とっても楽しそう
ブライアン様の大きな背中に守られて、魔獣との戦いの場にいた私の目に眩い光が差し込んだ。
一瞬、聖女が再度力を使えるようになったのかと思ったのだが、それにしては光の量が先程とは違う。
いつの間にか魔獣の中心で戦うレナニーノ様と距離があいてしまったのは、痛恨の極み。
私には何も出来ない。ブライアン様にただ守られているだけ。
気が付けば私達は、魔獣の群れの端に位置していたのだ。
それでも必死で目を凝らしていた。いま、皆はどこにいるのか? ブライアン様の仲間は? レナニーノ様と聖女様は? アリとユマノヴァ様は来てくれただろうかと。
そうして捉えた先程の光。余りの眩しさに、近くで戦っていた者達も目を眇めている。
光の方から魔獣の気配が消えていく。
残った魔獣も光から逃れるように、王都から離れて行こうとする。
アリとユマノヴァ様がいる!
ブライアン様も見つけたのか、私と目を合わすと私の手を引っ張って光へと走り出す。
必死で魔獣の横を通り過ぎ、瓦礫を避けて辿り着いた先には、レナニーノ様の腕に光を押し付けているユマノヴァ様。そして彼の服の裾を握りしめる少女の姿が目に入る。
「アリ!」
私の叫びに彼女は振り向く。そして場違いなほど明るく、可愛い笑顔で私の名を呼ぶ親友。
「シフォンヌ!」
私はブライアン様の手を解き、アリへと飛びつく。
「アリ、アリ、無事ね。どこも怪我はしてないよね」
「シフォンヌの方こそ怪我はない? 樽に押し込まれてたんでしょ。酷い目にあったね。でもこんな所まで来て、そんなにブライアン様が心配だったのね」
拍子抜けしてこけそうになる。アリの素っ頓狂な言葉に乱れていた気持ちも落ちついていく。私がしっかりしなければと。
「馬鹿ね。心配していたのは貴方の事よ。ブライアン様はお強いから大丈夫なの」
私がそう言うと、アリはキョトンとした表情の後、えへへと笑う。
「私にはユマノヴァ様もティン達妖精もいるから大丈夫だよ。最強の面子だもの。でも、ありがとう。シフォンヌにそんなに心配してもらって申し訳ない気持ちもあるけど、嬉しい気持ちが勝っちゃう」
へにょ~っと笑うアリの笑顔に泣きたくなる。ああ、もう、本当にこの子は。
「シフォンヌ嬢、ブライアンのそばにいてくれてありがとう。君がいたならこいつも無茶はしていないだろう」
ユマノヴァ様がレナニーノ様から離れて、私に労いの言葉をかけてくれる。こういうそつのないところが、女好きだと言われちゃうんだろうな。
「その言葉そっくりそのまま返しますよ。ここまで来るのに無茶はしていないでしょうね。アリテリア様が一緒なのですから、暴走はしないでくださいよ」
ブライアン様がムッとしたような表情でユマノヴァ様に注意する。でも心なしか肩の力が抜けているようにも見える。
ユマノヴァ様がいない間、彼はやはり緊張していたのだろう。
「する訳ないだろう。愛しい姫を奪還するのに、華麗に優雅にお助けしたさ。因みに最愛の姫と心も通わせられた。今の俺は多分、最強?」
フフンと何故か得意気に言うユマノヴァ様に、胡乱な目つきになってしまう。
「なんで疑問形? ていうか、心も通わせられたって?」
「告白したぞ。アリは俺の。二度と離さないって誓った」
「え、誓いましたっけ?」
ユマノヴァ様の一人芝居にアリが小首を傾げている。アリ、そこは空気読もうよ。でもそんなアリも可愛いのか、ユマノヴァ様は満面の笑みでアリの手を握る。
「心の中で誓った。だって、どんな事があろうと婚約破棄はしないだろう」
「フフ、はい、そうですね。婚約破棄は絶対にしません」
ニッコリと笑うアリに、ユマノヴァ様はニコニコと本当に嬉しそうな顔をしている。本気なのが伝わって来る。
ああ、ユマノヴァ様は本当にアリの事を大事に想ってくれているんだ。良かったね、アリ。ユマノヴァ様ならアリを預けられると涙ぐみそうになった瞬間、私の愛しい人が場を壊す。
「婚約破棄はしなくても、離婚はありですか?」
ブライアン様が素朴な疑問としてなげかける。ああ、うん、ブライアン様が真面目なのは分かっているけれど、それは揚げ足というかなんというか……。
「非道、外道。最低な男がここにいる。だから二度と離さないって言っているだろう。死ぬまでアリのそばにいる事を誓います」
ここで新たにユマノヴァ様が宣誓してくれた。アリはとっても嬉しそうに笑っている。
親友としては二人が幸せならそれでいいわ。
「ところで、魔獣はどうなった? まだいるのか?」
ユマノヴァ様が、突然真面目な顔つきに変わった。この人のこういうところはついて行けないなと思ったが、周りはどうやら違うようですぐにブライアン様が返答する。
アリも当然の事ながら、レナニーノ様も聖女様も真面目な顔で現状を話し合う。
私も早く慣れなければいけないなと密かに思った。
「王都に入ってしまった魔獣は、先程ユマノヴァ達の光で消滅した」
「私達は王都との境にいたのですが、数匹光から逃れて王都より離れて行ったようです」
「まずいな。王都周辺の民は避難しているだろうが、各村には避難命令は出ていないだろう。興奮している魔獣が村を破壊して回ったら被害は尋常な数ではない」
「ユマノヴァ様、行きましょう。二人ならあっという間ですよ。だって最強なんでしょう?」
「うん、最強。じゃあ、行こうか」
「待ちなさい」
真面目な話をしていたはずなのに、アリの一言でユマノヴァ様がへにょりと相好を崩して、二人手を繋いで空に飛び立とうとしている。
これは、想像していた通り二人の恋愛モードが能天気な遊び心へと繋がってしまった。
二人の進行を止める私に、アリは不思議な顔をする。
「どうしたの、シフォンヌ?」
「どうしたのじゃないわ。今の光だけ放つなら魔獣だけに効くからいいけど、間違っても違う妖精の力は使わないでね」
「どうして?」
「どうしてじゃないの。火の妖精の力を使ったら火事になっちゃうし、風の妖精の力を使ったら家が吹っ飛んじゃう。水の妖精の力なら洪水のようなものになってしまうだろうし、闇の妖精は……て、とにかく、今の二人は力が有り余っている状態よ。どんなにコントロールしても思った以上の力が出るはず。そうなれば魔獣とは違う被害が出てしまう。そこのところをちゃんと考えてほしいの」
そう言うと、アリは目を大きく見開いている。考えてなかったわね、この子。
私が胡乱な目つきでアリを見ていると、隣でクスッと笑う声が聞こえた。
「大丈夫だよ、シフォンヌ嬢。ここに来る間もアリは上手くコントロールして俺をここまで導いてくれたんだ。それに村に被害をもたらすのも、この国の王子としてありえない。恋愛モードで浮かれている俺でも自制はきくから。そこは信じてもらえると嬉しいな」
それは初めて聞くユマノヴァ様の王子としての発言。やはりユマノヴァ様は王子様だ。ちゃんと国の事を考えてくれている。
「だけど、止めてくれた事には感謝するよ。あのまま行けば確かに、多かれ少なかれ違う妖精の力を使ってしまったかもしれないからね」
そう言ってユマノヴァ様は笑う。私は自分の顔が赤くなるのが分かった。以前ブライアン様から聞いた言葉を思い出す。
『王妃様はユマ様に甘えている』
確か王様もレナニーノ様も元婚約者のディリア様も皆、ユマノヴァ様に甘えているのだ。
私はユマノヴァ様を見上げる。
「ユマノヴァ様の一番はアリテリア様ですよね。他の方を甘えさせるのもよろしいですが、これからはその優しさは全てアリテリア様に向けてくださいませ。お願いいたします」
私からいきなりそんな事を言われたユマノヴァ様は、驚いた表情をなされている。そして「俺は、誰を甘えさせているんだ?」と呟いている。分かっていたけど、どうやら本当に自覚がないようだ。
「シフォンヌ~、私他の妖精の力使わないよ。約束する。だからもう行っていい? ちょっと時間が……」
アリがもじもじと魔獣の進行具合を気にする。ああ、そうね。今はそんな事話している場合ではなかったわね。
「申し訳ありません。進行の妨げをいたしました。ユマノヴァ様、くれぐれもアリテリア様をよろしくお願いいたします。ご無事なお帰りをお待ちしております」
そう言って深々と頭を下げると、アリが私に抱きついてきた。
「うん、行ってくるね」
「アリの事は任せて」
ユマノヴァ様がそう言うと、アリは私から離れてユマノヴァ様と手を繋ぐ。そうして空を見上げるとふわっと浮かび上がった。
「イルミーゼ様、パッションの力が戻ったようだよ。力をもらって待機しておいて。兄上、ブライアン、シフォンヌ嬢、ちょっと行ってくる。王都は任せたよ」
私達が頷くのと同時に、二人はあっという間に姿が見えなくなる。アリが飛んでいるのなんて初めて見た。
怖くないのかしらと姿が見えなくなった空を見上げていると、ブライアン様が「もうアリテリア様一人の力ではなくなりましたね」と微笑んだ。
長年、妖精の力を使うアリは隠れるようにひっそりと、その力を放出していた。まるで悪い事をしているかのように、人の目を避け、びくびくしながら過ごしていたのだ。
私は光が見えるだけで力を使う事は出来ない。本当の意味でアリの助けにはなれなかったのだ。
だけど今、ユマノヴァ様と同じ力を使って生き生きと飛び出すアリを見て、私はやっと彼女は救われたのだと確信した。
ふと気が付くと、聖女様が一緒に空を見上げている。その横にはレナニーノ様の姿もある。
「私もこの力で聖女だなんだと言われて捕まっちゃったけど、あそこまでの力は使えない。彼女はこんな力を長年一人でため込んでいたのなら、本当に辛かったでしょうね。でもユマノヴァ様と会えて、あんなに元気に空を飛んでいくのなら良かったねって思ったわ。私もパッション以外の妖精に力をもらえるよう頼んでみようかしら」
「君達が羨ましいよ。私は妖精の存在を感じる事も出来ない。傷を治してくれた妖精に直接礼を言う事も出来ないんだ」
聖女様が他の妖精の力も欲しいと言うと、横でレナニーノ様が苦笑する。
そうか、今ここで全く妖精の存在を感じられないのはレナニーノ様ただ一人なんだ。
アリとユマノヴァ様、聖女様とブライアン様までが妖精の姿を普通に見ているので、私だけが光だけしか見えないとちょっと寂しい思いをしていた。その光さえ普通は見られないというのに。
「大丈夫ですよ。ちゃんとそばで聞いていますから。それにユマ様が連れていた妖精なのでしょう。そんなこと気にするような子は連れ歩きませんよ」
ブライアン様が慰めるようにレナニーノ様に声をかける。
「ハハ、そうか。それなら良かった。だが、しかし……」
そう言って、レナニーノ様は言葉を切る。
三人で「?」と首を傾げると、レナニーノ様が苦笑する。
「二人が惜しげもなく使っている力、沢山の人に見られているけど、どう城に報告しようか?」
「「「あ」」」
三人の声が重なった。




