時間を遡ろう
ここは王都の町のど真ん中にある雑貨屋。夜のとばりが降りた今も、そこには雑貨屋の主人はもちろんの事、王族に兵士、数人にしか見えない妖精がひしめき合っている。
兵士達がひっきりなしに行き来しているが、城の騎士は来ていない。まだ国王にはアリが攫われたという詳しい報告をしていないからだ。
何も分からない今の状態で報告しても、脳筋の高位貴族達に根掘り葉掘り聞かれるだけだからな。しかも俺の婚約者だというだけの伯爵令嬢の行方に騎士を動かすなんてと文句を言う輩もいるだろう。結局は余計な時間を取られるだけで邪魔でしかないのだ。
役に立たない者に一々報告などしていられるかと、俺は無視を決め込んでいる。兄上もそんな俺の雰囲気を察し、自分の信頼する部下だけを使って動いてくれている。
因みにホワント伯爵には、この事は伝えていない。こんな状態では、いくら穏やかな彼でも暴れ出すのは目に見えている。
彼には王子妃教育がいい具合に進み、もう少しで終わりそうだから城に泊まって一気に終わらせようと頑張っていると伝えた。
何事にも真面目に取りかかる子ですからと、信じてくれたのは意外だった。いや、もしかして何か気付いているかもしれないが、俺を信頼して任せてくれているのかもしれない。
どちらにしてもこれ以上長引けば、色々と問題は生じてくる。とくにアリの体調が気にかかる。彼女は無事でいるのだろうかと……。
だが先程、妖精から的確な情報が入った。その情報によると、やはりアリはジャクエル・カエンに捕まり、今はカズーラ領となった元カエン領の奴が住んでいた屋敷の跡地に連れていかれたようだ。
眠っているとの事で、妖精が何度か接触したが気付いてはもらえなかったそうだ。
おそらく誘拐された時に薬を嗅がされたりして、気を失っているのだろうが、それにしてもあれから二日は経っているというのにまだ眠っているとは、どれほど強力な薬を使ったのか心配になる。
因みにそれらの報告をしてくれた妖精は火の妖精達で、廃墟であるその場所は誰もいない事からたまに力を使って遊んでいたようだ。
そんな場所だからもしも燃えても問題ないよねと言う妖精に、いやいや、問題大ありだ。二度としてはいけないよと言うと、不貞腐れたので機嫌直しにお菓子をやると直ぐにニコニコしていた。
もしかしたら、各所でたまに起きるボヤ騒ぎは奴らの仕業じゃないだろうな?
とりあえずその件に関しては、全ての問題が無事解決したら、火の妖精達を呼んで話し合う事にしよう。
アリの安否が益々心配になってくる。
「そこには今、どの妖精もいないのかい?」
俺は、俺の肩でお菓子を頬張っている火の妖精に聞いてみた。
(いないよ。あそこ気持ち悪いもん)
「ティン、君はすぐにそこに行く事は出来る? 俺が行くまでアリを守ってほしいんだ」
ティンは力強く頷くが、火の妖精は俺達のそんな会話にポカンとする。
(なんで? お前も一緒に行けばいいじゃん)
「行けるものならすぐにでも飛んでいきたいさ。けれど俺は人間だ。人間には君達のような力はないんだよ」
俺の言葉を聞き、火の妖精はパッと笑顔になると俺に向かって両手を広げる。
(だったらあげる)
(ぼくも)
(お菓子もっとくれるなら、わたしも)
何人かの妖精がそう言うと、パア~っと俺の体は輝きだした。
「え、ちょっ……」
次から次へと(あげる)(あげる)と言う妖精に困惑する。まてまてまて、ちょっと、待て!
尚も光り続ける俺の体。これいつ終わるんだ?
堪りかねたティンがストップをかけてくれて、ようやく光は収まった。外から来た妖精まで面白がって続けていたので、本当に助かったよ。
雑貨屋の中に集まる人々は、俺を唖然とした表情で見つめている。
夜なのに光り輝く雑貨店。兵士達が通りを封鎖していなかったら、民達が集まってきて大騒ぎになっていただろう。
しかも俺の体、滅茶苦茶熱いんだけど……。
「……これ、色んな妖精の力、俺の中に入ってる?」
眉を八の字にしているティンにたずねると、素直にコクリと頷かれた。
ガッデ~ッム!
周りを見ると、妖精が見えるブライアン達まで困った表情をしている。これ、もしかしたらアリよりやばいんじゃないの?
火の妖精が俺に向かって親指を立てる。
(これでアリの元までひとっ飛び。やったね)
やったね。じゃねえよ! いや、やったねか? そうだよな、これだけ色々な力があれば、本当に空飛べるよな。
俺が無言になって考えだしたので、ブライアンが怒りでキレたのかと心配になりこちらに寄って来たのだが、俺はブライアンに親指を立てた。
「これでアリの元までジェットで飛べる。ティンと共に迎えに行ってくる。お前達は後から馬車で迎えに来てくれ。土の妖精に頼んで道を均してもらいながらくれば、普通より早く走れるはずだ」
「え、飛ぶって……え?」
「だから、色んな妖精の力が入った今の体なら可能なんだよ。風で体を浮かしてって、まあ、詳しい説明は省くが、要は魔法。今の俺は色んな魔法が使えるの。という訳でアリのお迎えに行ってきます。兄上、後はよろしく」
そう言って、目を丸くする兄上に全てを押し付けるとティンを連れて外に飛び出す。すると、火の妖精が俺の肩にぴょんと乗って来た。
(面白そう。おれも行く)
懐に入れているティンが眉根を寄せるが、俺はアリの居場所を知っている妖精が一緒にいると、迷う事無く短時間で行けると判断し「はいはい」と頭を撫でて、しっかり掴まっておくように言い、一気に空へと浮き上がった。
ブライアン達は俺の後を追ってきたようだったが、そんな事気にしてられない。
俺は自分の中にある力を最大限に放出して、アリのいる旧カエン領へと向かったのだ。
「待ってて、アリ。直ぐに迎えに行くからね」
――ユマ様が行ってしまわれた。
突然、妖精達に力をもらったユマ様は、信じられないぐらいの速さで行動した。
力が手に入ったからといって、すぐに空を飛ぶなんて魔法が使える人間がいるのか?
力をコントロールするにしたって練習は必要なはず。アリテリア様だってゆっくりと学んでいったと言っていた。それを、なんの恐れもなく空に飛び出したユマ様。
ユマ様の底知れない力を感じる。
「あいつは、本当に規格外だ。だが、あいつと比べても仕方がない。私は私の出来る事をするだけだ」
俺達が呆けている中、レナニーノ様がニッと笑って皆を誘導する。私は動く。皆はどうすると。たちまち皆は己のなすべき事に動き出す。
ああ、ユマ様が言っていた事はこういう事か。
王の器があるのはレナニーノ様だけだと。
確かに規格外の力を持ち一人動き回るユマ様は、皆を率いる仕事には向いていないのかもしれない。だってあんな破天荒な動き、誰もついて行けるはずがないのだから。
それでも俺はそんな破天荒なユマ様について行きたい。しがみついてでも一緒の道を進みたいのだ。
俺はポカンとしているシフォンヌに向き直る。
「アリテリア様を迎えに行こう。突然現れるユマ様に驚かれているかもしれないからね」
「喜んで抱きついているかもしれませんよ」
クスッと笑ったシフォンヌは、そんな事を切り返してくる。確かにそちらの方がありえるかもしれない。世間知らずの優しい少女と思っていたアリテリア様は、意外と逞しいのだ。
ユマ様が仔犬と称されるのも、頷いてしまう。可愛い仔犬に懐かれて喜んでいるユマ様の表情が想像出来る。
俺はシフォンヌと共にユマ様の後を追うべく動き出したのだった。




