婚約破棄して婚約するの?
俺の発言に、三人が固まった。
ん? 何、その反応?
「えっと、そんなに嫌?」
コテンと首を傾げると、アリが慌てて両手を前に出して横に振る。
「あ、いいえ、いいえ。嫌とかじゃなくて、ユマ様は第二王子様ですもの。婚約者がもういらっしゃるはずでは?」
「ああ、この度めでたく解消しました」
「「え?」」
あっさりと否定すると、二人はキョトンとした顔をする。自分達の情報とは違うという感じかな。そうだね、つい先日まではちゃんといたんだからね。デビュタントでも彼女をエスコートして話題にはなっていただろう。
う~ん、これはどこまで説明すべきかな? 世間に噂されている通りに話すか、それとも本当の事を話すべきか……。
前者はそのまま呆れるだろうし、後者は全身でドン引くだろうな。
どちらにしろ、俺という存在は勘違いされ、アリの顔には軽蔑の表情が現れるのだろうか? あ、ちょっと傷付く。
笑顔のまま、内心どうしようかと考えていると、ブライアンがスッと椅子を前に引き、体を二人に寄せる。
「ユマ様は先日婚約破棄なされました。それについて世間では色々な噂が流れていますが、真実は全く真逆とだけお伝えしておきます。相手もいらっしゃる事なので今は詳しく説明出来ませんが、その内必ずお話しいたします。ユマ様はこの通りのお方だから、世間では勘違いもされやすいのですが、有言実行のお方。先程悪いようにはしないとお約束されました。どうかその言葉を信じてはいただけないでしょうか」
そう言って頭を下げた。
いや、ブライアン。言葉は嬉しいがそんなに深刻にならなくても……俺はただ、その方が何かと問題はないかと考えただけなんだが……。二人もブライアンに頭まで下げられて困惑している。頭を上げてくれと必死で訴えている。
「あ~、一応俺と婚約すると良い点を言うとだね、まず年齢があう。そして一国の王子相手にジュメルバ卿も、横槍を入れるのは難しい。王子の婚約者なので堂々と護衛を付けられるから、誘拐される心配もない。全てを知っているので、魔法を使える場所を極秘で提供してあげられる。そしてこれが一番大事。嫌になったらいつでも婚約解消が出来る」
どう? と一つずつ指折り数えて説明すると、少女二人は絶句していた。
あれ? 何か間違ったかな?
「駄目か。じゃあ、違う手を考えるかな」
俺が頭をカシカシ掻くと、アリがブンブンと頭を振る。目、回らない?
「ち、違います。駄目なんかじゃなくて、すごくいい案だと思います。確かにユマ様が相手なら流石のジュメルバ卿も何も言えないと思いますし、魔法を使える場所を提供してくれるなんて、すごく有難いです。だけど……」
「ああ、悪い点も言わないと駄目だよね。そうだね、俺は婚約を解消したばかりだから、すぐに新たな婚約となると、いらぬ噂をされてしまう可能性がある。それに普段から俺を煩わしく思っている連中からは、厳しい対応をされる場合も考えておいてほしい。出来るだけ守りはするけれど、王都は広い。俺の目が届かない範囲の陰口はどうしようもない。それが君の耳に入り、嫌な思いをしてしまうかもしれない。良い点と比べてどちらかいいかは、アリの気持ち次第になるし……なんだか、説明していて申し訳なくなってきた。やっぱり他の方法を考えるか……」
俺が良い点だけを言うのはフェアじゃないと、悪い点もあげてみたのだが、なんだか自分で言っていて泣けてくる。
俺の婚約者になる人は、相手が王子なのに陰口をたたかれる前提でならないといけないものらしい。気の毒だ。
違う方法を考え出した俺に向かって、アリが必死に声をかける。
「ねえ、待って、待って。分かった。良い点と悪い点は分かったから、一つ質問させて」
すっかりタメ口のアリに、つい微笑んでしまう。
「うん? なあに?」
「……嫌になったらいつでも婚約解消が出来るって、何?」
ジト目で睨んでくるアリ。横でシフォンヌ嬢も眉間に皺を寄せている。二人共可愛い顔が台無しだよ。
俺は二人がどうしてそんな表情をしているのか分からなくて、首をコテンと傾げてしまう。
「言葉通りの意味だけど?」
「それが分からないから聞いているの。婚約ってそんなに簡単に結んだり破棄したり出来るものなの?」
ああ、そういう事か。まあ、婚約なんて所詮書類上のものなんだけれど、両家が納得出来たら今回みたいに大丈夫だろう。
アリの父上には俺は隠れ蓑だと話しておけば、そこは問題ない。あとは国王である父上だけれど、何か手土産を考えれば……うん、大丈夫かな。理由は今回同様、俺がだらしないという形なら、世間は納得し、誰も傷付かない。
「普通は難しいだろうね。けれど相手は俺だからね。結構問題なく出来るんじゃないかな?」
「貴方でも出来るはずないでしょう。今回は事が事だけに、特別だったんです」
俺とアリの話に、ブライアンが横から口を出す。
なんか、怒ってる?
俺はブライアンに向き直り、問題ないない。と手を横に振る。
「それでも今回のように、俺が泥を被れば簡単じゃないかな? 世間だってああ、またか。仕方がないな。第二王子だしってなもんになるでしょ?」
「なるわけないでしょう! 貴方はご自分の価値を下げ過ぎです。自ら下げているから余計に質が悪い」
バンッと机を壊す勢いで、両手を叩きつける。怒ってる、怒ってる。まあまあ、冷静に。俺はへらっと笑って、ブライアンの肩を叩く。
「ここは城じゃなくて町のカフェ。目立ってるぞ。声はおさえろよ」
「あ」
込み入った話をするかもしれないと、予め店の一番奥の周りに会話が聞こえづらい場所を陣取っていて良かった。客もまばらで今までの会話は、ほぼ誰にも聞かれていないと思うが、流石に机を叩いた音には注目を集めた。
ブライアンはそんな店の様子に気が付いて、大人しく席に着く。
「平和主義なんだよ。どうせ王子なんていつ辞めてもいいんだし」
「辞められるもんでもないし、辞めないでくださいよ。貴方に期待している私が馬鹿みたいじゃないですか」
「馬鹿なんだよ。昔から言ってるだろ。俺なんかに期待するなって」
「私も期待したいです」
俺とブライアンのやり取りに、呆気に取られていたアリが凄く真面目な顔で俺を見つめる。
「どうしたの、急に?」
「私、ブライアン様のおっしゃっている事よく分かります。妖精の存在に驚く事なく、魔法を認め、私を利用しない上に、先程初めて会った見ず知らずの私に尽力しようとしてくれる。そんな方この国でユマ様だけですよ。ユマ様が先頭に立ってくださったら、私この国はもっといいように変わると思います」
う~わぁ~、過大評価きた~。
少年姿でも隠せない美少女のキラキラお目々、眩し過ぎる。これか、この純粋過ぎる心が妖精を虜にするのか?
二十九歳の濁り切った世の中を平気で渡ってたおっさんには、この純粋な姿は眩し過ぎて目が潰れます。
横で半目のシフォンヌ嬢がいい光避けになってくれる。
この純粋な二人に、先程から黙って聞いている冷静沈着なシフォンヌ嬢から、目が覚める一発をお願いしないと。
「あ~、そういうのは置いといて今はジュメルバ卿から逃げる方法を先に考えないとね。シフォンヌ嬢はどう思う? やっぱり何か別の案を考えた方がいいよね」
そう言ったが、シフォンヌ嬢はハア~っと溜息を吐くだけで、何も言ってくれない。
おいおい、俺の事なんかどうでもいいよ。婚約するの、しないの、どっち?




