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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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とりあえず一発だけ

「ジュメルバ卿の悪事は、全て教皇様と揃えました。王都に住む修道士の腐敗も。後はどこでそれを公表しようかという事になったのですが、教会内部だけで解決されては私の当初の目的とは違ってしまいます。ですから私は本日、教皇様がジュメルバ卿の元に証拠を持って向かうように画策したのです。教皇様は王都支部で、内密に断罪するつもりだったようですが、私はそれだけでは許せなかった。どうせなら教会の最高権力者と王族、そして聖女というこの国において最も尊い人達に断罪される奴の姿を演出したかった」

 一通り話し終えると、ジャクエルは私をジッと見つめた。ああ、そう。そういう事ね。私が攫われたのは……。

「ユマ様を巻き込む為に、私を攫ったのね」

 私はジャクエルの話を引き継ぐ。

「今の状態で私を攫えば、ユマ様は絶対にジュメルバ卿の仕業だと思う。彼が皆を巻き込んで、貴方が最も望む形での断罪を演出してくれる事を期待したのね」

「やはり貴方も素晴らしい方だ。正解です。ジュメルバ卿を唆し、貴方を攫う事に承諾させ、町の信者をジュメルバ卿の名で動かしました。貴方と一緒にいた侍女には悪いが、目くらましとしてわざと彼女も攫わせた。ああ、安心してください。彼女には一切手を出してはいません。町の酒屋の樽に押し込まれています。ですが、貴方方二人の足取りを追えばそれだけで混乱するでしょう。それに乗じて、私は一人で貴方をここに連れて来たのです」

 私は一瞬、頭にカッと血が上った。手を出してないって、樽に押し込めておいてよくもそんな事が言えたもんだ。だけど今は冷静に、話を聞かなければいけない。シフォンヌなら大丈夫。ブライアン様が絶対に助けてくれている。私はそう信じて話の先を促す。

「私の風からは、どうして貴方だけ助かったの?」

「ああ、あれには驚きました。本当に不思議な力を持った方だったのですね。ジュメルバ卿の妄想ではなかったのだと、初めて警戒しました。私が助かったのは単に私の前に大男がいたからです。その者が良い風よけになってくれました。私の悪運が勝った瞬間でしたね」

 馬車の中に踏み込む前だったのも幸いしたようです。と屈託なく言うジャクエルにムッとする。

 な、なんか悔しい。そんな事でティンにもらった力から逃れるなんて……。

「ここは……もしかして昔のカエン領? 貴方のお屋敷?」

 私は悔しさを押し殺し、荒れ果てた部屋を見渡す。ここはどこだろうとずっと考えていた。人も妖精もいない荒んだ場所。

 彼は全てが始まった場所で、全てを終わらせたいのだろう。

 ジャクエルは私の質問には答えない。遠くを見つめながら、話を続ける。

「今頃はユマノヴァ様が教皇様を巻き込み、聖女様や信者の前でジュメルバ卿を断罪してくれている事でしょう。これで教会は教皇様の名のもとに粛清される。ただ貴方の居場所だけは分からないので、ユマノヴァ様は少し苛ついているかもしれませんね。けれどディリア嬢から私の存在を聞いたのであれば、ここもすぐに見当がつくでしょう」

 なにせユマノヴァ様は優秀な方だから。と鋭い目元を和ませる。

「ユマ様に捕まりたいの?」

「あの方に殺されたいのです」

 私は眉根を寄せる。どうしてこの人はこう、人に自分を殺させようとするのかしら?

「ユマ様に貴方の命を背負わせないで」

「フフ、手厳しい事を言われる。そうですね、あの方は優しい人だから、私のような者を殺めても捨て置かず、心にとどめてくださるかもしれない」

「殺しはしないが、殴りはするぞ」

「「!」」

 バキッ!



 それは突然の出来事だった。

 この部屋にはジャクエルと二人だけで、誰の気配も音もしなかったのだ。もちろん妖精さえいなかったはず。それなのに目の前ではユマ様が椅子に座っていたジャクエルを思いっきり殴り、彼は壁際へとすっ飛んでいたのだ。

 ユマ様は私に振り返ると「アリ!」と叫んで、大きく両手を広げる。

 私は迷わずその大きな胸の中へと飛び込んだ。ユマ様、ユマ様だ。本物のユマ様だぁ!

 続いてティンが私の顔へとへばりつく。スリスリスリと高速で顔を擦られ、少し痛かったが、それも今は心地良い。

「ごめんね。俺がちゃんと送らなかったばかりに、こんな事になって。怖かっただろう。怪我はない? 何もされなかった?」

「ううん、絶対にユマ様が来てくれると信じていたから。何もされてないし、怪我もないよ。でも、なんかすごく嬉しい。本当に来てくれた」

「ああ、アリはこんな時でも可愛いな。もう絶対に離さないからね」

 ぎゅうぅぅ~っと抱きしめられた私は、最初はとても嬉しかったのだが、そのうちに余りの長さに恥ずかしくなってきた。……いつまで続くんだろう、これ?

「あ、あの、シフォンヌは?」

 私はユマ様の腕の中で、ずっと気になっていたシフォンヌの安否を聞いた。恥ずかしさを誤魔化す意味も、ちょっとある。

「うん、無事。ブライアンが救助したよ。安心して」

 抱きしめたまま、ユマ様はシフォンヌの無事を伝えてくれた。

「良かったぁ~」

 やっぱりブライアン様が助けてくれたんだ。私は心の底から安堵した。

「うっ、あ……ああ、力の、加減をしてくださったの、ですね。私の意識は、まだあるのですが……」

 暫くしてジャクエルが目を覚まし、頭を振りながらゆっくりと起き上がった。ユマ様に殴られて一時、失神していたのだろう。

「当たり前だ。俺が本気で殴ればお前のようなヒョロヒョロ、本当に死んでしまうぞ」

 ユマ様は、私の肩を抱きながらジャクエルに向き直る。私の肩でティンも私の首にくっついて彼を睨んでいる。よほど心配かけてしまったのねと申し訳なく思っていると、もう一人ユマ様の反対の肩にいる妖精に気が付いた。真っ赤な髪のこの子は火の妖精かな?

 ジッと見つめていると、その子はニカッと笑う。この子も力を貸してくれたのかな? 挨拶は後にして、とりあえず今はジャクエルがどういう行動に出るか、私はギュッと身を引き締めた。

 しかし、ジャクエルはユマ様に怯えるでもなく縋るでもなく、表情を和ませている。

「そうしてくだされば良かったのに。ユマノヴァ様がこちらにいらっしゃるという事は、全てが終わったのですね」

「……途中から話は聞いていたが、教皇まで手駒に使うとは恐れ入る。そこまで復讐がしたかったのか?」

 途中からって、どこから聞いていたんだろう? でもユマ様は勘のいい人だから、少しの会話で全てを悟ったのかもしれない。私は二人の会話を大人しく聞く事にした。

「結果的にはそうなりますね。私は全てを知った時、私の人生を引き返せなくなったのです」

「キシェリが言っていた。お前がジュメルバ卿の悪事の証拠を揃えたんだろう。それならば最後はキシェリに任せれば良かったんじゃないのか。俺を巻き込みたかったのかもしれないが、こんな事は悪手だと分かっていただろうに」

「いえ、それは違います。例え教皇様が動いてくださったとしても、私は自分の手で引導を渡してやりたかった。最後は私に裏切られたのだと分からせる事が、私の奴への復讐だったのです」

 微笑むジャクエルに、ユマ様は顔を歪ませる。

「ディリア嬢と共に子を育てるという未来もあったのではないのか?」

「無理ですね。私は一介の修道士にしかすぎません。公爵令嬢と一緒になどなれるはずがないのです。それに、私はお腹の子が自分の子と分かっていても認めなかったのです。彼女にも酷い言葉を浴びせました。彼女がまともな精神状態ではなかったと知っておきながら。彼女を追い詰めたのは私ですから」

「それに関しては、同情する余地はないな。自分にどんな事情があれ、心細くなっている恋人を見放すなど、男として最低だ。反省しろ」

 それまでジャクエルに同情するかのように話していたユマ様が、急にジャクエルを責め始める。そんな姿にジャクエルは目を丸くした。そして口からは苦笑が漏れ始める。

「ハハ、婚約者揃って手厳しい。お二人は良いパートナーですね」

「その最愛のパートナーを攫った罪は重いぞ。分かっているな」

「はい。死罪でも労役でも国外追放でも、なんでも受け入れます」

「……面白くない」

「は?」

 素直に罪を認め、償おうとするジャクエルに不貞腐れた表情をするユマ様。そんなユマ様にジャクエルはキョトンとする。

 私はユマ様の服をツンツンと引っ張る。

「どうしたの、ユマ様?」

「いや。これだけ振り回されて酷い目にあって、結局はこいつの思い通りになったわけじゃない。なんか、悔しくない?」

「それは、そうだね。うん、ちょっと悔しい」

「だろ。どんな罰を言い渡したってケロッとしてそうだし……な~んか、あっと言わせる方法はないかな?」

「そうだね」

 う~んと二人で考え込んだ私達に、ジャクエルは「え、あの、お二方……」と困惑を隠せないようだ。

(僕を使って、風で脅す?)

 ティンが私の髪を持って立ち上がるが、その表情には今まで見た事のないような悪戯心が見て取れる。私はティンを窘めて、ユマ様にそういえばとたずねた。

「ユマ様はどうやってここに来たの? 急に現れたように見えたわ」

「ああ、光の屈折を利用して姿を眩ませたんだよ。そこの窓ガラスを使って……」

「あああ~。今はそういうのいいです。私にはよく分かりません」

「ハハハ、要するに色んな妖精に力を借りてここまで来たって事だね」

「え? もしかしてユマ様、妖精の力を使う事が出来るようになったんですか?」

「今だけ限定。アリを探すのに皆が協力してくれたんだよ。愛されてるね、アリ」

「皆……」

 感動する私に、ユマ様は優しい笑顔で見つめてくれる。本当に私は幸せ者だ。

「とりあえず、疲れたよね。戻ろっか」

「はい」

 ユマ様はティンに言って、待機している他の妖精達と連絡を取ってもらう。

 ブライアン様やシフォンヌがこちらに向かってくれているのだがカエン領、今はカズーラ領というらしいがこちらは王都より馬車で一日はかかる場所にある。土の妖精が地面を均し、馬車を走りやすくしてくれているので、もう少し早くには到着出来るだろうと教えてくれた。

 ユマ様はティン達、風の妖精の力を使って先にここまで飛んできてくれたらしい。

 シフォンヌがここに迎えに来てくれると聞き、私はとても喜んだ。

 でも本当、何人の妖精が手を貸してくれているのだろう? 私が今まで会った妖精達以外の子も協力してくれているのではないかしら?

 お前の処罰は保留。とユマ様はジャクエルに言うが、彼は皆が来るまで自分を縛っておかなくていいのですかと聞く。

「俺にそんな趣味はない」

「わ、私だってありませんよ。そういう意味ではありません。私は大罪人なのですよ。自由にしていていい訳ないではないですか」

「そんなのお前に指図されたくないね。俺が決めるし、万が一お前が逃げようが暴れようが、お前ごとき俺が直ぐに倒せるから問題ない」

 そう言って、そっぽを向くユマ様にジャクエルは「なんだが想像していた感じじゃない」と呆れたように呟く。

「人には色んな顔があるんだよ。自分が見たり聞いたりしただけが全てじゃないの。だからお前は一人で暴走したんだ。王都に戻るまで、お前は自分の周囲の人間の事をちゃんと考えていろ」

 ビシッとユマ様がジャクエルに人差し指を突きつける。ジャクエルはその指を見て、目を丸くしている。

 フフ、やっぱりユマ様は素敵だ。

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