え、可愛いんだけど
仔犬の声にならない悲鳴を聞いて、見つめ合っていたブライアンと少女は、現実に戻ったように俺達のそばに駆け寄って来た。
「アリ、どうしたの?」
「シ、シフォンヌ~」
「ユマ、一体何をしたんですか?」
「男装が可愛いなと思っただけだけど?」
…………………………。
「改めてご挨拶させていただきます。彼女はアリテリア・ホワント。ホワント伯爵家の令嬢です。私はアリテリア様に仕えさせていただいておりますシフォンヌ・イーブス。イーブス子爵家の娘です。本日はアリテリア様とお忍びで城下町に遊びに来ていたのですが、ゴロツキに絡まれてしまって。本当に危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
男装がバレてパニックをおこす二人に、俺達はその場で身分を明かした。
信じられないという目をするシフォンヌ嬢にちょっとゾクゾクしながらも、俺は場所移動を提案させてもらう。でかくてむさい男達が転がっている横では落ち着いて話す事も出来ないだろうと言うと、チラリとゴロツキに目を向けた二人は渋々ながらも大人しく近くのカフェまでついて来てくれた。
本当に信じてくれたのかは分からないが、自分は第二王子だと言う俺にまずは挨拶が先だと思ったのか、シフォンヌ嬢がカフェの椅子に座るなり開口一番先程の自己紹介に入ったのだ。だが結局は、視線はブライアンにある。彼を意識したものだとよく分かる行動に、俺は笑みがこぼれる。
横ではそんな友人に気付かないアリテリア嬢と紹介した男装の少女が、ペコリと頭を下げた。
「謝礼の言葉は先程もいただきました。お気になさらずに」
「ブライアン様」
見つめ合う二人。
話は進まないけど彼らの邪魔をするような野暮な真似はしたくないから、俺はこっそりとアリテリア嬢にメニューを渡す。
「何食べる? ここはチョコレートケーキが美味しいよ」
「え、え? チョコレートケーキ。でも、今私は男装だし……」
「男でもチョコレートケーキぐらい食べるよ。じゃあ俺はイチゴのケーキにしようかな」
「イチゴ。イチゴもいいな」
「じゃあ、半分こにしよう。両方食べられてお腹もいっぱいにならないからお得だよ」
「うん、そうする」
「アリテリア様、いけません」
あ、聞いてた。
俺はジト目で見てくるシフォンヌ嬢に、ブライアンは放っておいていいのかと目配せしようとしたが、ブライアンまで俺をジト目で見ていた。
この二人、似てるかも……。
「ユマノヴァ様、アリテリア様は訳がありまして、かなりの世間知らずです。本日は少しでも見聞を広めるために町にお連れしたのです。ですから間違った男女の距離をお教えになるのは、やめていただけますか?」
「間違った距離って、俺はただケーキを勧めていただけだよ。それとここで本当の名前は呼ばないで。ユマでいいよ」
ニコリと笑うと、シフォンヌ嬢はあっという顔をして、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。考えが至りませんでした」
「ユマ、シフォンヌ嬢は真面目に己の責務を果たしているだけです」
ブライアンがシフォンヌ嬢を庇いにくる。いや、俺笑ってたでしょう。怒ってないからね。
「それだけアリが大事なんだね。良い事だよ、気にしないで。ただユマって呼んでくれると助かるだけ。アリもユマって呼んでね」
俺はそんな二人に苦笑しながら、アリテリア嬢にも愛称でいいと言う。
「ユマ様ですね、分かりました。でね、でね、シフォンヌ。ケーキ食べていい?」
アリテリア嬢は何食わぬ顔で俺も彼女を愛称で呼んでいるのだが、それに気付いていないようだ。ケーキに夢中なんだな。シフォンヌ嬢に許可を取る姿が可愛い。
「いいですよ。チョコとイチゴでしたっけ? では、それは私と半分こいたしましょう」
「うん。美味しそうだね」
シフォンヌ嬢に半分この権利を取られてしまった。残念。
各々注文をして待っている間も、ブライアンとシフォンヌ嬢は見つめ合っている。
俺はトントンとテーブルを指でたたいて、たずねてみた。
「ところで、この肩に乗っている光みたいなのは何?」
二度目の声にならない悲鳴があがってしまった。
「……ユマ様は、見えているのですか?」
「という事は、二人にも見えてるんだよね。まあ、ぼうっと薄い光が見えるだけだけど」
「シフォンヌ、ユマ様悪い人じゃないよ」
「アリ……」
シフォンヌ嬢は俺の光が見えている発言で一気に警戒を高めたが、アリの言葉で眉尻を下げた。
「なんか訳ありのようだ。話してみてくれないか。俺達は力になれると思う。こう見えてユマはこの国で一番頼りになるお方だ」
おお、ブライアンの俺の評価が高すぎる。けれどブライアンのその言葉に、シフォンヌ嬢の目が期待の色に染まっていく。そんなに期待されても困るんだけどな。
――でも、光の正体にはなんとなく予想が付く。
「妖精……かな? アリには姿がはっきりと見えるの?」
俺は俺の想像する妖精の姿を思い描いてみる。アリのそばに可愛い子供の姿の妖精なら絵になってとても可愛らしいが、よくあるおっさん妖精だったらすごく嫌だな。
アリとシフォンヌ嬢は唖然と俺を見つめる。
うん、当たったようだね。
「どうして、分かるんですか? 妖精なんて、この国では絵本の中だけの存在ですよ」
「逆に聞くけど、絵本の中の存在だからってどうしていないって言いきれるの?」
そうなんだよね。この国では魔獣は存在するのに魔法が使える者はいない。そして妖精の存在を誰も認めていない。実はここに接点がある。
この国での魔法は、妖精の力が源で妖精に認められ力を借りる事で、初めて魔法を使う事が可能となる。
だが、妖精に認められるだけのものがいなくなった昨今、うっすらと見えていた者も見えると言うと嘘つき呼ばわりされるため、口を閉ざしていった結果、妖精は絵本の中だけの存在となってしまった。
マァム達に読んでもらった絵本の中に、その事はしっかりと書かれている。だけど誰も気にしない。もったいないなあと思う。
せっかく魔法が使えるかもしれない世界だというのに、誰も実行しようとしないのだから。
その中で聖女の力は魔法ではないかと思った俺は、妖精との結びつきも考えた。そして今、アリの肩の光を見て結論付けたのだ。聖女は妖精に力を借りているのだと。
俺の質問に暫し考えるそぶりをしていたシフォンヌ嬢は、意を決したように顔を上げた。
「ユマ様のおっしゃる通りです。アリテリア様は幼少の頃より妖精がはっきりとお見えです。けれど体が弱かったために、幻が見えると思われていたようです。私と会ったのはそんな時でした。私も小さい頃からうっすらとした光だけは見えていたのですが、アリテリア様と会った瞬間、彼女が光り輝いて見えました。それはアリテリア様に集まっていた妖精の光だったようです」
「あの時は、私が一人ぼっちで寂しいだろうと、近くにいる妖精達が集まってくれていたのよ。いつもは一人だけ。この肩に乗っている子が、ずっとそばにいてくれるんです。名前はティンっていいます」
良かった。名前からして妖精はおっさんではなさそうだ。女の子でもなさそうだけどね。
俺は二人の話を聞いて、少し考える。妖精がはっきり見えるほどの女の子。体が弱かったって、それって……。
「妖精は気に入った者に力を与える。その力が強過ぎたんだろうな。幼子の体では耐えられなかった。それで君は体調をこわす事が多かったが、成長するにつれ元気になっていったんじゃないかな? 多分、妖精の力を外に出す事を覚えたから。アリ、君は魔法が使えるんだね」
…………………………。
二人は絶句してしまった。
うん、正解。
「今日の男装のお忍びも関係あり? ここまで話したんだから、全部言ってみたら?」
俺は二人にたたみかけるように聞いてみる。
「……すごい、ユマ様。魔法使いみたい……」
胡散臭そうなシフォンヌ嬢をよそに、キラキラした瞳でそんな事を言うのはアリ。
え、何、その可愛い反応。やばい、本気で彼女の味方になりたくなってきた。
ブライアンを見ると、シフォンヌ嬢と同じ表情をしている。
「貴方の頭の中身、本当にどうなっているんですか?」
失礼だな、おい。
まあ、この国の人間にそこまで推理しろというのは無理だろう。俺の知識は前世も含まれているから、柔和な考え方が出来るんだ。
それに俺は乙女ゲームも経験済だし、ラノベもいっぱい読んだ。剣と魔法に憧れる時期も多少はあったさ。その中でこれくらいの推理はお手のものだろう。
ただこのゲーム〔聖女の祈りの先に〕には、妖精など出てこなかったけれどね。
「ねえ、シフォンヌ。私ユマ様に相談したい。何も言わないのにこれだけの事を分かってくれるのは、ユマ様以外にいないよ。それにユマ様、さっきから私の事一つも怪しいと思っていない。利用しようとも。妖精の光が見えるんだよ。信じてみてもいいんじゃないかな?」
「アリ……」
アリに懇願されて、シフォンヌ嬢も揺れているようだ。
「大丈夫。もしも騙されてもシフォンヌだけはティン達に頼んで守ってもらうから」
「もう、アリってば。私の心配より自分の心配でしょう」
「あ、騙す云々に至っては、この方は大丈夫ですよ。どちらかというと自ら騙されて利用されようとする方ですから。まあ、素直に騙される方でもないんですけどね」
「ブライアン、君の中で俺はどういう人間なのか一度キッチリ話を聞きたいけれど、まあ、悪いようにはしないという約束はできるよ」
三人に説得されてシフォンヌ嬢は、根負けするように天を仰いだ。
「一つお伺いしても? ユマ様はどうしてそこまで、私達を気にかけてくださるんでしょう? 興味本位ですか?」
「え? それもあるけど、単に君達が可愛いから」
アリは顔を真っ赤に染めて、シフォンヌ嬢はまたもや胡散臭そうな顔になる。ハハハ、ブライアン、お前もか。




