取り囲まれた俺
「申し訳ございませんが、このまま話し合っていても埒があきません。皆様それぞれに意見はおありでしょうが、とにかく一度状況を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
宰相が王妃様に寄り添う王様の姿を横目にしながら大きな溜息を吐いた後、全員を一旦落ち着かせようと意見する。国王は当てに出来ないと判断したのだろう。ナイスだ、宰相。
そして俺をチラリと見ると、またもや溜息を吐いた。なんで、王様と同じ対応なんだろう?
「私はユマノヴァ様を化け物などとは思いません。ですがその力はなんなのか、とても興味を惹かれるところではあります。ですが、この際ユマノヴァ様だからという事でその話は終わらせましょう。どうせ本当の事はお話しくださらないでしょうし。では次に、魔獣の危険は去ったと、そこはそう考えてもよろしいのでしょうか?」
なんか無理矢理結論付けたようだが賢明だね、宰相。俺が誤魔化しまくってるのもバレてるね。うん、俺絶対におっさんら(男性貴族)に説明なんかしてやらない。そしてさっきの侯爵に対してやった事も、有耶無耶にしてくれたようだ。ありがとう。
心の中で宰相に合掌しながら、俺はニッコリと微笑む。
「ああ、魔獣は次から次へと現れる。完全に根絶やしにしたとは言えないが、王都を攻撃したものだけは壊滅したと断言しよう」
俺が肯定すると、宰相は安堵したように息を吐き、そして教会関係者に視線を向ける。
「ありがとうございます。それでは教会の方は避難を解かれて戻られるとして、王都の教会を牛耳っていたジュメルバ卿は失脚したので、新たに違う者が立つという事でよろしいでしょうか?」
「ええ。暫くは教皇様と私共が王都に残り教会を立て直しますが、後ほど新たに違う者に任せる事になりましょう。その時はまた、ご挨拶に参ります」
ヘルディン卿が頷くと、宰相も頷きを返す。
「国王様はレナニーノ様に後を継がれるという事ですが、本当によろしいのですか?」
「ああ、もちろんだ。出来ればレナニーノが伴侶をもってからの方が望ましいが、いずれ聖女が伴侶となると約束をしているのだろう。ならば焦る事はない。先に王位継承をすませてもよい」
母上の様子をチラチラ見ながらそう答えた王様は、母上に微笑まれてとっても嬉しそうだ。幸せそうで何よりです。
「ではレナニーノ様が王位を継がれて、この国を改革していくという方向で異論はないですね、マルチーノ様」
「ええ。その時になればこの頭の固い連中も、こちらにいる女性達が何を求めているか分かってくるでしょう。王様がこのように変わってくれたのです。希望はありますわね、ユマノヴァ様」
マルチーノ様が俺に話しをふってくる。
俺はぐるりと男達を見渡す。
その視線い気付いた者は、先程の侯爵とのやり取りですっかりビビッてしまったのか、ひいっと体をすくませている。
俺の視線に気付かない者の中には、王が王妃と寄り添っている姿を見ながら、嘆かわしいと憤慨している者もいれば、羨ましそうに見ている者もいる。
だが、その態度には先程までの当たり前にあった自分達が一番だとふんぞり返った男性上位の考えからは確実に違うものが感じ取れた。
皆、自分達の妻や娘、身近な女性から話を聞いてみたいという雰囲気が伝わってくるのだ。
「彼らに笑顔の練習でもさせてみましょうか」
俺が笑ってそんな事を言えば、マルチーノ様も「それはいいわね」と笑った。
後は事後処理など流石に男達の仕事がある為、女性陣には引きあげてもらう事となった。がその際、何故か周りを囲まれる俺。
「ユマノヴァ殿下、先程の力は私達にも秘密なのですか? 寂しいですわ」
「フフフ、ユマノヴァ様は本当に規格外なお方」
「そんなミステリアスなところも素敵です」
「私達女性はユマノヴァ殿下がどういう力をお持ちでも、ずっと味方でいる事をお約束いたしますわ」
「うん、ありがとう。まあ、これからは女性の扱いも変わるだろうし、君達が兄上を盛り立ててくれると嬉しいよ……っと、ん?」
不意にアリが俺の背中に抱きついてきた。
「どうしたの、アリ?」
そんなアリの顔を見ようと後ろに顔を向けると、プッと膨れたアリの表情とぶつかった。
「え、可愛いんですけど、何、これ? どうしたの?」
俺がデレッデレになりながらもアリに話しかけていると、周りを取り囲んでいた女性達がクスクスと笑い合っている。
「フフフ、妬かれているのですよ、ユマノヴァ殿下。可愛らしい婚約者ですわね。アリテリア様、安心してください。私達はあくまで友人ですわ。井戸端会議の」
「井戸端会議?」
一人の女性の言葉にキョトンとするアリ。
「ええ、ユマノヴァ殿下はこの国では珍しく女性の話を聞いてくださる唯一のお方でしたので、皆話し相手としてユマノヴァ殿下と時を過ごしたのです。それを井戸端会議というのだとユマノヴァ殿下に教えていただきましたわ。まあ、ほとんどが男性に対しての愚痴のようなものでしたが、それでも最後までちゃんと聞いてくださるユマノヴァ殿下が私達は大好きでした。ですが、それはあくまでも友人として。二人きりになった事など一度もありませんし、男女の情は一切ありません。ユマノヴァ殿下はそういう線引きを、ちゃんとなされていましたから」
「当り前でしょう。婚約者と友人は別。そこは分けないと、偉そうに男達の愚痴なんて聞いてあげられないよ。一緒にしてしまったらそいつらの事とやかく言えなくなる」
女性の言葉に同意し、胸を張るとアリは不思議そうに俺を見ていたが、その内視線を下に逸らしてしまった。
「……それでも、女性に囲まれているユマ様を見るのは、嫌です」
なんと、アリは本当に俺にヤキモチを焼いてくれていたみたいです。
うわあ、俺こんなハッキリと分かるヤキモチを焼かれたのは初めてだ。どうしよう、滅茶苦茶嬉しい。
俺は腰に回っていたアリの手を解き、クルリと向き直ると、ギュッとアリの両手を自分の両手で握りしめた。
「分かった。二度と女性達に囲まれたりしない。というか、井戸端会議も今日で終了です。君達も今後は俺と女性だけで会話しないで。そこに必ず男性を加える事。それでいい?」
俺はアリを見つめながらも、その場にいる女性達にも一方的に約束する。
いくら女性の地位を上げる為に優しくしても、アリを悲しませる行為になるのなら話は別だ。俺の最優先はアリ。そこは譲れないからね。
俺の真剣な眼差しと言葉が通じたのか、アリははにかむように笑った。ああ、可愛い。
「ごめんなさい、ユマ様。せっかくのユマ様の情報源を潰してしまう事になりますね」
「全然大丈夫。他にも情報源はちゃんと確保しているから。それに、男性が女性の話を親身に聞くようになれば、遅かれ早かれこういう場所も自然と減ってくるだろうし、良い潮時だよ」
「ユマ様……。嫉妬なんてしてしまってごめんなさい。嫌な子ですね、私」
「滅茶苦茶可愛い子だよ。嫉妬なんてさせる俺の方が悪い。でも妬いてくれて、ありがとう。なんか、嬉しい」
「もう、ユマ様ってば」
そのままイチャイチャし始めた俺達に、俺を取り囲んでいた女性陣は呆れたように離れて行った。
彼女達は今回の件で堪忍袋の緒が切れたのだろう。
以前から機会があればこのように団結して王に抗議しようとマルチーノ様筆頭に内密で話し合われていたのだが、魔獣の群れが押し寄せて来たのにそんな危険な場に子供達だけが向かい、王達普段から威張りたおしていた男達は安全な城にいる。その事を知った母上が怒り、今が好機だとマルチーノ様が声をかけ立ち上がったのだろう。
まあ、俺が普段から情報を得るのに話していた場で、ついでにそのように誘導していたのも理由かな?
マルチーノ様に彼女達を会わせたのも俺だし。
だが結果的には良かったのだろう。この国に蔓延る悪しき習慣が取り除かれれば、国は変われるのだから。
後で彼女達にはお礼を言わないといけないなと思いながらも、今はアリを安心させる方が先決だ。
俺は周りの変化を気にしながらも、アリとのイチャイチャを続けたのだった。




