俺って推しだったの?
ユマノヴァを取り囲んでいた女性達が二人から離れ、そのまま部屋から退出しようとしていたので、私は彼女達に近付いた。
「あ~、ユマノヴァが一方的にあのような言葉を述べて、すまなかったね」
近くで彼らのやり取りを見ていた私は、ユマノヴァの発言にギョッとした。
彼女達の愚痴を聞いてあげていたのは、とてもユマノヴァらしい優しい行動だと思う。まあ、それが女好きだと誤解されていしまっていたのだが。
けれどそれを拗ねたアリテリア嬢に、あっさりと彼女達は情報源だと言ったのだ。
いやいや、それは駄目だろう。
正直、ユマノヴァの行動には意味があると知った私からすると、確かにその通りだったのだろうと理解するが、それを本人達の目の前で言ってはいけないと思う。
それに、その行動も終わりだと。これからは男性込みで話をしようと言ったのは、二度と彼女達とは懇意にはしないと言っているようなものだ。
私は彼女達がユマノヴァに対して怒っているのではないかと不安になり、彼の代わりに謝罪したのだが、彼女達はクスクス笑っている。
「フフフ、いいえ。正直申しますと、私達はとっても嬉しいんですのよ」
「ユマノヴァ殿下は本当にお優しい方ですのに、前の婚約者様はそれを分かろうともしなかった。私達
見ていて歯がゆかったのですわ」
「ですが、今度の婚約者様はとてもユマノヴァ様をお慕いしているようで、こんな社交辞令の軽い会話でもヤキモチを焼かれています。やっとユマノヴァ様にも心から大切に想う方ができたのだと、本当に嬉しく思いますの」
そう言ってニコニコと微笑む彼女達は、本当にユマノヴァに親しみをもっているのだろうと感じる。だが、それは……。
「君達は、それほどユマノヴァの事を想っているのに、その、恋仲になりたいとは思わなかったのかい?」
こんな事を聞いても仕方がない。ユマノヴァが彼女達を見ていなかった事は分かり切っている。けれど、どうしても気になってしまう。それは恋心とは違うものなのかと。そして彼女達に振り向きもしなかったユマノヴァを、恨んだりはしないのかと。
彼女達を見渡すとほとんどがうら若い独身のご令嬢だ。そしてユマノヴァの優秀さを知り尽くした女性達だ。
第二王子という肩書だけでも貴族の女性であれば興味を惹かれるものだが、その上で個人の評価が高ければ、それは自ずと恋心に発展するものではないのだろうか。
しかし彼女達は、アリテリア嬢の存在を嬉しいと言う
「自分がその、ユマノヴァの大切な者になりたいとは、誰も思わなかったのか?」
アリテリア嬢の立場になりたいと思うのはごく自然で、それこそ今はまだ自覚がなくてもそのうちにそのような気持ちが沸き起こるかもしれない。不穏分子とまでは言わないが、この先その事で揉め事が起こらないとも限らない。
私は注意深く彼女達を見つめたが、彼女達はお互いに目を合わすと困った表情をとった。
「レナニーノ様のおっしゃる通りです。ここにいる誰もが一度は思った愚かな望みですわ。ですが、それはただの夢で終わりましたの。先程もアリテリア様に申しましたが、ユマノヴァ様はちゃんと線引きをされているのです。私達に気持ちはないと。どんなに優しい言葉を掛けてくださっても、どんなに笑顔で見つめられても、それは決して誤解するようなものではないのです。いえ、一度は誤解してその胸に飛び込んでしまいたいと思った事はありますが、ユマノヴァ様はそれを受け入れてくださる事はありませんでした」
ああ、やはりそうか。彼女達はユマノヴァに淡い想いを抱いていた。けれど、ユマノヴァはそれを分かったうえで、ちゃんと対策していたのだな。
ん、待てよ。本当にユマノヴァは彼女達の気持ちを分かっていたのだろうか?
先程、彼女達を情報源と口にしていたが、まさかそんな彼女達の気持ちを利用したなんて事はないだろうな? いやいや、ユマノヴァはそんな奴ではない事を、この数日で私が一番理解したのではなかったのか。
私はそんな物騒な考えを抱く自分に嫌気がさしながらも、ついチラリと彼女達を見る。
すると、そんな女性の中から一人の令嬢が、扇で口元を隠しながらも胸を張った。
「ですから私達は、ユマノヴァ殿下の情報源になろうと頑張ったのですわ」
は?
「大変でしたわよね。ユマノヴァ殿下がどんな情報を欲しがっているのか調べたり、侍女達から噂話を仕入れたり」
「ほとんどがガーネット様の三侍女が元ネタだったから、たいした収穫にはならなかったけれどね」
「ですが、その話だってユマノヴァ様は笑って聞いてくださってましたよ」
「あれは呆れてたのよ。私だって呆れてたもの」
クスクスと再び笑い合う彼女達を、私はポカンと見つめてしまった。
えっと、それは何か。彼女達はユマノヴァに利用されようと自ら動いたという事か。ユマノヴァの役に立つ為に。
私が首を傾げていると、一人の令嬢がそんな私に気が付いた。
「レナニーノ様もガーネット様には、さぞご苦労なされた事でしょう。ですが、無事婚約が解消出来てようございました。ユマノヴァ様は噂話を聞くたびに、兄上が気の毒だとご同情申し上げておりましたわ」
ジッと皆の同情を込めた眼差しが、私にまとわりつく。
そうか、ガーネットと婚約破棄する際にユマノヴァから渡された資料は、彼女達が集めてくれた物だったのか。
「……その際は、世話になったようだね」
私が遠い目をしながらお礼を言うと、彼女達はクスクスとまた笑う。
「とんでもございません。私達はユマノヴァ殿下のお役に立てれば、それで本望なのです」
「慕っている方のお役に立ちたいと思うのが、女心ですわよ。例えそれが報われなくても。自己満足とでもいうのでしょうか」
おかしそうに口元に手を添えて言う彼女達には、ユマノヴァに利用されていたというような雰囲気は微塵もない。
昔、ユマノヴァが言っていた。
『兄上を慕っている者の中には、ただ単に兄上の役に立ちたいと思っている者もいるはずです。ファン心理ですよね。ネビールが良い例です。あいつは熱狂的過ぎて常軌を逸していますが』
そう言ってネビールのする事を許していたユマノヴァ。
そう言う事なのだろうか? 彼女達はその、ユマノヴァのファンという者なのかな?
そう思うと、ついつい口元が綻ぶ。
「ユマノヴァは……幸せ者だな」
彼女達は一瞬キョトンとした表情をすると、すぐに首を横に振った。
「いいえ、私達が幸せなのですわ。ユマノヴァ様に出会えて」
そうだな。その通りだ。
私は彼女達の強さに賞賛を送る。本当に女性が弱いなどと誰が決めたのだろう? 彼女達はこんなにも逞しい。
そしてそんな私の横に、イルミーゼが寄り添ってきた。
「余り話し込まれると、私だってヤキモチ焼いてしまいますよ」
プッと膨れた表情で私を見上げるイルミーゼ。
先程のユマノヴァの気持ちが分かる。人の事は言えないなと、私はイルミーゼに謝りながらも、顔のほてりを押さえられなかった。




