母、強し
男性対女性。小学生の喧嘩かよ。とも思うが、この国は本当にそんな単純な事から変えていかないといけない国なんだ。
女性陣の冷ややかな視線を感じた男性貴族は、身震いしながら後ずさっている。
「いい加減にしろ、ユマノヴァ。今は女の喜ぶ顔などどうでもいい。我々が人の話を聞かずに情報が得られないのであれば、得意なお前がやればいい話ではないか。それをこれ見よがしに偉そうに。貴様は何様だ。余は王ぞ。黙って余に従っておればよいのだ」
ああ、やはり典型的なこの国の男性代表の王様。場の空気も読まずに、今まで通りの態度をとっている。
ほうら、今の言葉は火に油を注いだ状態だ。女性陣から殺気が湧き上がる。
「本当に愚かな……」
溜息と共に心底呆れたというような声で呟くのは、マルチーノ様。
「マルチーノ、貴様、今なんと申した?」
国王の怒声に怯む様子もなく、マルチーノ様は顔を上げる。
「愚かだと申し上げたのですわ。ユマノヴァ様は貴方方に救いの手を差し伸べていらっしゃるのよ。このままでは国は崩壊する。変わるべきは今だと」
「何を申すか。変わるところなど何もない。ユマノヴァが優秀だというなら、我が手足となって働けばいいだけの事。他人の話? 女を尊重? 馬鹿な事ばかり言うな。力こそ全て。それの何が悪い? そうしてこの国は成り立ってきたのだ。フェルシア、レナニーノ、こちらへ来い。この馬鹿な息子を家族で教育し直すぞ」
国王は座ったまま、母上と兄上に手を差し伸べる。
彼らがそばに来るのが当然だと疑ってもいないようだ。
だが母上は、そんな国王に「フッ」と冷笑を浮かべた。
思わず二度見しちゃったよ。
清楚な美人。淑女の鑑。リガルティの宝石にそんな表情が出来るなんて、知らなかった。
「フェルシア……?」
唖然とする国王を前に母上は「貴方は先程から何を聞いていらしたの? 私、貴方方を無能と言いましたわよね。その筆頭は貴方ですわよ、国王様」と言い放った。
そして兄上も母上の横に並び立つと「私も言いました。ユマノヴァほど信頼できる奴はいないと。彼の判断を一笑に付するつもりなら、私は王様について行く事は出来ません」と言い切った。
兄上、本当に俺がいない間に何があったのですか? ちょっと、照れます。
そうしてマルチーノ様を代表に女性陣が俺の後ろにつくと「私達は王妃様、レナニーノ様、ユマノヴァ様について行きます」と徒党を組んだ。
すると、今まで傍観していたキシェリ率いる教会まで俺のそばにやって来た。
「今私が教皇でいられるのも、ユマノヴァのお蔭です。教会はユマノヴァと共に歩みます」
そう言って俺にニヤリとした表情を向ける。悪ガキキシェリめ、ちょっと面白がっているな。
気が付けば、俺を中心に周りを固められた。
国王は怒りで顔を真っ赤にして、ブルブルと震えている。
あれ? なんか俺が思ってたのと、ちょっと違う。俺が思ってたのは、兄上を中心に……。
「な、ならば、先程の不可思議な力といい、今までの功績といい、次代の王にはユマノヴァ様になっていただいたらどうでしょうか?」
場の雰囲気をどうにかしようと動いたのは、国王の隣にいる宰相。
ちょっと、待て。穏便にすませたい気持ちは分かるが、なんで寄りにも寄って俺が次の王様なわけ?
皆が一斉に俺に注目する。
「何も今すぐに体制を変えられる必要はないのではありませんか? 国の在り方を変えられるのは、ユマノヴァ様が国王様になられてからでも遅くはありません。レナニーノ様には申し訳ありませんが、それが一番良い方法と存じます」
宰相の突拍子もない言葉に、俺に王の座について欲しくない男性貴族が堪らず反論する。
「宰相、何を申されますか。確かに先程ユマノヴァ様は何か不可思議な力で空に浮かんでいました。ですがそれは、何かカラクリを使ったに違いありません。いつものユマノヴァ様の人を揶揄った悪戯ですよ。人心を惑わすような事ばかりなさるそんな方に、王位を継がせるなど我々は断固反対します」
おお、先程の魔法をカラクリと言うか。それほど俺の今までの行動は魔法みたいに思えたのか。それはそれで、ちょっと嬉しい。
でも、そうか。喜んでいる場合じゃないな。空に浮かんでいたのしか知らないという事は、魔獣を退治した経緯の情報はまだ入っていないという事だ。それは余りに遅すぎる。
これは本格的に変えないといけないな。と俺が兄上の方を見ると、兄上は何かを考えていたようで、スッと顔を上げると真面目な顔でふざけた事を言った。
「私は、ユマノヴァが王で構わないが……」
「ちょっと、兄上。何を血迷っているのですか? その話は雑貨屋でちゃんとケリをつけたでしょう。次代の王は兄上です。それ以外は認めません」
宰相の言葉に、素直に頷く兄上。やめて、話を蒸し返さないで。
男性貴族も兄上の肯定する姿に唖然としている。兄上なら俺を王にと言う言葉に、少なからずも反論してくれると思っていたのだろう。そしてそれを否定する俺。
言葉を失くした男性貴族の中から、堪らずといった風に王様が話に割り込んでくる。
「勝手な事ばかり言うでない。余は反対だ。ユマノヴァに王は務まらん」
「その通り! 私に王は務まりません。兄上が王でなければ、私は言う事を聞きません」
「そんな事を言わないでくれ。私はユマノヴァなら、私よりも立派な王になると思っているんだ」
「今のは聞き捨てならん、ユマノヴァ。お前はレナニーノでなければ、余の言う事も聞けぬと申すか?」
「産まれた時から兄上の力になれと教え込んできたのは貴方でしょう。今更何を言ってるんですか」
「待て、ユマノヴァ。父上の言う事なんて聞かなくていいから、冷静に話し合おう。不可思議な力も使えるようになった今、やはり次代の王にはユマノヴァが相応しいと私は思うのだよ」
三者三様、喧々囂々と喚きあう。王族三人のそんな様子に皆が唖然としている。
自分が王だと主張する父親に、兄弟で次の王座を擦り付け合う。そりゃあ、誰も口を挟めないわな。出来るとしたら、それは……。
「お黙りなさい!」
うん、母上しかいない。
俺達は母上の怒声に、ピタッと動きを止めた。
「次代の王にはレナニーノ。そこは蒸し返さなくてよろしいわ。ユマノヴァも、もちろん私達女性もレナニーノが王なら喜んでついて行きましょう。ですが宰相、レナニーノが玉座に就いてから改革を始めても遅いのです。始めるなら今すぐにです。出来ないのであれば彼を王の座から退けてください」




