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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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頼もしい私の弟

「イルミーゼ、前に出過ぎだ。もう少し下がれ!」

「いえ、私が先に出て魔獣を少しでも減らします」

「駄目だ、危ない。連続で力は使えないのだろう。すぐに違う魔獣が来たらどうするつもりだ」

「それは……」

「いいから下がれ。魔獣とはもう少し距離がある。作戦を練ろう」

 イルミーゼの肩を掴み、シフォンヌ嬢へと託す。彼女が飛び出さないように見張ってくれと頼みながら。

 私達は今、魔獣の群れの姿を目視出来る位置にいる。先程から地響きが起きている。魔獣の足音だろう。王都に入るのも時間の問題だ。

「周辺の者の避難は無事にすみました。教会の避難も進んでいる模様です。残るはここにいる者のみ」

 城から戻って来た騎士が、私の元に報告にやって来る。私は彼を見ながら怪訝な表情で問う。

「王の討伐隊はどうした?」

 王の討伐隊とは、国王を筆頭に高位貴族の親世代で固めた魔獣を討伐する隊である。私やユマノヴァの同年代で固めた隊とは別物である。

 最近は私やユマノヴァが出る事がほとんどで、半分は隠居したような隊ではあるが、このような非常時には流石に前線へ出てくれると思っていたのだが、姿は一向に見えない。

「魔獣の群れを確認出来た今、やっと動き出したようです。それまでレナニーノ様の言伝は直接王への報告ではない為、信憑性にかけると言われて様子を見ていたようです」

「くっ、執務がまともに出来ないのなら、せめて迅速に行動してくれたらよいものを。それで信者達の保護はちゃんと出来ているのか?」

 今頃動き出しても遅い。言伝を聞いた時点で情報を集め確認すればいいものを、普段から私やユマノヴァに頼りすぎる高位貴族の脳筋達にほとほと呆れる。

 避難は出来ていると言ったが、教会の信者達の避難先として城を指示したのだが、その対応もちゃんと出来ているのか不安になった。今頃動いているようでは、城の前に人が溢れているのではないのか?

「それは宰相が動いてくれていたようで。城の受け入れ態勢はどうにか問題なく」

 ひとまず安心した。流石、頭を使って王の補助をしてくれている御仁だ。口だけの高位貴族とは違う。

「よし、では作戦を……と思うが、この数の魔獣など誰も相手にした事はない。私とイルミーゼが正面から出て、その脇を弓部隊が一斉に矢を放つ。左右から他部隊が挟んで攻撃を仕掛ける。くらいしか思いつかないのだ。だから、他にいい案があれば申し出てくれないだろうか」

 ここにいるのは私の隊とユマノヴァの隊。今はユマノヴァが不在だから、ブライアンに率いてもらっている。

 私は作戦を立てるが、正直この案が正しいのかどうか分からない。

 これだけの魔獣を相手にした事がないのだ。どのような作戦を立てても皆が無事でいられるかどうか判断出来ない。ここにはユマノヴァの隊がいる。彼ならどんな対策を立てるだろうか? 私は素直に他に妙案があれば聞きたいと皆に問う。

 私の矜持だけでここにいる皆を、危険にさらすわけにはいかないのだ。

 私が顔を上げると、皆は頷いてくれる。

「それでよいかと」

「レナニーノ様に従います」

 私の陳腐な作戦に皆が賛同してくれる。ああ、ユマノヴァが言っていた事はこういう事かと改めて思う。

 私一人で物事を決めるのではなく、皆の意見も聞いてみる。結局自分の意見を取り入れたとしても、皆の賛同で結論付けたものは何倍もの自信につながる。

 自分の弱さを認め、ユマノヴァと和解した今、彼の言葉は私の行動一つ一つを変えていく。

 今まで見えなかったものが、どんどん開けていく感じだ。

「私が先陣を切ります。力を使った後、すぐにレナニーノ様に後をお任せしますので、ちゃんと助けてくださいね。今まで私は一対一で魔獣と対峙していました。私の一回の力でどれほど効果があるか分かりませんが、私は一人ではないのですよね」

 そう言うイルミーゼの手は震えている。こんな状態でそれでも先陣を切ると言う彼女は、私を信頼してくれているのだと、私は彼女の震える手を握りしめる。

「もちろんだ。私の力の全てをもって君を守ると誓う」

 握り返してきたイルミーゼの手は、もう震えてはいなかった。

 ドドドっと爆音を立てる地響きは、激しさを増している。

「では、行くぞ。決して無駄に命を捨てるんじゃないぞ」

 おおー! っと天高く腕を上げた騎士達は、魔獣の群れに向かって行く。

 先陣を切る私とイルミーゼは、隣に並び突き進む。

 魔獣との長い戦いが始まった。



 イルミーゼの光で最初の二頭が消滅した。続いて私の剣と弓部隊の矢で三頭を倒し、続く別部隊が左右からの奇襲により二頭を倒した。

 それから次の魔獣が倒れない。聖女の力はやはりすぐには回復出来なかった。彼女に力を与えている妖精のパッションも、これ以上は力を与える事は出来ないそうだ。

 他の妖精に力をもらっても、イルミーゼの体にはそれ以上は受け付けられないらしい。次々と与えられるがままに吸収したユマノヴァは、やはり規格外なのだろう。

 傷付き倒れる者はいるが、死者はまだ出ていない。だがこのままでは一頭・二頭を倒したところで、こちらが全滅してしまうかもしれない。

 ふと空が暗くなる。私が空を見上げると、魔獣の足が私とイルミーゼの頭上に掲げられる。

 私は咄嗟にイルミーゼを抱きしめ横に転がる。

 ずうぅん、と魔獣の重くて大きな足が、今まで私達がいた地面を踏みしめ足跡を残す。

 はあ、はあと息を吐きながら、私は続いて来るであろう魔獣の攻撃に神経を集中させる。

 イルミーゼも私の邪魔にならないようにと自ら起き上がり、後ろに下がる。私は渾身の力で剣を魔獣に振り下ろす。

 剣は魔獣の尾を切り落とした。痛みに荒れ狂う魔獣。そうして私とイルミーゼの目の前には再び魔獣の足が……。

 ピカッ!

 イルミーゼの光と同様、いや、それ以上の眩い光が辺りを照らした。

 余りの眩さに、目をあけてはいられない。

「兄上、無事ですね」

 光がおさまりかけた時、頭上から聞きなれた声がした。

 幼い頃から勝手にライバル視していた弟。お調子者で女好きだろうと周りに思い込ませて、王位争いから身を引いていた弟。本当は誰よりも優秀で、頼もしい弟。私の考えを真っ向から変えてくれた、私の弟の声が、今光と共に頭上から聞こえたのだ。

 私は顔を上げ光で目をあけられないまま、弟の名前を呼ぶ。

「ユマノヴァ!」

「お疲れさまです。後は任せてください。アリと二人で引き受けます」

 いつもの調子で声をかけてくる弟に、私は場違いながら声を上げて笑ってしまった。

「ハハハ、無事愛しい姫を奪還出来たのだな。では力も有り余っている事だろう。後は任せたよ」

「はい。お任せを」

 そう言って、再び強い光が辺りを照らす。

 ユマノヴァに沢山の妖精が力を与えた。

 その中にはイルミーゼのパッションと同じ、光の妖精も複数含まれているのだろう。そしてアリテリア嬢にも普段から数人の妖精が力を与えていたようだ。

 一人の妖精の力だけでイルミーゼは魔獣を二頭倒した。ならばそれを超える二人の力では……。

 そんな事を考えているうちに、光がおさまってきたようだ。

 恐る恐る目を開く。

 そうして次に私が見た光景は……中央に降りたつ二人の天使。もとい、二人の人間。

 ユマノヴァとアリテリア嬢だ。

 二人は手を繋ぎながらゆっくりと地に降り立つ。

 周りには先程までいたはずの魔獣が、一頭と残らずに消滅してしまっていた。

 魔獣に破壊された町の瓦礫だけが、そこに今まで魔獣がいた事を表している。

「アリテリア様~~~~~」

 私の手を振りほどき、二人に駆け寄ったのはイルミーゼ。

 ガバッとアリテリア嬢に抱きついたかと思うと「良かった~、無事で。心配したんだよ~」と大泣きしている。

 今の今まで魔獣と対峙していた強気な女性は、迷子になって見つけてもらった幼子のように泣き叫んでいる。

「ありがとうございます。イルミーゼ様。お怪我はありませんか?」

「私は大丈夫。でもレナニーノ様が私を庇って腕に怪我を……」

 一斉にクルリと振り向く三人。私の腕から滴る血を見ている。

 私は片手を上げて、魔獣を一瞬にして消滅させてくれた二人に労いの言葉をかけようとしたが、ユマノヴァが私に両手を差し出してきた。

 手の平を上に向けているので、何かを乗せているようにも見える。

「兄上、私の手の平には妖精がいます。妖精はどの種族でも治癒能力をもっています。患部に体を密着させる事で怪我を直す事が出来るのです。少しの間、動かずにいてもらえますか?」

「え? それは、私の怪我を妖精が治してくれるという事か?」

「ええ。この子は火の妖精ですが、とても良い子ですよ。兄上の腕を見て、自分が治してやると言ってくれたのです」

 ユマノヴァはケロリと言ってのけるが、それはこの世界では大変珍しい事ではないのだろうか?

「私も以前、ティンに直してもらった事があります。痛くも痒くもないですよ」

 そう言うアリテリア嬢はニコニコと笑っている。が何故かユマノヴァの服の裾を握りしめている。

 誘拐されたのが、よっぽど怖かったのだろう。それなのにすぐにこの現状を聞き付け、助けに来てくれた。私は二人に感謝して、妖精に身を任せた。

 何かが触れているという感じもなく、アリテリア嬢の言う通り痛みも何もない。

 気が付けば傷がふさがって、元通りの腕に戻っている。

 流石に破れた服はそのままだが。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  兄さんやはり出来る人だけあって肝もすわってるな。  この兄弟の周辺、結構良い人材居るからこれからこの国黄金期かな。
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