あちらこちらでバトル勃発
従順だと思っていた女性二人からの反論に、身動き一つ取れなくなった国王のそんな姿に慌てた宰相がかわりに答える。
「こ、今回の件は本当に情報が混乱してしまい、何が正しいのか把握するのに時間が必要以上にかかってしまったのです。まずは王都で教会を牛耳っていたジュメルバ卿の失脚が伝わりました。寝耳に水の状態でしたので、我々は事の真相を探るべく動いたのですが、教会内部でも混乱した状態でしたので正しい情報が入ってこなかったのです。その上、城下町では人攫いや盗みなどといった犯罪が多発し、兵士が町をうろつき大捕り物がおこなわれているとかなんとか。ただその中心にいるのがどうやらユマノヴァ様で、レナニーノ様も把握しているのではないのかという報告も上がっていたのです」
そう言ってチラリと私を見る宰相。
アリテリア嬢とシフォンヌ嬢を探すのに動き回っていた私達の行動は、どうやら耳に入っていたようだ。だが、二人が攫われたなどの詳しい情報は分からなかったため、信憑性に欠けたのだろう。
「そうこうしているうちにレナニーノ様の側近からの報告で、魔獣が王都に向かっている事を知りました。ですが、それと同時に教会信者及び民の受け入れ態勢も整えておいてほしいとの報告もあり、我々は驚愕しました。それほどの問題なのかと。そしてその報告の重要性を確認する間もなく、教会側からも避難要請が入りました。我々はとにかく避難場所の確保に動いたのです。嘘か誠か、どちらにせよ避難要請が入った以上は受け入れる。それが王族の在り方です」
そう言った宰相は間違ってはいない。私も同じ立場なら民の避難を優先していただろうから。だが、上に立つ者はそれだけではいけないはずだ。同時に情報を集め、行動する力が必要なのではないのだろうか?
どうしてそこで動きを止めてしまったのかと非難の色を込めた目で見ていると、私の視線に気が付いた宰相は気まずそうに目を伏せた。
「……レナニーノ様は城には戻ってくれたようですが、報告はされずそのままご自身の部下とユマノヴァ様の部下を連れて討伐に向かわれました。近頃の魔獣討伐はお二方に任せていたので、レナニーノ様とユマノヴァ様が手を組まれたのであれば大抵の件は片付くと、そこで魔獣の数や状況を調べるのをやめてしまったのです。完全なる我々の落ち度です。まさかそれほどまでの魔獣が襲って来ていたなんて……。正直、こちらにお二方がおいででしたら、もう少し状況が把握できていたのかもしれません」
「そうだ! ユマノヴァ様はこんな非常時にどこに行ったんだ? これだけ混乱が生じているのもユマノヴァ様の所為ではありませんか。いつも大事な所で姿を消すのだから」
宰相の言葉に、それまで黙っていた重鎮の一人が声を荒げた。
「先程宰相も言われていたが、ジュメルバ卿の失脚にも一役買っていたとか。あの王子は本当にフラフラと、揉め事ばかり引き寄せる」
「どうせ今頃、女でも追いかけているのだろう。国の大事に女の事しか頭にないような者が王子だなんて、本当に情けない。少しは兄上を見習ってだな……」
高位貴族の男性から、この場にいないユマノヴァを非難する言葉が飛び交う。
――なんだ、これは?
意味が分からない。どうして突然ユマノヴァが非難されなければならないのだ?
今話していたのは、母上率いる女性達からこの場にいる男性達が何をしていたかという事ではなかったのか? それがどういう訳か矛先がユマノヴァ一人に向かっている。
私は眉間に皺を寄せながらも、ふと気が付く。ああ、そうか。自分達の分が悪いととり、責任をユマノヴァ一人に押し付けようとしているのだな。
この光景は昔から何度も見ている。そのたびにユマノヴァはヘラリと笑い、その場を流す。
ユマノヴァは滅多な事では怒らない。
だから彼を悪く言っても、誰も非難しない。王も私も〔どうしようもないユマノヴァ〕を見ているだけだった。
ユマノヴァなら許されると、誰もが本気でそう思っているのだ。
……なんて浅はかな奴らだろう。そして愚かな自分が情けない。
私は首を振り、周囲の様子を見定める。このようなふざけた状況を、皆が受け入れているのだろうかと。
まず目に入ったのは、父王の姿だった。父王は目を細めたまま、母上とマルチーノ様を見つめているだけで、男性貴族を窘めるつもりはないようだ。いや、周りの会話が全く耳に入っていないのかもしれない。
次にブライアンとシフォンヌ嬢、イルミーゼは怒りでブルブルと体を震わせている。いや、三人だけではない。母上はじめ女性達も、同様に怒りで顔を険しくさせている。
教皇様率いる教会の関係者は、この光景に唖然としているが、教皇様お一人がニヤニヤと笑っているのが引っかかる。確か彼はユマノヴァと懇意にしていたはずだが。
誰が敵で、誰が味方か。そんな事に気を向けていた私の耳に、許されない言葉が入ってきた。
「どうせ軟弱なユマノヴァ様の事です。女の尻に敷かれながら、ブルブルとどこかで隠れているのですよ。魔獣が怖いと泣きながらね」
「「「「「ふざけるな!」」」」」
私の怒鳴り声は、数十人の声と重なった。
私、イルミーゼ、ブライアン、シフォンヌ嬢は、ユマノヴァの味方だから当たり前かもしれないが、母上やマルチーノ様、女性陣全ての声だったのは驚いた。
まあ、この部屋に乱入してきた時点でおとなしい女性像からは逸脱していたが、まさかこのような言葉で大声を張り上げるなど、誰が予想出来ただろうか。
今までユマノヴァの悪口で盛り上がっていた男性貴族も、そのような女性達の姿に我が目を疑っている。
パチパチと必要以上に瞬いている者が多数。目を大きく見開いたまま、瞬きしない者もいる。私は二度見してしまった。
「貴方達のような無能が、私の大切なユマを馬鹿にするのは許しません!」
「ユマノヴァ様は私にとっても大切な息子。あれほど素晴らしい子はどこを探してもいませんわ」
「貴方達などにユマノヴァ様の優秀さが分かって堪るものですか」
「ユマノヴァ殿下は、信じられないくらいお心が広いのです。お優しいのです。そんな事も分からないのですか?」
「貴方方が今おっしゃっていたのは、不敬罪で捕まっても文句は言えない言葉なのですよ。それが今まで許されていた理由を考えるべきですわね」
「どうして我が国に他国からの間諜が少ないのか、考えた事はないのですか? それをユマノヴァ様がお一人で処理されていた。なんて、そんな事も夢にも思わないのでしょうね」
「待て!」
母上、マルチーノ様に続いて早口でまくし立てていく女性達から、私でさえ聞き捨てならない言葉を聞いた。
重鎮達も目を見張り、先程まで話を聞いていなかった父王までこちらを凝視している。
思わず止めてしまった私に、皆の視線が集まる。
「ユマノヴァが、間諜を一人で処理していただって? どうしてそれを君が知っているんだ?」
「私からお話しいたしましょう。レナニーノ様」
ずいっと前に出てきたのは、マルチーノ様。
私はこの数日でユマノヴァを誤解していた事を反省し、認め合う仲になったと思っていたのだが、まだ私の知らないユマノヴァがいた事に少なからずも動揺する。
私の弟はどこまで規格外なのか。
マルチーノ様の説明をちゃんと聞こうと思った。私でさえ彼女とは初対面に近い存在なのに、弟のユマノヴァが彼女には我が子と同様と認識されている。
ユマノヴァはいつからどんな事を考えて、どのように動いていたのだろう。




