魔獣退治中なのに、新たな問題ですか?
いやあ、楽しいな。
沢山の妖精に力を与えられた時は一瞬苦しくなって、分かりやすく言うとお腹いっぱいで破裂しそうって感じだったんだけど、アリのもとに行く為に空を飛んだらいい感じに減って、今は凄く体になじんでいる。
アリも一緒なのか、俺と手を繋ぎながら空を飛んでいる姿はとても自然だ。
「体が軽いね」
「はい、すっごく楽です。私こんなに体が軽く感じられたのは初めてです」
そう言ってアリはとても嬉しそうに笑う。
そうか。アリは今まで妖精に力をもらっても人の目を気にして、十分に力を放出する事が出来なかったんだ。今俺とこうしている間も力を使っているこの現状は、おもいっきり運動して体を発散させている状態なのかもしれないな。
「俺の力は今だけ妖精から与えられているもので、いつなくなるか分からないけれど、俺達はこれからもずっと一緒にいるんだ。人の目なんて気にしなくていいよ。体が楽になるように力を放出していいからね。ちゃんと俺が守ってあげるから」
「ユマ様……」
俺の言葉に感動してくれたのか、アリが俺を涙目で見つめる。うわぁ、可愛い。
つい二人で見つめ合っていると、下から地響きが聞こえてきた。
王都付近に集まっていた魔獣の足跡を見ると、それは四方八方へと散らばっているようだ。
ここへ来る時は仲良く一緒に集まって来ていたくせに、逃げる時はバラバラかよ。まとまってくれていたら楽だったのにと溜息が出るが、魔獣にこちらの都合など関係ない。
俺達は多くの足跡がある方にまずは向かって、退治していく事にした。
「被害が出る前に食い止めましょうね。私、頑張ります」
「無理しなくていいからね。俺もいるんだし」
「はい。ユマ様が一緒だから怖くても頑張れるんです。私ユマ様を信じていますから、ユマ様に力を委ねますね」
あああ、一々言う事が可愛い。
身悶えながらも、俺達は最初の群れを発見した。幸い辺りは何もない平地。
「じゃあ、一緒にやろうか。行くよ、アリ」
「はい」
「せえの……」
「魔獣は食い止められたのか、レナニーノ」
城に戻った私はイルミーゼとブライアン、シフォンヌ嬢を連れて国王のもとへと向かった。
とにかく一度も報告をしていなかった為かなりご立腹だろうと足を向けたのだが、そこには重鎮達の他に高位貴族の男性達とウルト教会の教皇様に枢機卿達、さらに王妃様の姿もあった。
教皇様には城に避難してもらっていた為、王と一緒にいるのも分かるのだが、王妃様までいるのは不思議だった。
父上は、母上を愛してはいるが以前の私同様、女性を下に見ている節がある。
政の場で女性の姿を見た事は一度だってない。それなのにこのような緊迫した場に母上を伴っている姿は初めてだった。
「レナニーノ、怪我はない? ブライアンもシフォンヌ嬢も。ああ、聖女様もお辛い所はありませんか?」
母上が国王の話を遮って、私のもとへと駆け寄って来た。
あのおとなしい母上が、国王の前に出てきたのである。私は初めて見るそんな母上の姿に困惑しながらも、体中を触る母上に「戻って来たばかりなので身支度も出来ていません。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。あまり触らない方がよろしいですよ。お手が汚れてしまいます」と言った。
すると母上は美しい眉を吊り上げ、今度はギュッと抱きしめてきたのである。
えええええ~、と私は中半混乱する。母上に抱きしめられるなんて、子供の頃の記憶にさえない。父上が自分以外の者を母上に寄せ付けるのを許さなかったのだ。それは我が子も同じ。
その母上に私は今、抱きしめられている。
「は、母上?」
「どこも見苦しい所などありません。貴方は命を懸けて戦っていたのです。勇敢な我が子に感謝こそすれ、忌避する事などどこにありましょうか。ブライアン、貴方もです。本当に良く無事に戻ってくれました。ああ、聖女様、シフォンヌ様。貴方達も女の身で魔獣の群れと対峙するなんて、怖かったでしょうに。本当にありがとう」
母上はそう言って、国王や重鎮達を無視して私達一人ずつを抱きしめた。
「フェルシア、何をやっている。離れろ!」
父王が我慢出来ないというように怒鳴りつける。
その怒声にその場にいた者、皆が体を震わす。それ程の迫力がこの父王にはあるのだ。私も父王の怒声を聞くと、無意識に体が委縮してしまう。
そういえばユマノヴァだけは平気だったなと、場違いながらもそんな事を思い出す。あいつは幼い頃から父王に怒鳴られていたが、怖がっている姿を見た事がない。いつも平然とかわしていた。
怖くなかったのだろうかと考えていたら、目の前の母上がクルリと父王に向き直った。
そのまま父王のそばへと行くのだろうと思ったのだが、何故か母上は私達を父王から庇うように立ちはだかった。
「命を懸けて戦ってきた子供達を労わって、何がいけないと言うのです。貴方はまだ国王という立場で引退したわけではないのです。それを優秀だからといって我が子に全部押し付けて、何が武力に秀でた国ですか。こんな時こそ、いつも偉そうにしていた大人の男達の出番ではなかったのですか。どうして前線でレナニーノや聖女様という年若い者達だけが戦ったのです。納得出来ません」
そう言って国王や重鎮、この場に集まっていた政を担う高位貴族の男達を睨みつける。
いつもおとなしい母上のそんな姿に、父上の怒声よりも驚く。
一体どうなされたのだ、母上は?
そしてその声に導かれたかのように、バンッと扉が開かれた。ドッとなだれ込むように入って来たのは数十人の女性達。高位貴族の女性から城の侍女達もいる。
男達から女性の名前があがる。それぞれの奥方や娘達だろうか?
その中の一人がずいっと前に出る。
「恐れながら確認させていただきとうございます。今回魔獣の群れが王都に現れたという情報はレナニーノ様から報告され、その後の処理も彼ら年若い者達が一丸となって行動したと聞き及んでおります。情報が混乱して、まだ具体的には分からない事も多数ありますでしょうが、私達が聞きたいのは一つだけ。この間、貴方方お偉方は何をしていたのかという事ですわ」
はっきりと告げる彼女の顔に見覚えがある。
母上を王妃にする為、側室の身分に落とされた小国の王女、マルチーノ様だ。
彼女は側室に落とされた後、ほとんど人前に出る事がなかった。王妃の母でさえ、公務以外では滅多に人に会う事を許されなかったのだ。側室の彼女なら尚更、城の奥へと隠されていたのだろう。
私も幼い頃に数回会っただけの方だ。正直、顔もおぼろげだった。が芯の強そうな美しい方であった事だけは覚えている。そして今もアッシュグレーの髪をまとめて結い上げている姿に、本質は変わっていない事が想像出来る。
「先程、王妃様がおっしゃられていたように私も真の危機が迫った時は貴方様方が守ってくださると信じていたからこそ、理不尽な仕打ちにも従ってきたのです。それがこの状況。どのようなお考えで何をされていたのか、私共女性にも分かるようにご説明願いますでしょうか? 様子を見ていただの子供達を信じていただのという戯言は聞きたくありません。明確に納得させていただけるご説明をお願いいたします」
凛とした声で言い切るマルチーノ様の横に、いつの間にか王妃の母が寄り添い、押しかけた女性達が後ろに並ぶ。
これは、一体……。
私とイルミーゼ、ブライアンとシフォンヌ嬢はその様子に唖然とするしかなかった。
「控えろ! これは政だ。女が口出す事ではないわ」
父王が、顔を真っ赤にしながら怒鳴りつける。が母上とマルチーノ様がもう一歩前に出る。
「私達は、皆様のお考えを教えてほしいとお願いしているだけです。怒鳴れば下がると思ってらっしゃるのなら大間違いですわよ」
「何も難しい事を聞いてはおりません。何度も申し上げております通り、レナニーノ様はじめ年若い者達だけを魔獣に向かわせた意図をお教えくださいと言っているだけです」
母上とマルチーノ様に口答えされたのは、父王にとって初めての経験なのだろう。大きく目を見開き、そのまま固まってしまった。




