空の散歩はマッハです
俺は、ガバッと目の前で両手を差し出している一人の妖精を鷲掴みにした。
(キャー)
「ユマ様、ユマ様、落ち着いて」
「あ、ああ、ごめ……」
(キャッ、キャッ、キャッ)
(次、ぼく。次、ぼく)
(わたしも、わたしも)
突然荒い行動をして怖がらせたかと謝ろうとしたのだが、妖精達は何故か喜んで歓声を上げ、次は自分だと俺の手をペシペシと叩いている。いや、アトラクションじゃないから。
隣ではアリが苦笑している。いやいや、そんな事はどうでもいい。
「こんな事でいいなら後でいくらでもしてあげるから、ブライアンがなんだって? もう少し詳しく報告してくれるかい?」
(あのね、魔獣がい~っぱい王都に向かっているの。で、皆で止めに行ってるから迎えに来れないんだって。二人は無茶しないように落ち着いて行動してしてください。だって)
(王子の討伐隊と聖女も出るんだって。二人にも来てもらいたいけれど、絶対に無茶だけはしないようにしてください。だって)
(魔獣が止まらずにそのままいけば教会に突っ込んじゃうんだって。教皇様には手紙を送って避難させたから、二人は無茶しないように状況を確認してください。だって)
…………………………………………何故だろう? 最後に絶対無茶するなって言葉が続いているのは。
ブライアンの呆れた顔が目に浮かぶが、これは絶対にブライアン一人の意見じゃないよな。
「大変です、ユマ様。すぐに皆さんと合流しましょう」
アリが妖精の話を聞いて、血相を変えて俺の腕を掴んでくる。
「君は今まで誘拐されて酷い目にあっていたんだ。休まなきゃいけない」
俺は慌てるアリを落ち着かせる。アリは当たり前のように一緒に行く気でいるが、彼女は今まで誘拐されていたのだ。イチャイチャはしても激しい行動はさせられない。そうでなくても、そんな危ない場所に彼女を連れて行くなんて出来るわけない。
俺が拒否すると、アリは大丈夫ですと俺の腕をより強く掴む。
「身の上話を聞いていただけです。それまではずっと寝ていたし、疲れる事なんてしていません。むしろ元気いっぱいです」
「ああ、確かに寝ていたって妖精には聞いたけど、攫われてからずっと? 何日も眠るなんて、一体どんな薬を使ったんだ?」
アリの言葉に驚いてジロリとジャクエルを睨むと「軽い睡眠薬です。まさかあんなに眠るとは、私も想定外でした」と慌てて首を振っている。
「あれ? 薬も使われていたの? お腹殴られて気絶したんじゃなかったっけ?」
「おい!」
聞き捨てならない言葉を聞いた。なんだって? 彼女を殴ったって? 俺は一気にジャクエルに殺意を向ける。
「確かに攫う際、お腹を殴りました。彼女が力を使われていたので、薬を吸わす時間がなかったのです。殴った後、失神しているのは分かったのですが彼女は、その、またすぐに起きそうだったので、念には念を入れてと思い、持っている薬を全部布に含ませて吸わせてしまいました」
おいぃ!
持っていた薬全部って、いったいどれだけの分量があったんだ。そりゃ眠るわって、そんなの人体に影響ないのかよ?
俺はジャクエルに薬の成分を調べる。残っている薬でも使った瓶でもいいから用意しておけと怒鳴る。
もしもアリに後遺症でもあったら許さないからな。
「いえ、それは大丈夫です。本当に軽いものでしたし、分量もさほど問題ありません。ですから私もアリテリア様があれほど眠られた事が不思議でした」
そう説明するジャクエルだが、どうやら嘘は言っていないようだ。一応使った瓶を渡してきたので、奪い取る。城に戻ったら成分だけは調べておこう。
「後でもう一度詳しい話を聞かせてね。俺と離れてからの事、全部」
「はい。ですから私も一緒に連れて行ってくれますよね」
「あ~~~~~」
アリと再会して、嬉しくて愛しくて、ちゃんと詳しい話を聞いていなかった。
アリの体調を気遣いながらも意外と元気なアリに安心して、ついイチャイチャを優先してしまった結果、アリを魔獣退治に連れて行かなくてはいけないようになってしまった。だが素直には頷きにくい。
だって魔獣の群れだよ。いくらアリに力があるといっても、流石に魔獣を生では見た事なんてないはずだ。恐怖で身がすくむアリを無理に引っ張るなんて事、俺に出来るかな?
(ぼく達が案内してあげる)
妖精達はまだ何かの催し物だとでも思っているのか、楽しそうに案内を買って出る。俺は妖精のそんな行動を不思議に思い、彼らにたずねた。
「怖くないの? 君達も魔獣は怖いものだと思っていたけど」
自然界にいる妖精と魔獣。決して交わる存在ではない者同士。
この世界の魔獣には心というものが存在するかどうかは分からないが、少なからず目の前の妖精達には感情というものが存在している。
その上であのように大きく狂暴な物が暴れたら、彼らだって恐怖を感じるだろう。
それなのに今、目の前にいる妖精達は笑いながら俺達に道案内をしてくれると言う。怖い大きな存在のそばに一緒に行ってくれると言うのだ。
すると妖精達は俺の肩にいる火の妖精とアリの肩にいるティンと目を合わせ、に~っこりと笑う。
(最初は怖かった。でも二人に会えたら楽しそうだなって思っちゃった)
(二人の中に仲間の力がいっぱい入っているのが見えたら安心しちゃった)
(ぼく達の力もあげるよ。そしたら絶対に倒せるでしょう)
そう言う妖精達に、アリは「皆……」と感動して目を潤ませている。
妖精は良い子!
俺の中で妖精の株は急上昇。よぅし、皆まとめて面倒みてやる。
俺はアリの両肩を掴んで、目を合わせる。
「絶対に守る。だから一緒に来てほしい。アリの力が必要だ」
「はい、もちろんです。置いてきぼりは嫌です」
俺とアリは頷きあいながらしっかりと手を絡ませ、窓に近付く。
「あ、あの、何かあったのかは分かりませんが、緊急事態なのは理解しました。私はここでお待ちしております」
ジャクエルには妖精の声も姿も分からない。だが俺達がいなくなる事は察知して、自分は逃げも隠れもしないから、ちゃんと捕まえに来てくれと言ってくる。全く真面目な奴だな。
「後で兵を来させるが、ただ今の状況ですぐに動けるかどうかは分からない。食料はちゃんとあるのか? なければ逃げても構わないぞ」
俺がそう言うと、ジャクエルは「犯罪者にそんな心配してどうするんですか」と苦笑した。
「大丈夫です。私はユマノヴァ様に罰せられたいので、ちゃんとこちらでお待ちしております。それよりも危ない場所に行かれるのですよね。どうかお気をつけて」
「アリを攫った張本人が言う言葉かよ」
「そうですね、確かに手荒な事をしたのは謝罪します。アリテリア様、落ち着いたら私に仕返しをしてくださいね。お待ちしております」
「手が痛くなるから嫌です。ユマ様にお任せします。まだお腹ジクジクするんですからね」
「よし、絶対ここで待ってろ。俺が倍にして返してやる」
「はい、必ず殴りに来てください」
殴られる為に待ってると言うジャクエルに「お前はマゾかよ」とつい言ってしまったが、二人は「マゾ?」と首を傾げた。うんうん、君達は知らなくていい言葉だよ。
俺はもう一度アリの手をしっかりと握る。どさくさに紛れて恋人つなぎをしてみたら、アリはギュッと握り返してくれた。ああ、もう一々やる事が可愛い。
俺はアリと窓に近付くと、窓枠に座り込む。白み始めた美しい空を見上げる。
アリにも同じように座らせると「怖くない?」と聞いてみた。アリは「ユマ様と一緒だもの」とにっこりと笑う。うん、この信頼は絶対に壊してはいけない。
俺は行くよと合図を送り、アリと共に窓の外へと身を投げ出した。
下は崖。
そのまま落下しながら、力を放出する。
俺が一気に放出した為、ブワッと上昇してしまったが、それをアリが上手くコントロールしてフワリフワリと浮遊状態にしてくれた。
「流石アリ。慣れてるね」
「コントロールはお任せください。ユマ様は力を放出してくだされば大丈夫です」
(俺も助けてやるからガンバレ)
火の妖精が俺の肩をバシバシと叩く。ティンもアリの肩でコクリと頷いている。道案内をしてくれる妖精もニコニコと笑っている。
俺は空中でアリの肩を抱きしめ、一気に力を放出する。
ゴオッとありえない速さで進む俺達。
おおお~~~、これは、昔からよくあるアニメの〇〇〇〇マンみたいだな。
かなりの速さなのに息が苦しくないのが凄い。これもアリが上手く調整してくれているみたいだ。
あっという間にカズーラ領が見えなくなる。
ジャクエル・カエン、お前は皆を利用し、アリを酷い目にあわせた。お前の復讐心は傷付かなくてもいい者をも巻き込んだ。決して許されるものではない。
だが、全てを諦めたお前には罰を与えるだけではいけない。
ちゃんと自分がやらかした現実を、その目にハッキリと見せてやる。
その上でお前は何を考えるのか。
待ってろ、魔獣を討伐したら絶対にお前を捕まえに行くからな。
俺は魔獣が溢れている場所へと、アリと共に飛んでいくのだった。




