ワクワク、悪役
一斉に皆に名前を呼ばれた俺は、とりあえずアリを庇うように抱きしめた。
皆、目が血走っている。マジ怖いって。
そんな中、母上が走り寄って来てアリごと俺を抱きしめる。わぁお、吃驚だね。
「ユマノヴァ、私のユマ。無事ね。怪我はないわね。アリテリア様もどこも怪我なんてしてないわね」
「はい、ありがとうございます。ユマ様が一緒だから私は元気です」
「母上、落ち着いて。国王様が睨んでいますよ」
良い子のお返事をするアリと共に、母上を落ち着かせるようにその背を撫でる。
母上、気付いてます? 母上が自分以外の男(実の息子)を抱きしめているから、国王様(息子の父親)が怒っていますよ。心狭すぎるんですから、余りこの人の前でこのような態度を取ってはいけません。てそれは重々分かっているんだろうな。それでも、心配で心配でついこのような行動をとってしまった母心。ありがとうございます、母上。嬉しいです。
「あんな人、放っておけばいいのよ。最前線で戦っていた貴方方を心配して、悪い事なんてありません」
憤慨する母上。おいおい、俺のいない間に何かあったんだ? おお、国王様が泣きそうな顔になってるぞ。
「そうですよ、ユマノヴァ様。良くご無事でお戻りくださいました」
そう言って、母上の後ろからゆっくりと歩いてきたのは、側室のマルチーノ様。俺の第二の母親だ。
やっと母上の腕から解放された俺は、彼女に笑顔を向けてアリを紹介する。
「マルチーノ様、母上のそばにいてくださってありがとうございます。紹介が遅れました。彼女は私の最愛の人、アリテリア・ホワント伯爵令嬢です」
「ええ、フェルシア様から伺っていますわ。本当に可愛らしい方。マルチーノと申します」
「よろしくお願いいたします、マルチーノ様。どうぞアリテリアとお呼びください」
アリはマルチーノ様を側室だと紹介していなかったのになんとなく気付いたのか、それとも俺の態度で味方だと分かったのか、綺麗なカーテシーをとって挨拶をした。
その様子にマルチーノ様はフフと笑った。どうやら合格点を頂けたようだ。
「ユマノヴァ、魔獣は全部退治出来たのか?」
「察知出来るものは全て駆除しました。少なくとも王都に押し寄せてきたものは、壊滅出来たかと」
母上達の後ろから、聖女を伴って兄上が割り込んでくる。
ん? 兄上、少し見ない間にまたやつれました? まあ、この雰囲気から何かあった事は想像出来るけど、気苦労が絶えませんね。同情いたします、兄上。
「ユマノヴァ、何故国王である余に一言も報告をせんのだ。何を勝手に動いておる。それに空中に浮かんでいたのはなんだ? 全て分かるように説明せよ!」
とうとう国王である父上が怒鳴った。
うん、故意に無視してたのバレました? だってこれから先、俺は父上よりも兄上の意見を聞くと誰が見てもハッキリわかる構図を作りたかったからね。
俺はぐるりと周りを見る。
憤慨する父上の周りには、空に浮かんだ状態でいきなり現れた俺達に驚愕し、声も出せない状態の重鎮達や高位の男性貴族。
そこから少し離れて、目を真ん丸くしている教会の教皇様キシェリと側付きの枢機卿達。
それに対峙するかのように前にいるのは、母上やマルチーノ様、苦笑する高位貴族の女性から侍女に至るまでの城に常在している女性達。
その横には先程離れた兄上と聖女、そして頭を抱え込むブライアンとシフォンヌ嬢がひっそりと一番後ろに控えている。
役者は揃っているね。
ニンマリと笑う俺に、ビクッと体を震わせるギャラリー。
特に男性陣は、先程俺が空に浮いていた驚きから復活出来ていないようで俺自身を気味悪がっている節があり、それまで俺の悪口を言っていたはずなのに、何も言えずに徐々に後ろへと下がって行っている。
唇を見ると『化け物』とか『気味の悪い王子め』とか読めたりする。ハハハ、良い反応だ。怖がってくれないと、話が先に進まないからね。
この状態で俺を怒鳴りつけてきた父王は、やはり流石王様と言うべきか、父親だと思うべきか。
「何をお知りになりたいのでしょうか、父上。それとも何一つ、現状が分からないと申されるのですか? 困りましたね。城の情報機関はそこまで間抜けになりましたか」
ニコニコと笑いながらそう言ってやると、父王は顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。
「ユマノヴァ、先程からその態度はなんだ? 国王であり父親である余に逆らうと申すのか!」
「もう少し自分達で考えてくださいって言っているのです。力で制圧するのも結構ですが、このように力だけでは解決出来なくなった場合、貴方達は無力なんですよ。力だけで人を抑え込んでいた時代は終わりにしましょう。これからは兄上を筆頭に、思考を巡らし弱い者にも権限を与え、皆で協力して進んで行く未来を提案します」
俺がニッコリと笑ってそう言うと、国王様は「は?」と言った。
うん、何が何だか分からないという顔だね。重鎮達も同じような顔になっている。
今の今まで高位貴族の男性は、力こそが全て。自分達が国の中心だと思っていたんだろうね。確かにそれは間違ってはいなかったし、今まではそれが許されていた。
だが、力だけが強くてもそれが発揮出来なければなんの意味もないという事が今回で判明された。
魔獣が襲ってきてもそれが伝わっていなければ討伐に出る事も、ましてや防御する事も出来ない。気が付いた頃には皆お陀仏となっているわけだ。笑えないよなぁ。
正直、いくらなんでも一国の王家が全く何の対策も取っていなかったわけではない。以前はそれなりに情報収集に動いていた者もいたし、魔獣に関しては神経を研ぎ澄ませていたはずなんだ。
それがいつ頃からか兄上と俺が動くようになり、気が付けば王様の討伐隊は出動しなくなった。
国王や重鎮達は俺と兄上が動いた後、報告を聞くだけというスタンスが出来上がったのだ。
あれ? そう考えると俺が悪いのか? いやいや、いくら優秀な息子達でもそれに胡坐をかいたらお終いだよね。
それにもともとこの国の情報力が低かった事にも問題がある。
それはこの国の男達が情報を集めるという行為を、さほど重要視していなかったのがそもそもの問題だったのだ。
何度も言っているように、この国の男達は曖昧な情報でもなんの情報がなくても力でどうにか出来ると本気で思っているのだ。
目の前に敵が現れたら殴ってやっつければいいと。
だから情報収集を軽く考えていたのだ。
その情報力に力が負ける事があるなど、この国の男達は分かっていなかったのだから。
俺がそれに気が付いたのは、十歳の頃。
他国の間諜がいともたやすく城に潜入していたのを見つけた時だ。
その間諜に聞いた。この国の情報は他国に筒抜けだと。城の構造から抜け道まで筒抜けだったのには最早言葉が出なかった。
俺はどうにかその間諜と話を付け、雇い主である他国の王族と対面する事が出来た。
彼らからは同情と憐れみを貰った。今のままではいつか他の国に狙われると。
今、国が無事なのは魔獣が多発している事と兄上、レナニーノが神童と呼ばれるほどの優秀さを発揮しているとの噂で、どの国も様子を見ている状態だからだと言う。
だが魔獣が数を減らし、兄上が隙を見せたら確実に他国に攻め入れられるだろうと。
しかも戦争という力で戦う方法ではなく、情報戦であっけなく内部から壊される事は間違いないだろうと教えられた。
どうしてそこまでその国の王族が話してくれたかと言うと、我が国が倒された後は地形的にも次は自国が狙われるかもしれないという懸念からだった。
間諜を入れて探らせていたのも、俺の国がどこまで筒抜け状態なのかを探る為だったらしい。
では味方ですよね、と握手を求めると苦笑された。全面的な味方ではないという意味らしい。でも利害関係の一致はありますよねと尚も食い下がると、その若き王様は笑ってくれた。ああ、これは余談だった。
だが、その事実を今の力重視の男達に話して受け入れられるだろうか。まず無理だ。それに女性達の鬱憤が日々たまっているのにも、目を背けている訳にはいかない。
このまま女性の地位を落としたままだと、いざという時に彼女達は敵になってしまうかもしれない。
これまで絶対君主であった男達が、敵にあっけなく倒される。信じていたものは根底から崩されて、彼女達はこの国に背を向けるだろう。
自分達が今まで虐げられて生きてきたのはなんだったのだろうかと。
そして先程、城に戻った俺は喚き散らす男達の姿を見て考えた。ちょうどいい機会だし、これを機に改革しようと。
その為には兄上に王位を継いでもらい、男達の考え方をかえさせ、女性が生きやすい国にするのだ。皆が自分の意見を素直に言える国へと。
それぞれが自分で考え行動する。その為には相手を尊重し、話し合える環境を作る事が大切だと思う。
ちょうど今、俺は男性から気味の悪い力を宿した悪者として扱われ、女性からは擁護されるという状態にいるらしい。兄上は俺や女性側についてくれている。
父王と兄上の対立が出来上がっているという事だ。
それならばここで俺が徹底的に悪役を演じればいい訳だ。
俺はわざと悪役のようにニンマリと笑ってやる。
「力ばかりを重視し、己で考える事を放棄したならば行動のしようもないですよね。何故そんな事になったのか分かりますか? 自分以外の者を排除し、誰の言葉にも耳を傾けなかったからですよ。兄上はそれをなされた。聖女の思いを聞き、私の話に耳を傾けた。教皇様も同じです。人の話とはまさに情報。それを蔑ろにした貴方方が何も出来なかったのは当たり前なのですよ」
男性陣が驚愕に目を見張る。女性陣がうんうんと頷いている。俺の言いたい事、少しは分かってくれただろうか?
そんな俺の服の裾を、アリが引っ張る。
「……ユマ様、とっても悪いお顔」
「あっと、ごめん。怖かった?」
「ううん、そういうお顔もちょっと素敵だった」
「アリ~」
………………………………。
それまで俺の雰囲気にのまれていた皆が、アリと俺のイチャイチャに無表情になる。
いいんだよ、アリはこれで。俺が暴走しないように息抜きをしてくれているんだから。
俺が場の雰囲気から悪乗りしないように、また感情から突っ走らないように抑える役目をしてくれているんだ。ああ、本当に良い子。
俺はそんなアリに微笑みながら、クルリと男達の方を向く。
「私は不思議でしょうがなかったのですが、どうして貴方達は女性を弱い者だと決めつけて彼女達の意見を無視した態度がとれていたのですか? 私はアリがとても愛おしい。彼女の喜ぶ顔が見たくてたまりません。だから彼女の話をいつも聞きたいと思います。彼女の気持ちを尊重したいと思うのですが、貴方達は伴侶の喜ぶ顔を見た事がありますか?」
アリを抱きしめながら、そう言ってやると全員が全員、え? という顔になった。
そういえばと必死で思い出そうとしている者もいる。うん、この様子だと全くないな。
女性陣から冷気が漂う。
さあ、君達の今までのツケが回ってきたようだよ。




