実は側室様ともお友達です
私がユマノヴァ様にお会いしたのは、彼が五歳の時だった。
小国とはいえ王女として育った私は、このリガルティ国へ友好の証として嫁がされた。
まだ二十五歳だった若き王子は兄王子を次々と打ち倒し、王の冠を手にしたのがわずか二年間の出来事。その半年後に、私は顔も知らない彼に嫁いできたのである。
その彼がまさか一年後に、公爵家の結婚式で花嫁を攫って来るなど誰が考えられただろうか。
私は側室へと落とされた。
もちろん、我が国も異論を述べた。彼女は子爵家の令嬢。このまま私が王妃で彼女を側室にしたらよいではないかと何度も交渉したが、彼は子がいないのを言い訳に私をあっさりと王妃の座から落としたのだ。
戦を好みほとんど城にいない人間の子供を、どうしたら一年の間で身ごもる事が出来るのか。
私には正直、彼への愛情はない。小国の王女として、義務を果たしたかっただけである。だから子が出来なかった事には、少なからず安堵していた。
所詮、我が国は小国。リガルティ国とは戦う術がない。そして我が国は大国に挟まれた地形にある。リガルティ国と相反した場合、被害を被るのは我が国なのである。
――私は側室の立場を受け入れた。
側室になった私は離宮へと移され、ほとんどそこから出ない生活を強いられた。実質上の軟禁生活である。
この処遇にも、実は内心安堵していた。
このような状態で社交の場になど出されたら、流石に私の矜持がもたない。
だが同時に、新しく王妃になった女性もほとんど公の場に現れないと聞いた。
王は女性を、人前に出すのが嫌な人間なのだろうか?
こんな事でこの国の社交は上手くいっているのか、心配になってくる。
この国は他国とは少し違う。王族をはじめ高位貴族の男性は武に秀でている為、国を守っているのは己だという自負が強すぎるのだ。だからどうしても、女性や子供を下に見る傾向が強い。
それでは他国とは渡っていけない。いずれ根底から崩されてしまう。
このままでいいはずはないのにと、ぼんやり考えていた私の前にひょっこりと顔を出したのは、小さな男の子。
庭の散歩をしていた私は驚いた。ここでこんな小さなお客様に会うのは初めてだったから。
「こんにちは。もしかしてマルチーノ様ですか? 僕はユマノヴァ・クロ・リガルティです」
そう言って艶やかな紫紺の髪をサラリと揺らし、ペコリと頭を下げた。
紫の目は真ん丸で、子供ながらに鼻筋は通り小さな薄い唇は口角を上げている。整っている顔立ちで、なんとも愛らしい。ついジッと見ていると、少年は少し眉を下げ困った表情で「僕が来たらご迷惑でしょうか?」とたずねてきた。
私は慌てて首を振る。
「いいえ、少し驚いてしまっただけです。ここには滅多に人は来ないので。貴方は陛下のお子様ですか?」
「はい、第二王子です。僕の事はご興味ないですか?」
「いいえ、知らされていないだけです。そう、王妃様はお子様をお二人もお産みになられたのね」
「ご気分を害されましたか?」
……この子はどうして、こんなに私の気持ちを気にするのだろうか? もしかして、この子は私達の関係を知っているのかしら? まさか、こんなに幼い子が?
私はこの少年が余りにも私の心に寄り添おうとしているのが不思議で、ついおかしな事を考えてしまったが、そんなはずはないと首を一振りして、彼を手招き一緒にお茶をしようと庭にある小さな東屋に誘った。
少年は素直に頷くと、嬉しそうに私の後をついてきた。
コクコクと美味しそうにお茶を飲む少年に、つい心が和んでしまう。
年齢をたずねると「五歳になりました」と何故か胸を張る。
「それで、なんの用事かしら? 私で出来る事ならきいてあげたいけれど……」
「別に用事はありません。マルチーノ様にお会いしたかっただけです」
私はコテリと首を傾げる。
五歳の第二王子が用事もないのに、わざわざ側室に会いに来るなんて、そんな事がありえるのだろうか? 夫であるはずの王様だって滅多にやって来ないというのに。
「貴方は父王の奥様ですよね。それでしたら僕の母上でもあります。子供が母親に会いたいのは当然でしょう」
そんな事を言われて、私は驚愕する。
他国から嫁いできた私に味方はいない。側室へと落とされた私を気にする者など、ほとんど皆無だ。そんな私を母上だと慕って来てくれた、王妃様の子供。私にはいないはずの子供。
「父王はどうして女性を閉じ込めてしまうのでしょうか? 僕には分からない。自由でのびのびしている姿はとても美しいのに」
またもや私は驚いてしまう。なんて大人びた事を言う五歳児だろう。
「マルチーノ様のアッシュグレーの髪は、日の光の下では透き通って見えます。やっぱり僕の髪より明るくてお綺麗ですよね」
容姿を褒められるなんて、旦那様である陛下にも言われた事はない。それがまさか五歳の子供に言われるとは。
「ああ、やっぱり手ぶらじゃなくて花を持ってくるべきだった。マルチーノ様にはバラが似合うのに」
最早言葉にならない。だが、私はクスッと笑ってしまった。フフフ、フフフと声を押し殺すが、どうしても声が漏れる。
なんて大人びて、可愛い子だろうかと。
私が笑っている姿を見て「マルチーノ様の笑顔はとても素敵です」とニコニコ笑う小さな紳士に、私が心を許したのは当然だろう。
この国に来て初めて笑った。心が軽くなるのを感じる。こんなにも人に優しくされたのは、いつ以来だろうか。
それからその小さな紳士は、ひょっこりと現れるようになった。先触れなど出さない。子が親に会いに行くように、ちょっとお茶して帰るのだ。
たわいない会話の中に少年の知性を感じる。
私は彼に私の知識を与える。
この国では学ばない他国の情勢。国と国との繋がり方を彼に施す。武力だけでは解決出来ない事柄も、小国とはいえ王族として知り得た知識を余す事無く彼に教えた。
その中で王妃様と極秘で会う事が出来た。もちろん彼の導きで。
王妃様は控えめで、始終私に恐縮していた。自分の立場や状況をしっかりと理解していたのだ。
ああ、彼女もまた被害者だ。
自分達ではどうする事も出来ない状況に、二人して涙した。
ユマノヴァ様が「友達になったらいいのに。二人は一番理解し合えるんじゃない」とにっこり笑う。確かにそうだと私達は笑った。
こうして私には、この国で初めての友人が出来た。
ユマノヴァ様が十歳になる頃に、ちょうど他国の間諜を発見した。
その間諜は、お城の侍女の手引きにより侵入した者だった。彼は密かにその間諜と取引して、間諜の雇い主に会う為に他国に渡った。
幼い王子が数日城を留守にする。普通ならそんな事が出来るはずがないが、相談された私と王妃様の連携でどうにか陛下の耳には届かないように出来た。
それから彼は女性と話す事が多くなり、飄々とした態度をとるようになった。理由は簡単。今回の侍女のように怪しげな態度をとるような者がいないかを確認する為に、女性から噂話を聞いて回るのだ。
女性の噂話というのは、れっきとした情報源になる。
誰々に最近男が出来た。だけどその相手は分からない。なんて噂は十分に怪しいものだと判断される。探れば十中八九怪しい者へと繋がる。
そして普段から飄々とした態度を取っていれば、数日城をあけていても誰も変に思わない。
ユマノヴァ様の行動には、歴とした理由が伴うのだ。
そこまで話すと。レナニーノ様はじめ男性貴族は唖然とした表情になっている。
王様においても寝耳に水という事なのだろう。目ん玉が落ちるかと思うほど、大きな目をしているがその表情は間抜けな獣のようだ。
そう、その顔が見たかったのよ。長年の鬱憤がやっと吐き出せたようだわ。




