ジャクエルの裁き方
「やっと捕まえに来てくれたのですね」
突然目の前に現れた俺を見ても、奴は表情一つ崩さなかった。本当に面白くない。
「お前、可愛げがないと言われないか?」
「男に可愛いなどと言う者はいないでしょう。それよりも騎士や兵士達はいないのですか? ああ、王都に戻ってから正式に捕まえるのですね。確かにここまでぞろぞろと連れて来ても邪魔ですからね。では王都には、ユマノヴァ様の魔法で連れて行ってもらえるのでしょうか?」
「本当に可愛くない。ムカつくから、俺からは支えてなんかやらない。落ちない様にお前が死に物狂いで、俺にしがみつけ」
そう言って俺がカズーラ領までジャクエル・カエンを迎えに行ったのは、今から一刻程前の事だった。
アリを攫った張本人、ジャクエル・カエンと別れたのは五日前。
あの後、色々あり過ぎて疲れ切った俺は、なんと丸二日眠り込んでしまったのだ。
その間の後始末は優秀な兄上をはじめ、父王と宰相、重鎮連中が指揮を取って動いてくれたようだ。まぁ、正確には兄上が顎で王達を使っていたのだが、それは別段問題ない。
ただ俺は女性達が戻り、アリとシフォンヌ嬢を城の客間に落ち着かせると、自分も死んだように眠りこけてしまったみたいで、気が付けば二日が過ぎていた。
慌てて兄上に謝罪に行くと「疲れていたのだから無理もない。魔獣に壊された町の修繕の方を優先したから、ユマノヴァの報告はこれからだな」と笑ってくれた。
普段ならこれくらいなんでもないのに、おかしいな? 歳か? と口にすると、ブライアンからは十六歳が何を言っているんです? 妖精の力を使った反動に決まっているでしょう。と返された。
なるほど。妖精の力を一気に与えられ、また一気にその力を放出した結果、体に無理な負荷がかかったのかもしれないな。
けれどどうしてそんな事がブライアンに分かるんだ? と聞くと、どうやらブライアンが名付けた妖精に教えてもらったようだ。
俺が目覚めない事に焦ったブライアンが、慌てふためく様子をどうやら見かねたらしい。
同じように妖精の力を使いまくったアリは大丈夫だったのかと聞くと、アリは幼い頃からその力に慣れ親しんでいたので問題ないという事だった。
それにジャクエルに攫われた期間、眠り続けていた事によって心も体も充分に力が補充されていたようだ。
もしかしたら彼女が眠り続けていた事は、自己防衛だったのかもしれない。無意識に己を守る方法を取ったのだろう。
俺の愛した人は、なんとも優れた人だ。
俺は無性にアリに会いたくなって、アリのいる客間へと足を運んだ。すると俺を見た途端、アリはすぐに抱きついてきてくれた。
凄く心配したと泣きながら言う彼女に、愛しさが込みあげる。
そばにはティンもいて、何故か火の妖精とブライアンに色々と教えてくれた水の妖精もいる。
火の妖精曰く、ここが気に入ったと言うので好きにしていいよと言うと、妖精達から頬擦りされた。なんか喜んでくれているみたいだ。
そこで俺はハッと気が付いた。
俺がもらった妖精の力は、もう使い切ってしまったのだろうか? 俺はまだ、その力を使う事は出来るのか? 一応、妖精の姿はまだはっきりと見えてはいるが。
妖精達にその旨をたずねると、あの時俺に与えられた力はアリが今まで与えられ続けた分量とほぼ同量。魔獣討伐の為、ほとんどの力が放出されたが、それでも当分力を使う事は可能だという事だった。
それを聞いた俺は、一人でジャクエル・カエンを連れて来る事に決めた。
カズーラ領までぞろぞろと、人を連れて行くのも面倒くさいしね。
そして今に至る。
ジャクエル・カエンは顔を青ざめさせ、床に直接座り込んでいる。さもありなん。
ここは城にある俺の離宮。そこには兄上と聖女、キシェリとヘルディン卿とハフル卿。そしてブライアンとシフォンヌ嬢、アリと俺という面子が揃っていた。
「やっとお前にもそんな顔が出来るようになったか。よし、満足だ」
「当たり前です! 私に一切触れる事もなく空を飛ぶ貴方に、私がどれほど必死でしがみついていたと思うのですか? 何度落ちそうになった事か。本当に死ぬかと思った」
「なんだ、この面子を見て恐縮したのかと思ったのに、そんな事で顔を青ざめさせたのか。どうせいつ死んでも悔いはなかったんだろう。だったら怖がる必要ないんじゃないのか」
「いくら死ぬ覚悟があったとしても、それとこれとは別です! こんな事なら貴方など待たずに自害するんだった」
「自害なんかしてたら、俺が殺してた」
馬鹿な事を言うジャクエルに半目でそう言ったら、思いっ切り後退りされた。冗談だよ、冗談。いや、六十%は本気。だって、アリに怖い思いさせた事実はどうしたって消せないからな。
「……死んでいる人間をどうやって、また殺すんですか?」
ブライアンがハア~っと溜息を吐いて、貴方は何馬鹿な事を言っているんですかと言う顔をする。
「他国には魂をも消滅させる方法があるらしい。遺体はすり潰してミンチにし、魔獣の餌にする。な、もう一回殺せるだろう」
俺の発言にその場にいる者、皆が後退りした。あれ、怖かった?
「いくら私の為とはいえ、ユマ様がそんな残虐な事をしている姿は見たくありません」
俺の服の裾を引っ張りながら、涙目で訴えるアリ。
殺されるジャクエルはどうでもいいのかな? 俺の事だけを考えてくれるアリに身悶える。う~ん、可愛い。
「教会の人間がいる前で、よくもそんな非道徳的な事を口に出来るもんだ。流石はユマだ」
キシェリが顎に手を添え、感心したように言う。
おい、流石とはどういう事だ? 俺がそんな事平気でする人間だと思っているのか? するわけないだろう。現実には自害していないんだから。
キシェリの肩に、ヘルディン卿が窘める様に手を置く。
「キシェリ様、ユマノヴァ様のとんでも発言を褒めないでください。それよりもジャック・ダルマン。いえ、ジャクエル・カエン。貴方はウルト神様に仕える身でありながら、私怨でジュメルバ卿を失脚させるために私達に近寄り、利用したというのは本当ですか?」
教会の枢機卿らしくヘルディン卿が、教会でのジャクエルの罪を問う。
俺のとんでも発言とは如何なる事か? と首を傾げながらも、邪魔しない様に教会関係者にその場を譲る。
「異論はございません」
ジャクエルは恭しく首を垂れる。完全に罪を認めている。
「そうですか……。では貴方を除名いたします。どんな理由があろうとも、教皇様を利用したのは許せる事ではありませんから」
そう言うと、ヘルディン卿はキシェリを連れて後ろに下がる。
「……もう、いいのですか?」
「正直、私共はジュメルバ卿の罪の証拠を集めてくれたこの者に、感謝しています。この者がいなければ、いずれ教会はジュメルバ卿に乗っ取られていた事でしょう」
ですから、これ以上の罰は教会側から言い渡す事はありません。とヘルディン卿とハフル卿はこちらに向かって頭を下げる。後はお任せします。との意思表示だろう。
「では、後はこちらの問題だな。攫われた本人達の意見を尊重したいと思うんだけど、アリとシフォンヌ嬢。貴方達はこの者をどうしたい?」
俺は直接怖い思いをさせられた二人の意見を聞きたいと、二人にその場を譲る。
「もちろん、極刑です。シフォンヌを樽に押し込めるなど、許される事ではない!」
ブライアンが横から口を挟む。
私情駄々洩れのブライアンに苦笑が漏れる。
「はいはい、ブライアン。俺はお嬢様方の意見が聞きたいんであって、お前の意見は求めていない」
引っ込んでいろと後ろに引っ張る。まあ、男として大事な人が酷い目にあったのだから、その気持ちは分かるけどね。
「私はアリテリア様の意見に従います」
シフォンヌ嬢はアリに視線を送ると、頭を下げスッと身を引いた。
「え、でも、シフォンヌ。貴方は昔から狙われる事が多かったから、今回のような事も想像して震えていた事もあったじゃない。それが現実にあって、本当に怖かったと思うの。私は力があったからいざとなればって思っていたけれど、シフォンヌは……」
「私、自分よりもアリがどんな目にあっているかと想像する方が怖かったわ。力を強要され、アリが心を壊す方が怖かった。だから貴方が下す判断を、私は尊重する」
だってアリは私の主人でしょう。と笑うシフォンヌ嬢に俺は……嫉妬した。
おい、おい、おい。何その信頼? あんな極限状態においても、まだお互いを心配しているなんて、この二人の絆はどれだけ深いんだ?
シフォンヌ~っと言いながら、アリはシフォンヌ嬢に抱きついている。
「ほら、こんな所でみっともない。レナニーノ様もキシェリ様もいるのよ。しっかりして」
怒りながらも、よしよしと背を撫でる彼女にライバル心が燃え上がる。
間違いない。アリの一番はシフォンヌ嬢だ。そしてシフォンヌ嬢の一番もアリだ。
アリの一番になりたい!
俺は横にいるブライアンの肩をガシッと掴む。
「お互いに頑張ろう」
「は?」
どうやらブライアンには危機感はないようだ。そんな事では、いずれシフォンヌ嬢に愛想をつかされるぞ。と心配していると、落ち着いたアリが俺の前にやって来た。
「ユマ様、私ユマ様の意見に従います」
「え?」
「私、人を裁くとかそういうの分からないし、何より一番この人に執着され、被害を被ったのって実はユマ様じゃないですか」
「そう……なのか、な?」
「ええ」
アリは元気よく頷く。
実はアリ達の話を、俺は途中からしか知らない。目が覚めてから軽くアリから内容は聞いたのだが、詳しくは知らないのだ。俺に殺されたいとか言っていたみたいだけど、なんでそんな風に思うのか、そこらへんもよく分からなかった。
もう少し落ち着いたらあの時の会話を全部聞いてみたいと思っていたが、今はそういうの、いいか。
確かに優しいアリに、人を罰しろと言う方が酷かもしれないしな。
「では、俺からの処罰は……」




