士は、俺が三歳頃に城に出入りしていた商会の会長だった。その頃はまだ元気いっぱいに動きまわっていたが、足を悪くしたと聞いて以来、城にはパッタリ姿を見せなくなった。
噂では商会仲間に闇討ちされたとかなんとか……まあ、そこは深く探らないでおこう。
ただ俺はなんとなく、今の出入りしている商会では買い物をする事が減った。
ゴテゴテしいだけの品物は、趣味が合わないのだ。
俺は老紳士の皺だらけの顔を見ながら昔を思い出す。
偉そうな男達が多い国で、物腰の柔らかい彼に会うのは割と好きだった。王族とはいえチビの俺に頭を押さえつけるように撫でる男達の中で、彼は恭しく手を握って品物を見せてくれた。
俺がしつこく質問しても嫌な顔一つせず、丁寧に時間をかけて詳しく説明してくれた。
俺の意図的な物腰の柔らかさは、その時の彼を真似している事が多い。
俺は改めて彼に笑顔で話しかける。
「はは、もちろんだ。幼い俺に良くしてくれた。あの時に薦めてくれたオルゴールは今も持っているよ」
「なんと。誠に光栄でございます。不具合などはございませんか? いつでもお申し付けくだされば見させていただきます」
「うん、ありがとう。じゃあ近いうちに頼もうかな?」
「私はコスター商会を引退して、息子に引き継ぎました。ここは娘の店なのですが、昔を思い出してここで店番などをさせていただいております。私はこちらにおりますが、都合のよい日時をお申し頂けましたら息子を城に行かせます」
「いや、会長に会いたいからこちらに来よう。城に籠っているのは苦手なんだ」
俺のその言葉に、老紳士は笑顔を浮かべる。
「爺とお呼びください、ユマ様。ああ、こんな爺に会いに来てくださるなんて、相変わらずユマ様はお優しい」
感極まってグスッと涙を拭く老紳士。俺は慌てて話を逸らそうと違う話題を考える。
「はは、先日それで振られたよ」
「ああ、元婚約者様の……。爺は知っておりますよ。あんな噂、ユマ様を知っておる者は誰も信じてなどいません。ユマ様はお優し過ぎます」
涙を引っ込める事には成功したが、今度は怒りをかってしまったようだ。フンッと鼻息を荒くする老紳士に笑いが零れる。
「失礼いたします。私はユマ様の側近のブライアン・アニソンと申します。もっと言ってやってください。ユマ様はご自分をお下げになられるばかりで、見ているこちらがヤキモキ致します。今回の事だって、ご自分で買って出られたところもあるのですよ」
ブライアンがここぞとばかりに俺達の話題に入って来た。我が意を得たりと嬉しいのだろうな。
老紳士はそんな俺達を見比べながら、俺の爺ちゃんのように説教を始める。なんだかくすぐったい。
「いけませんなあ、ユマ様。側近を困らせるなど。このように忠義のある者にこそお優しくされるべきですぞ。おや、ブライアン様と……ああ、ユマ様の乳兄弟であらせられるブライアン様ですか。ユマ様から伺っておりますよ。とても優秀でお優しいお方だと。ユマ様は親友で大好きだとおっしゃっておられました」
ニコニコと暴露する爺ちゃんに、俺はガタッと椅子から落ちそうになる。
「いつの時代の話だよ。こんなこんな小さい、三歳のガキの頃の話だろ」
「はいはい」
俺は慌てて、手で自分の足の膝辺りを指し示す。
そんな俺に老紳士は笑顔を絶やさず、ブライアンは感動している。顔は無表情なのだが、ブルブルと体が小刻みに揺れているのだ。
う~ん、やはり昔を知っている人間に会うのは、黒歴史を彷彿とさせるものだ。特にお年寄りは昔話が大好きだ。
俺達が話に盛り上がっていると、欲しい物が決まったのかアリとシフォンヌ嬢が老紳士の娘と一緒に会計にやって来た。アリとシフォンヌ嬢の相手をしていてくれたようだ。
老紳士が娘に軽く囁く。多分粗相がないようにと俺の身元を話したのだろう。娘(三十代位かな?)は笑顔のまま何も言わず、頭を下げ奥に引っ込んだ。流石老紳士の娘。商売人なら王子に近寄ろうと媚びを売りまくるだろうに、お忍びで尚且つ老紳士から指示があったのか、俺がそういうのが苦手だと察知したのか俺への対応は老紳士に任せるように身を引いた。
店内には、老紳士と俺達だけになる。
俺はアリに近付き、何を買ったのかとたずねる。
「これ。一見猫の置物のようなんだけれど、実はインク壺なの。体半分が開くようになっていて、ほらここに。インクの瓶ごと入るようになってるの。猫の尻尾の所はペンがさせるようになっていて、とっても可愛いのよ」
「いいね。じゃあ俺も買おうかな。猫以外にもある?」
「ありました。同じ場所に犬がいました。どちらにしようか悩んだほどに、あちらも可愛いです。見てみますか?」
そう言って俺を誘導してくれるアリについて行く。
「またユマ様は、女子供が喜びそうな物に興味を惹かれる。だから女々しいなどと、無礼な言葉を吐く者がいるのですよ」
俺の後ろをピッタリと付いてくるブライアンに、溜息交じりに小言を言われる。
「言わせておけよ。男も女も関係ない。良い物は良いし、人気のある物は見ておきたい。可愛いは正義だという言葉を知らないのか?」
「知りませんよ。なんですか、それ?」
とうとう呆れたブライアンに、後ろからついて来ていた老紳士がポンポンと背を叩く。
「知っていますか? ユマ様はあんな事を言いつつ、実は勉強をしているのです。どういった物が人々の興味を引くのか、どこの国で作られた物か、材質はなんなのか、どのような技術で出来ているのか。三歳の頃のユマ様に根掘り葉掘り聞かれた記憶は忘れもしません。本当にご聡明でいらっしゃる。今でも続けておられるのなら、ユマ様の知識はいかほどかと、爺は脱帽いたします」
「え?」
「会長、余計な事は言わない」
「フフフ、ユマ様は本当に照れ屋でいらっしゃる」
あ~あ、老紳士こと会長は、全部暴露する勢いだ。もうそれ以上、言わないで。
「ユマ様がご聡明なのは存じていましたが、それほどとは……」
「はい、ブライアン。そこで感動しない。これは俺がいずれ王族を辞めた時に必要になる知識だから、今の俺の地位とは関係ない」
「また、そんな……」
ブライアンが肩をすくめる。
「おやおや。ユマ様はまだそんな事をおっしゃっているのですか。うかうかしているとコスター商会もユマ様にくわれてしまいますな」
フォッフォッフォッと笑う会長に、俺は「相変わらず楽しそうだね」と言うと「才気ある若者は爺の大好物ですので」と言われた。
「なるほど。じゃあ会長の最近のお薦めは?」
「そうですなあ……これなんかは、面白い仕掛けがなされてますよ」
「わあ、面白そう」
俺とアリは、会長の持ってくる物を興味深く見つめる。
ワイワイと盛り上がる俺達を眺めるブライアンとシフォンヌ嬢。
「ユマ様も変わっておられますが、アリテリア様も負けてはおりませんね」
「ええ、目が離せません」
「同感です」
二人はクスリと笑い合っている。益々意気投合しているみたいで何よりだ。




