吉と出るか凶と出るか
その場の空気がシーンと静まる。
俺の説明を聞いて、その場にいた全員が呆然とした表情になっている。ただ一人、アリだけは笑っているようだが。
「え、いや、それは……。え? ディリア嬢のお腹の子の父親……え?」
兄上がプチパニックを起こしている。そうだよな、ディリア嬢がここにいる時点で不思議には思っていただろうが、まさかそんな繋がりがあるとは誰も思わないだろう。
「え~っと、ユマノヴァ様。それって罰なんですか? 私にはご褒美にも思えますよ。だって一旦捨てた家族とまた一緒に過ごせるんでしょう? 幸せな事じゃないですか」
聖女が兄上の横から、首を傾げたまま聞いてきた。
「え、そうかな? ブライアンはどう思う?」
「ブライアン様はそんな事なさりませんよ、ユマノヴァ様」
ブライアンに男としの意見を求めたのだが、隣にいるシフォンヌ嬢に怒られた。
分かってるよ。ブライアンが君を捨てたりなんて、天地がひっくり返っても絶対にしないって。
「私は……私ならそんな事絶対にしませんが、そうなった場合かなり辛くはありますね。我が子に父親と名乗れないのは……うん、辛い」
くっと目頭を押さえるブライアン。想像して苦しむなよ。
シフォンヌ嬢がブライアンの背を擦る横で、俺は皆に振り返る。
「この罰に関しては色々な意見があるかもしれないが、ジャクエルにとって、死よりも辛い罰はこれしかないと俺は思う。誰よりも家族が欲しかったのは奴だからな」
俺の言葉にビクッと肩を揺らすジャクエル。
そう、奴は幼い頃に失くした幸せな家族を心から欲している。
ジュメルバ卿から守る為にディリア嬢と関係を持ったみたいだが、そんなのは言い訳だ。ただ単純に幼い頃の初恋の少女と、その幸せな時の家族をもう一度作りたかった。それが本心だろう。
自分の意思のないフワフワとした初恋の少女が、自分の敵の毒牙にかかろうとしていたのなら、普通にその危険を公爵にでも警告し、教会に足を運ばせなかったらいいだけの事。
それをわざわざ自分のものにした。
そんなの、気持ちがなかったら出来る事じゃない。
特にジャクエルには、復讐という最も優先すべき事がある状態で、彼女に手を出すのは問題以外の何ものでもなかったはずだ。
その行動は無意識だったのかもしれない。だが、奴にはそれだけの想いがあったはず。
そうでなければこの国の第二王子の婚約者で、公爵令嬢という手の届かない高嶺の花に触れる事など出来るはずがないのだから。
「……ユマ様、ディリア様のお気持ちは?」
アリが俺の服の裾を引っ張る。
ジャクエルの気持ちより、それを罰として巻き込まれた彼女の気持ちは大丈夫なのかとたずねてきた。ああ、こんな時でも優しいアリに、心がほわっとする。隙あらばデレデレしますが、それが何か?
「ありがとう、アリテリア様。ですが、お父様とユマノヴァ様が決めた事です。私に異論はありませんわ」
「ディリア様、もう公爵様の言いなりになる必要はないのですよ。公爵様だってディリア様が本当に嫌なら話を聞いてくれるはず」
「あ~、アリ。これはディリア嬢の照れ隠し。この案に一番に賛成し、渋る公爵を説き伏せたのはディリア嬢だから」
「「え?」」
アリとジャクエルの声がハモった。
「ユマノヴァ様、変な事おっしゃらないで。そんな言い方だと私が望んで彼を引き取るみたいではないですか」
ディリア嬢が顔を真っ赤にしながらも、俺を睨みつける。ああ、もうこの子は。不思議系の次はツンデレですか。ちょっと面倒くさい。
ジャクエルが顔を赤くしながら、まさかディリア嬢が自分をそばに置こうとするなんて信じられない。と疑惑に満ちた目を向ける。
「ディリア……嬢、あの、私は、貴方にとても酷い事をしたのですよ。それは決して許される事ではないはずです。それなのに、どうして?」
「勘違いしないで。私は貴方を許してなんていないわ。先程もユマノヴァ様がおっしゃったでしょ。これは罰なんです。貴方は一生私に償いなさい」
そう言って、フンっとそっぽを向くディリア嬢。ツンデレ路線でいくんですね、分かりました。もう何も言いません。
「まあ、いいじゃないか。そこは深く詮索しない。ていうか、そんな事彼女に仕えていくうちにおのずと分かって来るだろう。それよりも領地に着いたら、スープレー公爵に心からの詫びを入れろよ。そして誠心誠意ディリア嬢と子供に尽くせ。もしも逃げたり、仕事を放棄するような事があれば、俺が地の果てでも追いかけて鉄拳制裁を食らわせてやる」
ディリア嬢が決してジャクエルと目線を合わせようとしないので、これは二人に任せていたら日が暮れると判断した俺は、サッと判断を下す。ジャクエルからの反論は受け付けない。
「それでいいかな、アリ?」
俺はアリに視線を向ける。苦笑しながらもコクリと頷く彼女は、俺の言わんとする事を分かってくれたようだ。本当にいい子。
アリはジャクエルに向き直ると、中腰になって人差し指を立てた。
「ユマ様の罰を素直に受け入れて、しっかりと償ってくださいね。私もそれで許します」
ジャクエルはアリを見つめながら、体を震わす。
「……信じられない。どうして、皆さん、あのような酷い事をした私に温情をかけてくださるのですか?」
「俺的には温情ではないと思うが、まあ、結果的にお前の行動は、ジュメルバ卿に迷惑していた教会や俺達にも利があったわけだし、何よりディリア嬢がそれでいいと言うんだから、それでいいんじゃないか」
アリが攫われてマジでムカついたけれど、結局俺は妖精の力をもらい、その力で近辺にいる魔獣も討伐出来た。後継者問題も解決出来たし、この国の問題にも評議出来た。
何よりアリと両想いになれた事は、一番の収穫だ。
「結果よければ全て良し! 他にも反論があればこの場でどうぞ」
俺が両手を広げてなんでも聞くよ、カモ~ンと言うと、そんな俺を見て皆ポカ~ンと口を開けている。
お~い、紳士淑女の皆さん、それは駄目な顔ですって。
そんな中、一早く我に返った兄上がフーっと溜息を吐く。
「何て言うか……その考え方は、本当にユマノヴァらしいと思う。私に異論はない。もとより二人の誘拐は、シフォンヌ嬢が見つかった時点でアリテリア嬢も一緒に発見され、解決したという事にしようと思っていたんだ。町ぐるみの犯行だからね。公にしない訳にはいかない。それでも二人一緒にいたという事で一人だけとは違い、その、傷物になったとは考えにくいようになるだろう。そしてその犯罪は、ジュメルバ卿の罪に加算してやろうと思っているんだが、どうだろう?」
兄上がニッと笑いながらそんな事を言う。
確かにジュメルバ卿の罪は、数えきれないぐらいある。
何よりあの魔獣が襲撃してきた理由が、ジュメルバ卿だという事も判明した。
奴は魔獣の血を風によって漂わせ、仲間を誘き寄せたとの事だった。
少量の血で何故そこまでの魔獣が? とは皆が頭を悩ませるところだが、多分教会の塔に幽閉されていたという事が不運だったのだろう。
あの塔はあの辺りでは一番高い建物で、あの日の風もより強く吹いていた。というか、もしかしたら王都に妖精が集まってきていた所為もあるのかもしれない。
風の精が集まってより強い風が吹いていた。その為、予想以上に血の匂いは周辺に漂った。
火の妖精が言っていた。お菓子をくれる人間がいると。
その所為で妖精達が集まってきていた。という事は妖精を集めたのはもしかして、俺?
………………………………。
あはっ。
まあ、あくまでそれは仮説。元凶は血をばらまいたジュメルバ卿。
俺は関係ない、ない、ない。ないったら、ない。
そんなわけで、今更ジュメルバ卿の罪に誘拐の一つや二つが加算されたところで、奴の罰はそんなに変わらないだろう。
「いいですね、兄上。それは素晴らしい案です。ぜひとも協力致します」
「フフ、私もユマノヴァを見習って悪知恵を働かせてみたのだが、思った以上にいい案だと自負しているよ」
兄上と二人でニヤニヤ笑っていると、隣からまたもや溜息が聞こえてきた。
「聖職者の前で悪巧みをするな。まあ、私達は何も聞いてはいないけどな」
キシェリ率いる教会の三人は、耳を塞いでいる。そうだな、聞いていなければ何も問題はない。
「どうしよう、ユマノヴァ様の悪影響がレナニーノ様にまで浸透している」
「でも傷物にされたと思われるのは私も心外です。ですので私達も協力しませんか、ブライアン様」
「もちろんだ。シフォンヌが傷物なんてそんな馬鹿な事、誰にも言わせない」
ブライアンが俺達を困った顔で見つめていたが、シフォンヌ嬢にそう言われてコロッと意見を変えた。ちょろいな、ブライアン。
「やっぱり、お二人は兄弟なんですね。でも、そんな悪いお顔も素敵」
「ええ、本当に」
アリと聖女は顔を赤らめて俺達を見ている。俺達幸せ者だね、兄上。
「というわけで、お前はとっととディリア嬢に連れて行ってもらえ。そしてジャックの名前は捨てろ。いいな、ジャクエル」
「……ユマノヴァ様……」
ついに涙を零してしまったジャクエルに、ディリア嬢が立ったままハンカチを投げ捨てる。いや、そこは手渡してやれよ。優しいのか、怖いのか、最後まで本当に分からないご令嬢だ。
あのまま彼女と結婚しないで良かったと、本気で思う俺はちょっと酷いかな?
泣きながらハンカチを拾うジャクエルは、そのまま深々と頭を下げた。
「……あり、がとう……ござい、ます……」




