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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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両親のイチャイチャって、見たい?

 凛とした王妃様の姿に、周囲は目を見張る。

 王妃様が王様の隠居を促したのだ。

 王は顔を怒りで真っ赤にする。人から奪ってでも自分のものにした愛しい妻に、臣下の前で引退を口にされたのだからたまったものではない。矜持もへったくれもないだろう。

 我慢しきれないと立ち上がり、母上の方に歩み寄って来た父王の前に、俺と兄上は立ちはだかる。

 その姿にも苛立ちを覚えるようで、父王は母上より数歩前で立ち止まり、怒声を上げた。

「フェルシア、お前は余よりも息子が大事だと申すか」

「もちろんですわ。ですが、それよりも国の在り方の方がよほど大事です。私は王妃ですから。王女であるマルチーノ様からわざわざ奪った地位です。立派に役目を果たさないと民に顔向け出来ませんわ。私にも矜持がありますから」

「フェルシア……」

 父王に逆らった事など一度もない母上が、声を張り上げてハッキリと己の意見を言う。

 自分は王妃だと。その責任をしっかりと見据えて、意見しているのだ。

 そんな母上の姿はとても美しく、思わず見惚れてしまう。

 案の定、母上にぞっこんの父王は、口をポカンとあけながらも頬はうっすらと赤みをさしている。明らかに先程までの怒りではないのが分かる。

 父王が余りにも必死で見つめているので母上は身の危険を感じたのか、俺と兄上の背に身を寄せながら「なんですか? 何かあるのならハッキリとおっしゃってください」と言った。

 すると父王は、一切目を逸らす事無く「フェルシア」と母上の名を呼び「余が王を退いても、お前は余のそばにいてくれるか?」とたずねてきた。

「は?」


 …………………………。


 部屋の中には百人近くの人間がいるというのに、誰も身動き一つとらない。

 王は今、なんと言った?

「よ、余は、お前がこのまま一緒にいてくれるというのなら、王の座に執着する気はない。レナニーノでもユマノヴァにでも、くれてやる。王の座を退いたらお前が余から離れて行くと思っていたから、王でいたに過ぎないのだ。余が何者でなくなってもそばにいてくれると約束してくれるのなら、余は喜んで退こう。後は好きにすればいい」

「王……様……」

「もともと余は、王の座に固執していたわけではない。血を好む兄上達に任せていたら、この国は延々と戦争を繰り返すだけだと思ったのだ。それでは国は疲弊してしまう。だから王の座を力で奪った。お前達も知っての通り、余は考えるのは苦手だ。フェルシアの事もちゃんと公爵と話し合えばよかったのだが、結婚式で一目惚れしてしまった余には、あの場から奪う方法しか思いつかなかったのだ。マルチーノにも申し訳ない事をしたと思っている。だがあの時フェルシアを王妃に据えておかないと、公爵が奪い返しに来ると思った。側室なら簡単に奪い去られるからな。ユマノヴァの言う通り、余は考える事を放棄し力だけで皆を黙らせてきたのだ」

 父王のカミングアウトに皆が放心する。

 おお、父王は自分が脳筋だと分かっておられたのですね。それに王の座を奪ったのにも、父王には父王なりにこの国の在り方を考えての事だったのですね。

 うん、なるほど。やっぱり腐っても王様という事か。

 それに父王の無茶苦茶な行動は、たった一人の人をそばに置く為に行っていたというものだ。

 俺は父王から母上を守るように間にいたのだが、スッと身を引いて母上を父王の前に軽く押した。兄上も俺に倣って身を引く。

「ユマノヴァ、レナニーノ」

「母上、ちゃんと話し合ってあげてください。父上は母上の気持ちが知りたいと考えているのですよ。母上の言葉に耳を傾けようとしているのです。フフ、進歩ですよね」

 母上は困ったように恥じらいながらも、父王の前に進み出た。

「これからは、ちゃんと私の話も人の話にも耳を傾けると、お約束してくださいますか?」

「それでお前がそばにいてくれるのなら」

 父王の真剣な眼差しに、苦笑する母上。

「私は貴方の妻ですよ。どんなに傲慢な態度をとられても、そばにいるしかありません。ですが、少しでも私を尊重してくださるのなら……心から、お仕えする事が出来ます」

「フェルシア」

 父王が勢いで母上を抱きしめようとするのを、俺はグッと母上の肩を抱いて後退させる。

 スカッと宙を抱きしめた父王に睨まれるが「母上が潰れますよ」と言ってやると、意味が通じたのか、背筋を伸ばし両手を広げた。

 母上から来てほしいという意志表示だ。力に任せた行動だと、それは無理矢理になる。母上の意に添わぬ行動はしないという、父上なりの誠意だ。

 母上がその手を困った顔で見つめていると、その手はむずむずと震えだした。かなり我慢しているのだろう。

 俺は母上の耳元に囁く。

『可愛いところあるじゃないですか』

『そうね、そういうところがあるから私は結局許してしまうのね』

 そう言うと、俺のそばから離れて父王の元に歩みを進める。

「王の座をレナニーノに譲って、離宮で二人でやり直しましょう。これから私はおしゃべりになりますわよ。いっぱい話を聞いてくださいね」

 そう言うと、ふわりと微笑んで王の胸に寄り添った。

 父王は「うん、うん」と頷きながら、そっと母上の腰に両手を回した。感動に震えているようだ。ん、涙ぐんでいるようにも見えるぞ。

 俺はそっとマルチーノ様のそばに寄る。

「マルチーノ様」

「フフ、私の心配は無用です。知っているでしょう。私には王に対しての情はないという事を。これで良かったのですよ、ユマノヴァ様」

 そう言って微笑むマルチーノ様は本当に美しい。

 確かにマルチーノ様なら父王などいなくても自分で前に進んで行けると思うし、及ばすながら俺も尽力するつもりだ。

 マルチーノ様には絶対に幸せになってほしいからね。

 よし、母上のお蔭で王様の攻略は完成だ。

 次代の王も母上のどさくさ紛れの後押しで兄上に決まったし、後はこの頭の固い高位貴族の男どもの始末だけだな。

 王と王妃のラブシーンを呆けて見ていた男達は、俺のニヤリと笑う顔を目にして、ビクッと体を震わせた。

 ちょっと、暴れちゃおう♪

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