避難させるのも大変だ
逃げろ、逃げろと騒ぎ出し、慌てふためく信者達。
魔獣は私がばらまいた仲間の血の匂いにより、ここへと向かっているようだ。
「ほうら、見ろ。ウルト神様の罰が当たったのだ。教会へ身も心も捧げてきた私にこのような扱いをしたお前達に、ウルト神様は怒りを表されているのだ。教会もこれで終わりだな」
ハハハハハと高笑いする私に、監視していた修道士がオロオロと私を見る。
「ジュ、ジュメルバ卿、貴方をここに閉じ込めたから魔獣はここに向かっているのですか?」
「こ、これは、ウルト神様がお怒りでなされている事なのですか?」
「当たり前ではないか。私が今までお前達を導いてきたからこそ、聖女が現れ教会も守られていたのだ。私を捕まえた途端、このような事がおこった。あきらかにウルト神様の意思と考えるのが当然だろう」
「で、では、今すぐにジュメルバ卿をここから出して……」
私はニヤリと笑う。馬鹿な修道士は私の言葉を信じたようだ。
修道士が部屋の鍵を開けようとした瞬間、少年の声が聞こえた。
それはまだ少し幼さの残る高めの声ではあるが、威厳のあるしっかりとした声音だった。
〔私はキシェリ・ヌー・ウルト。ウルト教会の教皇である!〕
どこから声がするのか、それは教会中に響き渡っているようだった。修道士の二人もその声に耳を傾ける。
鍵を開けようとしていた手は、ダランと下におろされた。
キシェリめ~。
〔魔獣がこの地に向かっている。速やかに避難せよ。避難場所は城だ。第一王子が用意してくれている〕
「城って、王族が我々を助けてくれるというのですか?」
塔の外で信者達の狼狽えた声がする。
「嫌です。ここは我らの大切な場所です。ウルト神様を置いて逃げるなど、出来ません」
「王族など信用出来ない」
「魔獣などここに到着する前に、聖女がやっつけてくれますよ」
わあわあと喚く信者達。
フフフ、本当に馬鹿な者達だ。今まで姿も見た事のない教皇に、いきなり魔獣が来るからここを捨てろと言われても皆が皆、素直に言う事を聞くはずがない。教会本部ならいざ知らず、ここは王都の教会支部。私が操っていた私の場所だ。
私は唖然としている目の前の修道士に声をかける。
「皆の声が聞こえたか? 教皇様の言う事は聞けないと反論しているのだ。これを窘められるのは私しかいない。早くここから出しなさい。私がウルト神様の怒りを鎮め、聖女を魔獣討伐に向かわせ、無事にここを守ってやる」
そう言うと、修道士はお互いに顔を見合わせ外の声を聞く。
まだ鳴りやまない信者達の反対の声。
修道士は意を決したように頷き、鍵を開け簀巻きになっている私に近付く。
そうそう、早くこの情けない状態から私を解放しろ。
そして聖女を魔獣の群れに送る。魔獣が何匹いるか分からないが、私を裏切った罰だ。
イルミーゼには体を張って、魔獣と戦ってもらおう。なあに、イルミーゼがいなくなってもアリテリアがいる。
今回の事で私は理解した。遠慮や体裁など最早無用。どんな手を使ってでも彼女を手に入れてみせる。
簀巻き状態の私の紐を必死で解く修道士を横目に私がほくそ笑んでいると〔ギャーギャーうるせえ!〕とキシェリの怒鳴り声が鼓膜を刺激した。
キーンと皆が耳を両手で押さえている。ああ、私の手はまだ解放されていないから、押さえられなかった。直に響いた。耳が痛い。
〔王族が信じられない? 悪かったな、第二王子は私の親友だ。ウルト神様を置いて逃げる? ここは王都の支部で本部にもウルト神様はいらっしゃる。ここだけが全てではない。聖女がやっつけてくれる? 聖女ってまだ少女だぞ。その少女一人に全てを背負わせるつもりか? そんな非人道的な事を、ウルト神様がお許しになるとでも思っているのか?〕
お前達はそれでもウルト神様に仕える信徒か。と怒りをあらわに淡々と皆の発言を覆すキシェリ。
やはりクソガキだ。本性があらわれている。なんとも酷い言葉遣いだ。これでは皆も教皇から離れるだろう。私は内心、勝利を確信した。
〔ウルト神様を崇め王族を貶すのも構わない。それはお前達の自由だ。だが、今現在お前達の命を守ろうと動いてくれているのは王族だ。古来より王族はどう行動していた? お前達を守って戦いに出ていたのは王族ではなかったのか?〕
そう言うキシェリの言葉にそばにいた修道士は、ハッとしたような表情をした。多分、外の信者達も同じように衝撃を受けているのだろう。
駄目だ。ここで正気に戻られると私は逃げるチャンスを永遠に失う。
修道士に急いで声をかける。
「おい、お前達……」
〔今、第一王子の指揮のもと、城の討伐隊と聖女が力を合わせて魔獣へと立ち向かっている。私の親友、第二王子も向かっているとの情報も入っている。私は彼らに信者達を避難させろと言われた。お前達の命を優先しているのだ〕
キシェリの声と重なって、カッカッカッと複数の足音が塔に響く。
私は身動きの取れない状態で、首だけを回して開いている扉へと目を向ける。現れたのはヘルディン卿と修道士が数名。
〔どうか冷静な判断をしてくれ。ウルト神様はもちろん大事だ。だが自らの命を犠牲にしてまでこの地を守って、それでウルト神様は喜んでくださるのだろうか? 王族に遺恨のある者もいるかもしれない。だが現実に命を張って守ってくれているのは誰かを、権力争いをするうちに忘れるような人間にはならないでほしい〕
ヘルディン卿が修道士に支えられ、立たされた私の目の前で移動を命ずる。
〔命を大事にしてほしい。それが教会と王族の願いだ〕
力の抜ける私の耳に、クソガキキシェリの声だけがいつまでも残った。




